#9 異世界語、話せます。迂闊に話してはいけません?(後編)

 村に来てから、一か月が過ぎた。


 疲労感というか、無気力感が酷い。

 迷惑を掛けてマズいなぁという考えさえ薄れてきている。もはや無駄飯食らいの疫病神って感じ。

 だって、動くのだるいんだもん。仕方ないじゃん。


 ずーっと布団で寝てるのも疲れるので、今は床でゴロ寝している。

 寝てるじゃんって? 横向きで頬杖をつくゴロ寝ポーズ、つまりテレビを見る姿勢だ。寝てるのとは違う。

 テレビは無いからボケーっと外を見てるんだけどな。


 夕方になり、子供同士で遊んでいたおっちゃんの娘が家に帰ってきた。

 ちなみに、おっちゃんと奥さんは外で仕事中。もう少しすると帰ってくるはずだ。

 おっちゃんの娘は、開いている扉から顔だけ覗かせて、俺に声を掛けてきた。


「まいごのおじちゃん、いつまでうちにいるのー?」


 最初こそ迷子扱いを突っ込んでたけど、すっかり面倒くさくなって今では放置している。

 それにしても、答えるの面倒くさいなー。

 ま、無視するのもアレだし、一応は答えておくか。


「さあねぇ。まだ体調が良く無いから、もう少し良くなるまでかな」

「うそだー。おじちゃん、げんきなかおしてるよー?」


 はっはっは。人を嘘つき呼ばわりするとは悪い子め。

 教育的指導でお尻ペンペンしてやろうか。

 あ、動くの面倒くさ。やーめた。


「はたらかざるものくうべからずなんだよー?」


 働かざる者食うべからず、って、随分と難しい言葉を知ってるんだな。

 だが! 社畜歴五年の俺にそんなことを言うなど、シャカにセッポーってやつだぜ。


「ふっ。俺は充分に働いたんだ。働きすぎと言っても過言ではないぜ? だから、ここで少しばかり休んでいても問題無い」


 完璧な理論だな。

 などと思ってたら、おっちゃんが苦い顔をしながら帰ってきた。


「大問題だ。そもそも、お前のような若造が何を言っているのだ」


 あれー?

 いつもなら苦笑するところが、少しも笑ってないよ?

 ナンデ?


「私の知らないところでどれだけ働いてきたかは知らぬがな。少なくとも、私たちはお前の面倒をこれ以上見ることは出来ぬ。今すぐに出て行くがよい」


 やべ、ひょっとしてお怒りになってます?

 ここは下手に出ておこう。

 ゴロ寝スタイルから、素早く正座スタイルに移行して言い訳をする。


「すいません、娘さん相手に調子に乗っていました。まだ体調がすぐれないので、もう少しだけ置いてください」


 だが、おっちゃんの顔はますます苦くなるばかりだ。

 いつもの顔を顰める癖も合わせて、ブラックコーヒーにカカオ百パーセントのチョコを溶かしたような苦さだぜ。


「お前がここに来て、既に一か月になる。もう充分過ぎる程に面倒は見た。これ以上は我々も余裕が無い」

「仰る通りです、大変心苦しく思っています。ですが、ここで放り出されてしまったら私は野垂れ死ぬかもしれません」


 俺の言葉に、おっちゃんは顔を顰める。

 おっ? ひょっとして効いてる? もう一押し?


「娘の言葉ではないが、お前の顔は既に十分に元気だ。それでも数日ならばとお前の言葉を尊重したが、もはや限度を超えている。対価を要求しないだけマシと考えてもらおう」


 逆だったー!?


 って言うか、手のひら返しがひどくない?

 おっちゃん達の口から「困ってる」とか「そろそろ出て行って欲しい」っていう類の言葉、一度も出てきてないぜ?

 そりゃ居座ってた俺も悪いかもしれないけど、事前に通告なり相談なりあるのが普通じゃね?

 なんだか、妙にイライラする。


 くそっ……いっそ、腹いせに、


「困っていたのに見捨てられた……って、その辺の町で……」


 ……言い触らしてやろうか……とか考えたつもりが、ついボソッと口から零れてしまった。

 最近、一人でボーっとしてることが多かったからな。独り言が増えてたぜ。


「お前の言動については、この村の人手を使って既に近隣に周知してある。何を言っても相手にされまい。せいぜい心を入れ替えて真面目に働くのだな」


 えっ? 近隣に周知?

 どういうこと?


