#11 異世界チート、いただきました! そのチート、大丈夫ですか? (後編)

 声が聞こえてきた方向を振り向く俺。


 山だったものが空き地になったそこには、なんか凶悪な雰囲気の人が、虚空にめっちゃ大写しになっていた。

 うん、大写し。つまり映像だろうね。ちょっと透けてるような感じだし、たまに像がブレるし、上半身だけだし。

 もし本当にあのサイズだとしたら、デコピンで街が粉砕できそうだぜ。


 その様相を一言で言うと、いかにも悪の魔王っていう感じだな。

 紫の肌に黒髪。顔はイケメンの部類だけど、凶悪そうな面構えは見る者に恐怖心しか抱かせないだろう。

 頭にはなんだか凶悪なねじくれた角が二本、見事にそそり立っている。ねじくれてるんだけど、見事に左右対称なので最初からああいう風に生えてくるんだと思う。

 何やら禍々しい雰囲気の衣装は、見方によっては軍服のようにも見えなくもない。 真っ黒いマントを羽織り、手には何かの獣の頭骸骨を模したであろう錫杖が握られている。こっちも真っ黒で、なんか世界に宜しくなさそうなオーラがにじみ出ているね。

 うん、どこから見ても見事にテンプレな魔王の姿だ。


「くっ、魔王……早くも気付かれたというのか!?」


 王様が説明口調で独り言ちる。ですよねー、やっぱりアレは魔王だよね。

 っていうか、気付かれたっていうけど、あれだけ派手な環境破壊をしたら当然じゃね?

 まあ、あの威力だったら、地下でこっそり試すとかって訳にも行かないだろうし、仕方ないんじゃないかなとも思うけど。


『勇者とやら。ワレと戦いたくば、我が居城まで来るが善い。魔王軍、百万の軍勢を持って出迎えてやろう。確か、人間どもは魔王城と呼んでいるのだったな。その場所は……』


神撃覇王焔龍滅魔咆哮斬さいきょうのいちげき!!」


 カッ――――キュ、ドンッ――――ッドゴオオオオォォォォォン!!


 テンプレ誘導してくる魔王を無視して、俺は勇者の一撃テンプレを放った。

 大写しになっていた魔王の映像は、俺の一撃を受けて霧散消失する。

 ふっ。呑気にくっちゃべってるからそうなるのだ。

 ま、映像だから痛くも痒くもないだろうけど、宣戦布告ってやつだな。


 ドヤ顔をしながら、王様たちの方を振り返る俺。

 しかし、予想に反して、王様たちの顔は全員が一様に真っ青だった。

 あれ? テンプレ的には、ここで「勇者バンザイ!」とかって称える流れじゃね?

 もしかして、話を聞かなかったのはテンプレ的にNGだった?


『勇者とやらは、会話もロクに出来ぬ生き物らしいな』


 少しばかり戸惑っている俺の背後から、再び恐ろしげな声が聞こえてくる。

 えっ、と思って慌てて振り向くと、そこには先ほどの映像の人物が立っていた。

 げ、魔王!? なんでここに来てるんだ?

 魔王城でふんぞり返ってるのがお前の仕事だろ! フットワーク軽くね?


