第9話「試練への旅立ち篇」(後編)

 再びここは日本の防衛を担う日本防衛省

の一角にある戦略防衛情報室である。

その執務室の中にある重厚な作りの

木の年輪を見事に生かした立派な机に

鎮座する男がいる。

男はマグカップに溢れるほど注がれるコーヒーを片手に持ち書類を精査していた。

注がれるコーヒーの量が味わうより眠気覚ましによるもので男の激務の様子がうかがえた。

机の上には「戦略防衛情報室長」と記載され

ているプラスチックのプレートが載っていた。

初老のナチュラルカットの白髪混じりの短髪に高級オーダーメイドのスーツに身を包んだこの男は鋭い眼光で見るからに只者ではない雰囲気を醸し出していたが、突然ドアを「コンコン」とノックする音が室内に響いた。

「はい、どうぞ」と言いながらも男は書類の

内容から目を離さなかった。

「失礼します。」と男の元を訪れたのは

以前、大量の書類を抱えながら

北海道大雪山旭岳付近で起きている

「奇妙な出来事」について報告してきた

青いスーツを着た短髪の清涼感のある

若い職員だった。

「今日は千客万来だな。

君とはつい今しがた会ったばかりと記憶するが。」

「はい、室長とは今しがたお会いしご指示をいただいたばかりです。」と

若者は悪びれず素直に答えた。

その対応に些か(いささか)拍子抜けしたのか

「コホン」と咳払いをすると若い職員に

再び尋ねた。

「それで君は何の用事があって再び私の元を

訪れたのかね。」と室長と名乗る男は言った。

「お忙しいところ申し訳ないのですが、

先刻の件でお知らせしたい追加報告が来ております。」

「追加報告?!こんなに早く調査報告の

成果があったと言うのかね。」

「いえ、ご指示を受けた案件ではありませんが、例の案件と関連したことでのご報告です。それとご報告してよいかどうか迷う案件もありまして。」

室長と名乗る男は訝しく思ったが、新たな報告事項に興味があった。

とくに若い職員が報告をためらっていることは。

また例の件と関連性があると言われれば聞かぬわけにもいかなかった。

「で!どのような追加報告をしてくれるのかね。」と室長はコーヒーの入ったマグカップを机の上の左側に置き両手の指を組み机の上に置くと若い職員を真剣な眼差しで見つめながら話した。

「はい、まず新しい情報からお伝えします。

室長のご指示により北海道大雪山旭岳周辺の

調査をしていましたところ、監視直後に

謎の黄金の柱からなる発光現象が観測され

そのまた直後に黄金色の爆発のような現象が確認されました。」

「黄金の柱と爆発ね。それで他にも報告が

あったのではないか。」

「はい!これは我々が派遣した調査員の報告ではなく些か荒唐無稽(こうとうむけい)の類に属するお話なのでご報告するのに迷いましたが、現場近くの目撃情報でしたのでご報告させていただきます。

