#8 異世界語、話せます。迂闊に話してはいけません?(前編)
異世界の言葉は、一か国語に限りデフォルトで話せるようにしてもらってたんだけどさ。
それで会話は問題ないと思ったら、言語ガチャがレジェンドレアを引いちゃって意思疎通に問題ありまくり。
しかも、悪魔か何かと間違えられてぶっ殺されてしまった。
せっかく勇者召喚っぽいシーンに遭遇したのに、よりによって悪魔扱いだよ。
意思疎通が出来ないのも困るけど、伝えたつもりが曲解しかされないのは悲しすぎる。
なので、今回は大勢が普通に使っている言語を獲得できるようにしてもらった。
いつもなら俺の要望に対して手間を匂わせる女神様だけど、今回はすんなりと了承してもらえた。
うん、やっぱり、ファーストコンタクトした人の母国語って限定されちゃうと、状況によっては汎用性が無くなる可能性が高いもんね。
女神様ありがとうございます。
『はい。では、新たな世界での活躍を期待していますよ』
◇
目が覚めた。ぱっちりと。
今度は鬱蒼と茂る森の中、ってやつだ。
森と言っても樹海みたいな感じではなく、適度に地面までお日様が差すような、人の手が入って世話されているかのような感じ。
植物は詳しくないけど、地球にもありそうな広葉樹林だね。
気候もまあまあ温暖っぽくて、日陰が寒すぎることもなければ、日向が暑すぎることもない。快適。
鳥のさえずりがあちこちから聞こえる。割と平和な感じの森っぽい。
「凶暴な魔獣の森です! 命の危険がいっぱいです!」みたいなところじゃなくてひと安心だね。もちろん油断は出来ないけど。
人の姿も見当たらないけど、そもそも遠くまでは見通せないからこれは今後に期待だ。
木の根や若干の倒木が障害物になっているけど、歩くのはそこそこ困らない感じかな。
やたらと灌木が密集して生い茂ってたり、自分の背丈以上もある草をかき分けないとならない、なーんていう状況では無い。
念のため周囲を警戒しつつ、ちょっと歩いてみることにしよう。
人と遭遇できるようなら良し、そうでないなら、最低でも飲み水はどうにかしないといけないからね。出来れば食料も。
しばらく歩く。
穏やかな日差しの中、取りのさえずりや羽音だけが聞こえてくる。
特に獣の類を見かけることもない。
居ないわけじゃなくて、こっちを警戒して身を潜めたり、あるいは近づかないようにしてる気がする。
まあ、お腹を空かせた大型の肉食獣といきなりコンニチワするのも困るけどね。
当然ながら、俺には生き物の気配が読めたりとか、あるいは周囲の危険を第六感的に感知したりは出来ない。
だから、たまに立ち止まって耳をすませたり、辺りを眺めて獣道的な何かが無いかを確認する。
そういう見分けをやった経験なんて無いので、なんとなくその辺を見てるだけとも言う。
ま、やらないよりマシじゃね?
その分だけ歩みは遅くなりつつも、とりあえずは当てもなく進んでみる。
真っすぐに歩いてるつもりではあるけど、障害物がそれなりにあるから、どうだろうね。
一応は太陽の方向を意識しながら歩いてるから、大丈夫だと思いたい。
変化が無い森の中を数時間ほど歩く。
水場も無ければ、木の実や果実の類も見当たらない。季節じゃないのかな?
まあ、木の実の類を見つけたところで、毒の有無なんてのも判らないけどね。
それでも、見つけることが出来れば、森の中で独りで迷ったなんていう最悪の事態に「食うか食わざるか」みたいな究極の選択が出来るわけで、少しは精神的に楽になる。
いや、それはないか。
「あー、しかし、出来れば早いうちに人と会いたいところだね。できれば敵対しない人」
誰も居ない、獣の類も見ない。
自然と独り言が口から出ていた。
うん、せめて水場くらいは見つけたいんだけど、水の匂いとかせせらぎの音とか、欠片も無いよね。
俺のスペックじゃ、どっちも至近距離にならないと判らないだろうけどさ。
なんて思ってたら。
「そこの方。こんな所でどうなされた?」
なんて、いきなり声を掛けられた。
うん、全く気付かなかったよ。さすがは俺スペック。
距離にして五歩くらいだろうか。人が隠れられるような大木は無いのに、急に現れた感じがしたよ。
レンジャーってやつかな? それとも狩人?
姿を見せたのは、四十歳に届くかというくらいのおっちゃん。
茶色の短髪に緑色の瞳。体格はちょっとがっしり系かな?