 だが、舐めるなよ。虚を突かれたのは一瞬だけだ。

 即座に気持ちを切り替えると、俺は魔王に対して勇者の剣を構える。

 確かに、魔王城でふんぞり返るのが王道テンプレだけど、こうやって勇者の前にのこのこ姿を現す魔王もまたテンプレの一つだ。何も問題は無い。


「勇者の一撃を見て、なおも出てくるかよ。そのクソ度胸だけは褒めてやるぜ」


 魔王の顔を睨みつけながら、俺は不敵に言い放つ。

 姿を現した魔王は、少しばかり背が高いものの、普通に人間サイズだ。

 持っているのはさっきの錫杖。雰囲気こそ禍々しいけれど、武器としての要素は何一つとして備わってはいない。

 着ている服装も、魔王っぽいけど特に魔法防御的なアレコレが掛けられている雰囲気ではない。

 おー、勇者パワーでそこまで判るようになるのね。我ながらびっくりだぜ。


「勇者様! ここは一旦お退きください! 私たちが盾になります!」


 言いながら俺の前に走り出てきたのは、王女様。

 魔王に対して両手を大きく横に広げ、俺の盾になろうとする。

 その姿は、よく見ると全身が細かく震えていた。うわなんて健気なんだ王女様。惚れてまうやろ。


 そもそも、盾になる必要なんてないんだぜ王女様。

 全身を震わせる王女様の肩に、優しく手を置く俺。


「大丈夫。ちょうど良いから、ここで魔王を倒しちゃうよ。王女様は下がってて」

「で、ですが……!」

「さ、巻き込まれないように、早く」

「……はい、勇者様」


 何か言いたげな王女様の肩を優しく引いて、後ろに下がってもらう。

 心配そうな顔で俺を見つめながらも、王女様は素直に従ってくれた。

 うひょー。俺、イケメン勇者ムーブしてるね。顔はブサメンなままだから、そこだけが残念だぜ。


『ほほぅ。ここで下がるなら見逃してやろうと思ったが。今すぐに死ぬのが貴様の希望か』

「そっくりお返しするぜ魔王。てめぇの城で震えてりゃ良かったものを、のこのこ出てきたのが運の尽きだぜ」


 魔王とメンチを切り合う俺。

 普段の俺ならビビって何も出来なくなるところだけど、今は勇者パワーがあるからな。俺の引き立て役になれよ魔王。


 俺は素早く勇者の剣を振りかぶり、キーワードを唱えながら振り下ろす!


神撃覇王焔龍滅魔咆哮斬さいきょうのいちげき!!」


 カッ――


 剣を振り切った瞬間、俺の正面に眩いばかりの光の球が生じる。

 直径二メートルはあろうかという光球は急速に収束し、指先サイズの光の弾となる。


 魔王も動く。

 錫杖をくるっと素早く一回転させると、その軌跡に合わせて空間が歪む。


 ――キュッ――


 光の弾からレーザーのような細い誘導線が走る。


 しかし、その誘導線が魔王に当たるかというその直前、魔王が作りだした空間の歪みに触れると、プリズムで光が屈折するかのように誘導線が魔王を避ける形で鋭角に変化した。


 よく見ると、空間の歪みは一つでは無かった。

 魔王をぐるっと取り囲むように、空間の歪みが点在している。

 レーザーのような誘導線も、その歪みに従って、魔王の周囲をぐるっと回る。

 誘導線が最後に向かう先は……あれ? これって、ちょっとマズくね? 


 ――ドンッ――


 次の瞬間には光の弾が音速を突破し、衝撃派をまき散らしながら魔王へと突き進む。

 魔王に当たるかというその直前、勇者の一撃は誘導線に従って鋭角に折れ曲がる。誘導線を律儀にトレースして、空間の歪みを経由するごとに鋭角に曲がりながら。


 最後の歪みを通過した一撃は、俺を目掛けて一直線に襲い掛かってきた。誘導線が示す経路そのままに。

 その誘導線が最後に向かう先は、俺。直撃コースだ。


 ちょ、タンマ! ストップ! ステイ!


 勇者の一撃テンプレを放ったばかりの俺は硬直テンプレ中だ。剣で一振りするだけで再び跳ね返せるのが何故か理解できるんだけど、身動きが取れないから回避さえも出来ない。

 焦る俺にはお構いなしに、勇者の一撃は一瞬で俺に到達する!


 ――ッドゴオオオオォォォォォン!!


 嘘だろぉ!?


 そんなことを思う間も無く、俺の意識は自分の攻撃によってテンプレ爆散した。




 ◇




 気が付くと、再び真っ白い空間に戻っていた。


『勇者(笑)さん、お役目ご苦労さまでした。いえ、役目を果たせなかったのでしたか』


 ぐぅ。女神様の声がまたしても刺々しいぜ。

 確かに、自信満々で魔王ぶっ殺す宣言してあっけなく返り討ちに合ったのは俺だけどさ。


『力を得て調子に乗った勇者が返り討ちされる。勇者ざまぁ系のテンプレ通りの行動でしたね』


 ううっ、言わないでください。

 なんであそこまで調子に乗ってたのか、自分でもよく判らないっす。


『そうなってしまったのも仕方が無いところはありますね。魔王に対して好戦的になるという意識が、召喚された勇者には必ず植え付けられてしまうようですから』


 ……はい?

 どういうこと?


『私が説明するよりも、こちらを見た方が理解が早いでしょう』


 女神様の言葉と共に、いつものビデオ判定画面が表示される。

 そこに映し出されたのは、王様と王女様と……魔王?