「他所で私たちを、この村を悪しざまに言われる訳には行かないからな。先手を打たせてもらった」


 マジか……面と向かって言わずに外堀を埋めたってこと?

 性格悪すぎだろ、そこまでするか?

 無償で俺を泊めてくれるっていう優しい人はどこに行ってしまったのか。


「そもそも、お前がそこらで野垂れ死のうとも、私たちは一向に構わないのだからな」


 おっちゃんが衝撃の発言をする。

 えっ……じゃあ、最初に泊めてくれるって言ったのは一体?


「だが、私たちの手の届くところに居た者へ手を差し伸べず、その結果として死んでしまったとしたら。そして、そのことが万一にも他所へ知られることとなったら、この村は破滅だ。故にお前に手を差し伸べたに過ぎない」


 マジかよ。

 優しい世界だと思ったら、善人の皮を被ってる人たちの世界だった。

 手のひら返しじゃなくて、自己保身の集団かよ。


 頭の中がぐちゃぐちゃになり、ぐるぐる回る。

 力なく項垂れて、無意識のうちにのそのそと三角座りに移行する俺。


 あー、そうかい。そうだったのかい。

 もう、どうでもいいや。


「クソっ……こんな世界、滅びてしまえ……」


 ボソッと、何気なく漏れ出た一言。





 その瞬間、ギシっと。





 世界が、軋む、音がした。





 ゴオオオッ! ゴゴギガガガゴゴッッ!!


 ものすごい地鳴りがしたかと思う間もなく、世界が激震に襲われた。

 地震かと思ったけど、上下左右に満遍なく揺れている。なんだこれ?


 焦ったようにおっちゃんが言う。


「お前、まさか……その歳で受けていかなったとでも言うのか!?」


 何をだよ。

 その歳で、って辺りでロクな話じゃないことだけは判るぜ。

 くそっ。好きで来たんじゃねぇよ、こんな世界。


 青ざめて震える奥さんが、つい漏れ出てしまったというようにボソッと呟く。


「ああ、なんてこと……。世界の終わりなの……?」


 ギシィッ。

 世界が軋む音が加速する。


「お前っ!?」


 その言葉を聞いたおっちゃんが顔を真っ青にして奥さんを窘める。

 奥さんがハッと我に返り、慌てて自分の口を押さえる。


 慌てたようにおっちゃんが叫ぶ。魂を込めるかのように絶叫する。


「世界は滅びたりしない!」


 奥さんも、震える声で勇気を振り絞るかのように叫ぶ。


「誰も不幸になったりしない! 世界は平和に、永遠に続くのよ!」


 その叫びは、虚しく空に消えていく。


「今さら何を言ってやがる……。みんな、滅びてしまえ……消えてしまえ……」


 膝の間に頭を埋めて、ブツブツと呟き続ける俺。


 ギシィッ。ギシッ、ギギギガガガガガッ。


 俺の呟きに反応するかのように、世界の軋む音はどんどん大きくなってゆき。





 やがて、世界が崩壊する音と共に、俺の意識も崩壊していった。





 ◇



 気が付くと、再び真っ白い空間に戻っていた。


『おや、疫病神さん。神への昇格おめでとうございます。初仕事が世界の滅亡とは、なかなかに悪神の所業が板についていますね』


 やめてください、神様になったつもりはありません。

 仮に神様になれたとしても、疫病神は勘弁してください。


 っていうか、何ですかあの世界は。

 こっちを甘やかしてる間に近隣へあること無いこと吹き込むって、酷くないですか?


『自衛した結果に過ぎません。第三界の方も自衛はするでしょう』


 自衛って……。

 せめて事前に相談なり通告なりするでしょ、普通。

 いきなり追放って、そんな事するのはブラックなワンマン社長くらいですよ。


『あの世界はですから、他者との迂闊な会話は容易に致命的な事象を引き起こします。故に、他者との接触においては、用心に用心を重ねるのがあの世界の住人です』


 ん?

 言霊世界?

 言霊って、言葉が力を持つっていう、アレ?


『その認識で概ね合っています。どのような世界においても、言葉は小なりとも世界の理に干渉するものですが、あの世界では言葉がとても大きな力を持っているのです』


 へー。

 会話がそのまま魔法になりますってこと? 凄いところだね。

 でも、そんな世界って危なくない?

 誰かが誰かを「死んじゃえ!」って言ったらどうなるの?