森歩きに丁度良さそうな厚手の服を着てる。履いてるブーツも割とごっつい。
腰には短剣、背中にはディパックくらいの大きさの袋を背負っている。
弓とかは持ってないっぽい。このくらいの森の密度だと扱いが難しいのかな?
いきなりだったけど、ぶっちゃけ、びっくりするより安心したね。
良かった、ちゃんと言葉を理解できるよ。意思疎通バンザイ!
「ええと、迷いこんでしまい、少しばかり困っています。出来れば人里まで出たいと思っています」
とりあえず丁寧な言葉遣いで返事をする。
俺は過去の失敗から学べる男だぜ。しばらくすると忘れることも多いけど。
あと、念のため、嘘は言わないようにする。この先どうなるか判らないからね。
嘘検知能力がデフォルトで備わってる人たちが相手だったりしたら、目も当てられないし。
俺の言葉に、ちょっと顔をしかめる男の人。
あら、迷い込んだというのは無理でもあったかな?
ここが禁忌の森で余所者は近づかないとか、そういう可能性もあるかもしれない。
異世界、何があるか判らないよね。怖い怖い。
「見たところ、旅をするような恰好には見えないが……。困っているなら、我々の里まで来るとよい。大したもてなしは出来ぬが、食事と寝所くらいは提供しよう」
おおっ、ありがたいね。
顔をしかめたあたりで、ひょっとしたら「すぐにここから立ち去れ!」とか言われるかもって警戒しちゃったよ。
「ありがとうございます、助かります。右も左も判らずどうしようかと思っていました。ご迷惑かとは思いますが、ぜひお願いします」
社畜歴五年だからね。社会人の最低限なマナー的言葉遣いくらいは出来るんだぜ。
得意じゃないけどな。
そんなこんなで、おっちゃんに連れられて、おっちゃんの里まで行くことになった。
人情がありがたいね。良い異世界だと思う。
……ひょっとして、俺、チョロすぎ?
◇
道すがら、せっかくなのでおっちゃんに話しかけてみることにする。
「ところで、泊めていただくとしても、私は金銭などの対価を持ち合わせていないのですが……」
「構わない。居座るなどと言うのなら別だが、一日くらいなら問題ない」
お支払い方法に選択肢はありますかね、というつもりで聞いてみたら、なんとも太っ腹な回答。
マジかー。ホントありがたいね。
他にも、気になるのでおっちゃんの里について尋ねてみたり。
おっちゃんの里は、特に部外者の訪問を嫌ったりはしていないらしい。
ただ、山間部にある村であること、主要な街道からはそれなりに離れていることから、旅人なんてほぼ来ないみたいだけど。
村から近くの町まではおっちゃんの足で二日の距離だって。森を抜けるには朝に村を出て日暮れ前にどうにか、というくらいで、その距離感もあって里に招待してくれたらしい。
村の外からくる数少ない人と言えば、数か月に一度、通いの商人が露店を開きに来てくれる程度らしい。
露店と言っても、ちょっと大きめの家の軒先を借りるという話。
そりゃ、タイミングによっては雨が降ったりするだろうからね。ごもっとも。
ちなみに、凶悪な魔獣なんかが出たりするかって聞いたら「何を言ってるんだ?」みたいな顔をされた。
いえ、出ないなら何よりです。こちとら腕力も体力も全く自信が無いからね。
ところで、話をしている間、おっちゃんが頻繁に顔をしかめていたのが少し気になった。
明らかに俺が話すタイミングでしかめるので、俺が何かやらかしちゃってるのかな?
手遅れになる前に聞いてみることに。
「少しお顔を歪めていらっしゃるようですが、ひょっとして、私が何か失礼をしてしまいましたか?」
相変わらず顔をしかめつつ答えるおっちゃん。
「いや、失礼なことは何もない。気にする必要は無い」
そうなの? ホントに大丈夫? 後から怒られても知らないよ?
出来ればやめて欲しい気もしたけど、お世話になる身なのでここは我慢しておこう。
嫌がらせというわけでも無いような感じだったし、癖なのかな?
◇
歩くこと、およそ一時間ほど。だいぶ日も落ちて、もう夕暮れの時刻だ。
ご招待頂いたおっちゃんの里は、山あいにある普通の村っぽい感じだった。
実はこっそり、忍者の隠れ里みたいなのを期待してたんだけど。
余所者を普通に招待してくれるんだから、隠れ里は無いわな。うん、知ってた。
村の周りには、簡単な木の柵が張り巡らされている。
ところどころに、人が横向きに歩けばすり抜けられる程度の隙間があった。
完全に覆っていないということは、大型動物の侵入が防げれば良いような感じなのかな?