 ◇


『此度の勇者は、期待外れも良いところだったな』


 心底がっかりしたように魔王が言う。


「申し訳ありません。わたくしもまだ早いと思ったのですが、あまりに自信満々に言うものですから、つい『もしかしたら』と思ってしまいましたわ」


 魔王のすぐ隣で、反省するように項垂れる王女様。


「威力だけは歴代勇者でも最上位クラスだったがな。空間干渉も防げぬ程度の無能とは、流石に想定外よの」


 呆れたように言い放つ王様。王女様と魔王もうんうんと頷く。


「全くですわ。試し撃ちの際に衝撃波をそのまま放置した時は、正直なところ勇者の正気を疑いましたもの。空間歪曲で打ち消すくらいは当然できるものと思っていましたから」

『まあ、安全装置が期待通りの動作をすることが判明したのは収穫だったな。用意しておいたは良いが、今まで一度も動作したことが無いのは不安と言えば不安だった』


 魔王の言葉に、すっと魔王に寄りかかり、その頬を赤く染めながら王女様が答える。


「あなたが用意したのですから、役に立たないはずがありませんわ。その点は全く心配しておりませんでしたのよ」


 魔王は優しく微笑みながら、王女様の頭を柔らかく撫でる。

 そんな二人の様子を穏やかな父親の表情で眺めていた王様だったが、表情を引き締めると魔王に向き直った。


「此度の件は、儂と姫のミスである。またしても期待に沿えず、迷惑を掛けることになるの。すまぬが尻拭いを任せても良いか?」

『案ずることは無い。魔王軍の管理や粛清など、大した手間ではないからな。そのような些事よりも、そなたらに勇者召喚などという手間を幾度も掛けさせねばならぬ事こそが恨めしいものよ。我を倒せるだけの勇者が現れてくれるのを期待することしか出来ぬこの身がもどかしい』


 苦しそうに言う魔王の体を、王女はそっと抱きしめる。


「そのような手間など、それこそ些事ですわ。いつか、あなたの魂が魔王という役割から解放され、私たちの魂が真に結ばれるその日までは、私は絶対に諦めません」

『姫……愛しき我が姫よ……』


 二人を優しげに見つめる王様の目に、ひとしずくの涙がきらりと光る。


「神よ。どうか、この二人の魂に安寧と祝福を授けたまえ……」


 ◇


 な……


 な…………


 なんだこのテンプレ出来レースはぁっ!?


『魔王をその役割から解放せんがための勇者召喚。テンプレ定番ネタの一つですね』


 つまりアレか、召喚した勇者が確実に魔王と戦うように仕向けるために、召喚特典の中にマインドコントロールを仕掛けてあったってことか。


 しかも。

 王女様が俺に潤んだ瞳を向けてくると思ったら、俺の向こうに魔王を幻視してたってか。ちくしょう。

 勇者オレっていう存在は、魔王を解放するためのモブに過ぎなかったわけかよ。

 純情なブサメンの心を弄びやがって。どちくしょうめ。


『弄んだというよりは、第三界の方が勝手に勘違いしていただけと思うのですが』


 えーえー、その通りですよ。どうせブサメンってやつは、可愛い女の子に微笑まれたら必ず勘違いするように出来てるんですよ。

 これはもう、世界の摂理なんだから仕方ないじゃんね。




 しかし、マインドコントロールか。厄介だね。

 後追いで掛けられたんならまだしも、召喚された時点で既に掛かっていましたってのはちょっと厳しいなぁ。どんなに頑張っても回避のしようが無いってことじゃんね。


『召喚後に掛けられた場合でも、第三界の方に回避できるとは思えないのですが……』


 うん、ぶっちゃけ俺もそう思うけどさ。

 回避できる可能性が残されているのと、最初っからカケラも無いのでは雲泥の差っしょ。

 回避の可能性を活かせなかった、ってんなら自分の責任って思えるけど、「それ必ず掛かるから残念!」って言われちゃうと、なんかもにょる。


『ふむ。思ったよりもきちんと考えているのですね。意外です』


 えーと?

 俺のことをどう見ているのかがよく判る発言、ありがとうございます。


 それは置いとくとして、マインドコントロールに対処できる方法、ありますかね。

 例えば、召喚された時のマインドコントロールが掛からないようにする、なんてのは……


『無理ですね。現地人が行う召喚の法則に干渉するのは、世界の理に多大な歪みを与えてしまいます』


 ですよねー。

 うーん、諦めるしか無いのかな。


 そもそもマインドコントロール付きの召喚がどれほどあるかって話でもあるけど。

 ……テンプレだからな、結構ありそうな気がする。

 やだなー、何か悔しいなー。


『では、召喚時点でマインドコントロールが掛けられていた場合は、召喚後にその事実を気づくことができるようにしましょうか』


 お?

 それはアリなんですか?


『召喚そのものに干渉する訳ではありませんから、問題はありません。ただ、どのようなマインドコントロールを受けてしまったのか、その具体的な内容についてを把握できるとは限りませんが」


 おおー。

 気付けるなら、まだ自分の努力でどうにかできる可能性があるね。

 それは大変ありがたいっす。


『はい。では、そのようにしましょうか』

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ほんとうはこわい異世界転移 エコデレ @ecodere

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