『原則として、本気で言ったのであれば死にます。もっとも、言葉に込められた想いを始めとする様々な要因の影響を受けるため、一概には言えないのですが。

 そういった意味では、あの世界は言霊の力の所為で何度も滅びかけていました』


 うわぁ。言葉で人が簡単に死ぬ世界かよ。

 それどころか世界まで滅びるってか。

 子供の口喧嘩でも死人が出るじゃんね。怖いわー。


『子供の間は、言霊の力はほぼ発現しません。そのため、あの世界では、十歳の時点で言霊の力を制限するためのを受ける決まりとなっています』


 お。

 なんか安全装置があるっぽい。


『完全に機能するわけではありませんが、迂闊な発言で致命的な事象が発生する危険性はとても低くなります。また、この処置によって他者からの言霊による干渉も受けにくくなり、言葉で害される危険性も格段に減少します』


 ほー。


 ってちょっと待って。

 十歳で処置を受けるって、俺は?


『当然ながら受けていませんね。あの世界の人が本来持ちうる言霊の力を、そのまま持っていたことになります』


 マジか。

 めっちゃ落ち込んだせいで、滅びてしまえって本気で思っちゃったよ。

 いつの間にかチートを持ってて、意識しないうちに最悪の方向で使っちゃったのか。


 あ。

 おっちゃんが最後の方で言ってた「受けてなかったのか」って、これのことか。

 なるほどね。聞いて納得、そりゃ「まさか!」って思うよな。


 でもさ、俺が言っただけで世界が滅ぶのは流石におかしくない?

 過去にも、本気で「世界滅ぶべし」って言った人、それなりに居たと思うんだ。

 でも滅びなかったんでしょ?


『一つは、過去の事例では、滅ぼそうとする人と存続させようとする人が拮抗していたという事が挙げられます』


 あー、なるほど。

 滅べって思う人がいるように、守りたいって考える人が居たのか。

 そりゃそうだ。


 女神様の言葉に、おっちゃん夫婦が世界を守ろうと全力で叫んでいたのを思い出す。

 しかし、本来の力を使える俺に対して、制限された力しか使えないおっちゃん達。

 どっちが勝つかは言うまでもない。


『もう一つですが、言霊を制限する手段を持つことで、世界が持つ言霊の力がほぼ消費されなくなりました。この状態がおよそ千年に渡り続いたことで、言霊の力も過剰に蓄積されていたのです。

 第三界の方の言葉で容易に滅んだのは、その所為ですね』


 あらー。

 ただでさえ、溜まりに溜まってパワー満タン!だったってことね。


 まあ、あの世界の状況は判ったけど……。

 それでもやっぱり、裏で手を回していきなり切り捨てるというのは納得が行かん。

 世界を滅ぼしちゃったのは流石にやりすぎだと思うけど。


『気心の知れた相手ならともかく、誰とも知らぬ相手への対処としては、普通の対応でしょうね』


 ええ、普通なんだろうってことは理解しましたよ。

 感情が追い付かないだけです。


『ふむ……。では、こちらを聞いてみてください』


 女神様の言葉と共に、音声が流れ始める。

 これは、おっちゃん達の言葉か。


 ――居座るなどと言うのなら別だが――

 ――オトナなのにまいごだって! カッコわる~い!――

 ――居座らないでくれると良いのだけど――

 ――育ち盛りのあの子の分まで取られないことを祈りましょう――

 ――このまま長引くようだと困りますね――

 ――正直なところ疫病神よね――


 などなど。

 うん、俺の記憶にないセリフも多いね。特に奥さん、割と酷くね?

 裏でそんな話をしてたのか。ま、そうだろうな。


 ん?

 記憶に無いセリフの方、俺が内心で思ってたようなことを言ってない?


 そういや、「処置によって他者からの言霊による干渉も受けにくくなり、言葉で害される危険性は格段に減少する」んだったっけ。

 え、何?

 つまり、処置されてない俺は、おっちゃん達の言葉の影響を受けてたの?

 制限されていたおっちゃん達の言葉を?


『その通りです』


 うーん。

 言われてみれば、最初の頃は、心にも無いことが浮かんで来て面食らった覚えもあるな。

 あれも影響を受けていたって事か。


『そもそもですが、第三界の方が人と遭遇したのは、最初に発した言葉が原因です』


 最初に発した言葉……。

 確か、さっさと人と会いたいとか何とか言った気がする。

 そういえば、おっちゃんと会ったのは割とそのすぐ後だったな。それも言霊の力だったのか。

 おっちゃん、まさかの巻き込まれ系。


 ってことは?

 あそこで、水が欲しいとか言ってたら川なり湖なりに着いていたのか?