一連の現象が起きる僅か前に奇妙な飛行物体の目撃情報がありまして。」

「奇妙な目撃情報。」

「魔女が現場へ向けて飛翔していたとのことです。」

「魔女、この現在に魔女とは。

何か証拠でもあるのかね。」

「一般市民が偶然携帯のカメラで撮影したものでしたが。」

若い職員の青年はプリントした写真を

室長に提出した。

その写真は確かに魔女のとんがり帽子をかぶった女が箒に乗り飛行する姿を捉えていた。

だが写真は遠距離で撮られ画像もぼやけていた。

「遠くで撮られたので画像を引き伸ばして

画像がぼやけているのはわからないではないが酷すぎないか。」

室長が文句を言うのはわからないではない。

画像は粗くかろうじて魔女の特徴を捉えているだけである。

「言われることはわかりますが、理由は遠距離であるだけではありません。」

「何か理由があるのか。」

「AIでも解析したのですが、この飛行物体は

秒速1700メートル以上、時速換算で約6100キロ以上、つまり音速の5倍、マッハ5相当以上で飛行していたと思われます。」

室長は怪訝そうな顔で若い職員を見た後、

改めて言葉を発した。

「もう一度聞くがそれは事実かね。

この地上でミサイルやロケットほど速度が

でるものが存在するとは思わないが、

生身の人間が同等かそれ以上の速度で飛行していたと。は、確かにこれは荒唐無稽の報告と言うべきだろうな。」と

室長は些か投げやりな反応で言葉を返した。

だが報告とあれば指示を出さぬ訳にもいかない。

そのため今度は真剣な態度で若い職員に

聞き返した。

「重ねて聞くがそれは事実かね。私の見解に間違いがなければそれほどの速度で飛行した場合、空気抵抗で人間は生きてはいられまい。」

「御見解の通りとは思いますが、我が国最大の量子型スーパーコンピューター「魁

(さきがけ)」が故障していなければ間違いはないかと。当然、解析結果後、解析が有効なものかシステムのチェックは万全で異常はありませんでした。」

「そうであれば魁を信じるしかあるまい。

もし相手が魔女ならば何らかの方法で飛行及び生存していたと考えられるが、それにしても…。」

「はい、やはり荒唐無稽(こうとうむけい)な話です。

俄(にわか)には信じがたいことですので、そのためご報告を躊躇(ちゅうちょ)したのです。」

「成程、事情は理解したよ。」と

室長は少し和んだ表情を若い職員に見せた。


「それで追加報告の続きに戻るが、黄金の柱と爆発の件だが。どのような状況だったのだ。」

「はい、規模としては黄金の柱のように放出されていた未知のエネルギーのようなものは

円形で直径が3〜4、50メートルほど

高さは驚くことに2万キロ以上に到達していたようです。」

「2万キロだと!成層圏まで到達していたのか。で、どれだけの時間観測されていたのかね。」

「時間は僅か数十秒といったところだそうです。」

「爆発に関してはほんの数秒足らず観測されただけです。」

「いずれも僅かな時間というわけか。

それで未知のエネルギーといったが両方ともか。」

「はい、残念ながら解析不能だそうです。

過去に該当する情報がありませんので。

ですが強いて言うなら「生物や人間等が発生させる生体エネルギー」のようなものが僅かながら観測されたそうです。我が国の誇る

量子型スーパーコンピューター【魁(さきがけ)】の解析結果を信じるならばですが。」

「魁(さきがけ)か…。」

「知っているか。中華連邦が本格的に量子型コンピューターの開発に乗り出したそうだ。最も我が国や先進国と中華連邦とでは

基礎理論と技術力で数十年の開きがある。

一朝一夕には開発は進まないだろう。

だが数年の後には開発に成功するかもしれない。そうなれば戦況は今以上に激化の一途を辿るわけだ。そうならないために戦争をあらゆる手段を使って終結させたいものだが…。」

「なのにこの切迫詰まった状況の中で、

このような「奇妙な事件」が起こるとは頭の痛いところだ。」

室長は整っていた短髪を右手でかきながら言葉を続けた。

「差し詰め私は日々悪化するであろう戦況の概要を把握し指示を出すので「てんてこ舞い」というところだ。」

短髪をかく手を止めた室長は右手と左手を机の上に置き

「とはいえ私の出した指示だからな無視というわけにもいくまい。それに先刻来たときも言ったと思うが、少し引っかかるところもあるしな。

引き続き調査を続行してくれ、できるだけ

詳細な情報を秘密裡にな。」と室長は指示を出したが何処か沈んだ表情を僅かに感じさせ

「御苦労。新たな追加報告があったら知らせてくれ。」と若い職員に言葉をかけると

マグカップを右手に書類を左手に持ち中のコーヒーを飲みながら書類に目を通す作業を再開した。

それを確認した青いスーツを着た短髪の清涼感ある若い職員は「後程ご報告に参ります。」

と一礼するとドアノブを回して部屋から

出て行った。

それを横目に見ながら室長は若い職員が退室後、書類とマグカップを置くと机の真後にある大きめの窓に横回転式の重厚な黒い椅子を横向きにすると外を見ながら言葉を

口にした。

「一体何が起きているのか。」

孤高な室長の苦悩とは裏腹に防衛省の外の

通りは戦争が起きている事実がないような

明るい人々の喧騒に満ちていた。


 GUZE(グゼ)は黄泉比良坂(よもつひらさか)の入口付近まで到達していた。

足元には彼岸花(ヒガンバナ)と言われる

古くからこの世との境界に咲くとされる

赤い花が辺り一面に咲き誇っていた。

その僅か数十メートル先に黒き魔女カトリーヌはいた。

その内在に毒さえあるとされる彼岸花の中を

GUZE(グゼ)は歩を進め黒き魔女に近づいて行った。

黒き魔女に近づくGUZE(グゼ)は微妙な異変を

感じていた。

大気が怒りに震え例え用のない緊張感が周囲を支配していた。

事態はGUZE(グゼ)の懸念した通りに最悪の

方向へと進み始めていた。

この怒りの中心ともゆうべき上方を見た

GUZE(グゼ)は言葉を発する。

「御使(みつかい)か。」


第9話 完 


次回、

第10話「御使(みつかい)との死闘」に続く










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