村の真ん中にはちょっと広めの道が通っていて、その周囲にログハウス的な木造の家が集まっている。
平屋ばかりで、全部で二十軒くらいかな。
家の大きさは、田舎の村にあるような民家を想像するとちょっと小さい感じだ。都会の家とは比べるべくもないけど。
大抵の家は、母屋ともう一つ、離れなのか倉庫なのかよくわからん建物が付随している。
新興住宅地みたいな統一規格とまでは行かないけど、似たり寄ったりな造りになってるんだね。
山あいの村っていうと「お隣の家まで何キロ!」みたいなイメージがあったけど、そんな距離感ではないらしい。
柵で囲うのが必須だとすると、あんまり距離を空けられないのかもね。
もちろん、お隣さんとの間はそれなり以上に広い。流石に、大都市のような密集建築にはならないか。
里の中を歩いていると、村人らしき人と何人かすれ違った。
お互い、軽く会釈するおっちゃんと村人。俺もおっちゃんを真似て会釈しておく。
俺という外部の人間に対しても、特に問い質されることもなく、はたまた必要以上に注目されることもなく。
平和なところなのかね。うちのばあちゃんの田舎じゃ「他人を見たら泥棒と思え」だったんだけど。
まあ、内心でそう思っている可能性も捨てきれないので、怪しまれるような行動はしないようにしよう。
やがて、おっちゃんの家に到着する。
家の中に招待してもらった。
「ただいま。ここが私の家で、これが家内と娘だ。こちらは旅の人。困っているようなので一晩泊めることにした」
「いらっしゃい。大したおもてなしは出来ないけど、寛いで頂戴ね」
「お邪魔します。余所者にも関わらずご丁寧に、ありがとうございます」
家には、奥さんと娘さんがおっちゃんの帰りを待っていた。
一息で帰宅の挨拶をして自分の家族と俺を双方に紹介するおっちゃん。奥さんと俺もお互いに挨拶を交わす。
おー、家族持ちだったのね。年齢を考えれば当然か。性格も良い人だし。
奥さんは、割とどこにでもいそうな村人女性。年齢はおっちゃんと同じくらい?
茶色の瞳、薄茶色の髪をアップに纏めた、落ち着いた雰囲気の人だ。
とりたてて美人というほどでは無いが、恋人に困ったことは無さそうという程度には整ってるね。
いや、うん。万年独り身からすると正直羨ましいぜ、おっちゃん。
「おじちゃん、たびしてるのー?」
娘さんは四歳くらいかな? 俺を見ておじちゃんとはおしゃまさんめ、はっはっは。
両親によく似た、普通に整っているけど特別な美人さんとまでは行かない感じ。
まあ、子供ってだけでめちゃくちゃ可愛く感じるのはどこの世界でも同じだと思う。
子犬とか子猫とか子うさぎとか子フェレットとか、もうそれだけで天使だよね。
「はじめまして。うーん、旅人というよりは迷子って感じかな。よろしくね」
腰を落として、目線を同じ高さにしてご挨拶。
小さい子と話すときは、目線の高さを合わせるのはとても大事だ。
昔、近所に元ヤンな保育士のお姉さんが居て、徹底的に叩き込まれたんだよね。
小さな子供に接する姿は天使か女神様かってくらいなのに、子供以外に対してはヤンキー仕込みの手荒さで接してくるお姉さんだった。
子供を相手にする時に、何度「
「オトナなのにまいごだって! カッコわる~い!」
「こらこら、そんな風に言ってはいけませんよ」
「はーい、ママ!」
楽しそうに笑いながら母親の方に走って行ってしまった。
うぐっ。目的は無いし自分の現在地も判らないってのを、子供にも判りやすく言っただけのつもりなのに。
迷子、カッコ悪い、迷子、カッコ悪い、迷子、カッコ悪い……。
なんだか知らないけど、めっちゃ俺のガラスハートに突き刺さったぜ。
その後は、夕食をごちそうになり、体を拭くためのお湯とタオルを借りて。
物置代わりに使われているのかな?という部屋なものの、清潔な布団一式を用意してもらい、その日は早めに休むことにした。
いやー、やさしい世界だね。ありがたいっす。
◇
俺がぐっすり寝ているその頃。
「困っているということだけど、詳しい話は何か聞けました?」
奥さんがおっちゃんに尋ねていた。
「いや。話しづらいのか、それとなく仕向けても躱されてしまったよ」
「そうですか。私たちも生活にあまり余裕もないですし、居座らないでくれると良いのだけど」
ちょっと不安そうな表情になる奥さん。
おっちゃんはすぐに奥さんを窘める。