 大きな街に出たいと言ってたら、村じゃなくて街に着いていた?

 大金が欲しいと言ったら大金を拾っていた?


 うん、チートじゃん。チートの無駄遣い。

 くそっ、なぜ「異世界を楽しくエンジョイするぜ!」って声に出さなかったんだ俺。


 そういや、最初の頃で思い出したけど。

 おっちゃんが俺に対して頻繁に顔を顰めていたよね。

 何でもないって言われたけど、なんだか言霊に関連するような気がしてきたな。


『第三界の方が放つ言葉の「圧」を感じていたのでしょう』


 言葉の圧か。

 制限されていない俺の言葉が普通の人よりも力を持ってるのをおっちゃんが感じ取ったとか、そんなところかね。

 そこで何かの指摘でもしてくれたら、実は……みたいに本音の自己紹介を出来たかもしれない。


 まあ、無理か。

 向こうからしてみたら、俺が制限されていないなんて思わないだろうし。

 ちょっときつい感じだな、くらいで我慢しちゃったんだろうな。


 そういや、娘さんから、ずっと「まいごのおじちゃん」って言われ続けてたけど。

 あれも俺の自己紹介で「迷子みたいなもん」って言った気がする。

 なんてこった、俺が持つ言霊の力がそんなところにまで影響を。


『いえ、それは単に印象の問題です。低年齢の人には言霊の力はほぼ効きませんから』


 げふうっ。

 どうせ見た目からしてカッコ悪い迷子のおじちゃんだよ。


 それにしても。

 言霊、恐るべしだな。

 知っていればもっと異世界エンジョイできたものを……いや、言っても仕方ないか。


『さて。以上を踏まえた上で、こちらの映像を御覧ください』


 女神様の言葉に、ビデオ判定の映像が流れだした。

 これは、あの世界での俺……か?


 映像には、最初こそ恐縮してたものの、すぐに気力を無くし、開き直って居座る姿が順に映し出された。

 うん、我ながらこれはひどい。

 清々しいまでのクズ人間だな。


 気力が無いくせに、食事だけはモリモリとお替りまでしてるよ。

 あっ、娘さんが一足遅くてお替りが無くなっちゃってる。めっちゃ悲しそう。

 迷惑を掛けられないとか思ってた純粋な俺はどこへ消えたんだ。


 マジか。

 気力が無かった頃に自分がやらかしてた行動が、かなり記憶から抜け落ちてたぜ。

 しかも、おっちゃん達が「やらないで欲しい」と思ってた行動をことごとくやらかしてたわけか。

 こんな有様じゃ、おっちゃん達の態度がー、なんて言えない。とても言えない。

 俺だって、こんな奴が相手なら裏で暗躍して罠に嵌めるね。


『改めて、どう思いますか?』


 すいませんでしたー!

 ジャンピング五体投地する勢いで謝罪させて頂きます。

 ここじゃ自分の身体がどうなってるか判らんから、気分だけでも。




 ……はぁ。

 しかし、意図せずに天然チートか。

 チートは正直欲しいけど、こんな風に知らず知らずのうちに悪い方に使っちゃうのは嫌だなぁ。

 女神様、せめて事前に知らせてもらうことは可能ですか?


『残念ですが、難しいですね。現地の人を遥かに超える能力を自覚させるのは、世界の理を著しく乱しますので』


 ですよねー。

 チートは欲しいけど、こればっかりは仕方ない。

 じゃあ、チートっぽい現象を起こさないように制限してもらう方向でお願いします。


『いえ、それも難しいですね』


 ……あら?

 なんでまた? アンチチートなら世界への影響も無いと思ったんだけど、違うの?


『人が生来持っている能力を削ることもまた、世界の理に反することなのです』


 えーっと……。

 例えば、今回の件で言えば「処置」とかいうのを事前に掛けてもらえば良いだけだと思ったんだけど。

 それもダメなんですか?


『処置を行うのは現地の人であり、私が行うべきではありません。私が似たようなことを行うのは可能ですが、それでは理に綻びが発生する可能性があるのです』


 あらー。

 人が施す術式と女神様が施す術式では全く同じにはならなくて、女神様がやったら何か凄い効果が意図せずに付与されてしまうとか、そんな感じかな?

 まあ、ありがちと言えばありがちではあるけど。

 これは困ったね。


 うーん……。

 良い案が思いつかないな。自分で気を付けるしか無い感じ?


『はい。今回の件については、そのようにお願いします』

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