「滅多なことを言うものではないよ?」
しまった、というような顔をして奥さんが口元を押さえる。
「すぐに出て行ってくれるような口調だったし、問題は無いだろう」
「そうね。育ち盛りのあの子の分まで取られないことを祈りましょう」
おっちゃんが困ったように奥さんを見る。
またしても口元を押さえる奥さん。
「さて、明日も早い。私たちも寝るとしよう」
◇
翌朝。
異世界生活二日目だー! と爽やかな朝を迎えるはずだった俺は、めちゃくちゃ体調が悪かった。
熱があるわけでは無いし、風邪の症状や、あるいはどこかが痛むという訳では無いんだけど。
なんだか起き上がれない。体を起こすのがすごく億劫。
奥さんが気を利かせて、何かの薬草を乾燥させて丸めたような薬と白湯を持ってきてくれた。
滋養強壮の効果があるらしい。
食欲は無いので、食事にお粥でも作りましょうかという言葉は丁寧に辞退させてもらった。
「うぅ……何から何まですいません……」
布団に横になったまま、奥さんに謝る俺。
「困ったときはお互い様。早く回復すると良いわね」
にっこりと笑いかけながら、奥さんは部屋を後にした。
ありがたいね。その分だけ肩身が狭いとも言うけど。
くっ……また世界の環境が俺に合ってないとかじゃないだろうね?
女神様お願いです、さっさと治してください。
俺は異世界を満喫したいんです。
◇
「お客さん、大丈夫かしら?」
「疲れが出たのかもしれんな。道に迷っていたようだし、安心して気が抜けたのかもしれん」
俺が倒れて寝ている夜、おっちゃん夫婦が俺を話題にしていた。
「今日には出て行ってもらえると思ったのに、期待が外れましたね」
「そうだな。とは言え、放り出すわけにも行くまい。数日は面倒を見てやろう」
「でも、このまま長引くようだと困りますね」
「おい、滅多なことを言うもんじゃないよ」
ついポロッとこぼしてしまったような奥さんの発言に、おっちゃんがすかさず窘める。
いけない、というような顔をして奥さんが口元を押さえる。
「相変わらず、お前は迂闊な発言が多いな。もう少し気をつけなさい」
「はい……。判ってはいるんですけどね、ついどうしても……」
「まあ、大丈夫だとは思うが、気を付けるに越したことは無いからな」
◇
それから一週間。
俺の願いも空しく、体調はあまり改善しなかった。
とりあえず起きて動ける程度にはなったけど、なんだか妙に疲労してしまう。
おっちゃん一家に迷惑を掛けたく無いんだけどな。
でも居座るの気持ちいー。
……ん?
居座ってどうするんだよ。異世界を満喫するのが目的だろ。
こんなところでお布団に篭りたくて異世界に来たんじゃないぞ。
それに、おっちゃん一家にも申し訳ない。
そうなのだ。
口にこそ出さないけど、おっちゃん一家はだいぶお困りのようだった。
こんな山あいの村で、タダメシ食らいが一人増えるというのは、たぶん俺が想像するよりも負担がでかい。
かといって、近隣まで健常者で二日という距離を、半病人を放り出すわけにも行くまい。
けど……どうせ迷子のカッコ悪いおじちゃんだし、別にいっか。
……はい?
いや違うだろ俺。
カッコ悪いって言われたんなら、カッコいいところを見せてやらなきゃ。
ついでにおじちゃん発言をされないような若々しいところも……って、それは無理か。
四歳児からしたら、成人してる時点で全員おじちゃんおばちゃんだ。
まいったねこりゃ。
多少はマシになって来てるんだから、そんなに経たずに全快して欲しいところ。
女神様、ホントお願いしますよ。
◇
「流石に、少々困ったことになったな」
俺が困りながらも寝ている頃、おっちゃん夫婦も困っていた。
「そうですね。蓄えの余裕もそんなにありませんし」
「せめて動けるなら、狩りや畑仕事を手伝ってもらうところなのだが」
「あまり筋肉も付いて無さそうだし、働き手としては期待できない気がしますね」
「ああ。無理に働いて体調を崩されるよりは、素直に旅立ってもらいたいところだな」
奥さんが深いため息をつく。
「悪い人じゃなさそうだけど、正直なところ疫病神よね……」
おっちゃんが口を開いたところで失言に気づき、慌てて口元を押さえる奥さん。
苦笑するおっちゃん。
「長引いた時のことを考えて、村の皆と相談しておこうか」
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