#7 異世界語、話せます。ただし相手の母国語に限る?

 前回は全裸で異世界へ降臨という羞恥プレイを強いられてしまった。

 服って大事だよね。物理的な防御力は皆無に等しいけど、精神的には大きな支えになる。

 うん、羞恥心であそこまで頭が働かなくなるとは思わなかったよ。

 服を着ていたらまた世界を滅ぼしていたらしいんだけど、それはそれとして全裸は無理っす。


 前回のような状況になったとして、異世界人とのファーストコンタクト前に服を探すってのもハードルが高い。

 女神様にお願いして、服が致命的な災厄の原因にならない世界を選んでもらうことになった。

 そろそろ申し訳なさが先に立つような、俺としてもいい加減にちゃんと異世界生活を満喫したいような。


『では、新たな世界での活躍を期待していますよ』



 ◇



 目が覚めた。ぱっちりと。


 今までとは違い、どこかの建物の中らしい。

 やたらと広いし、天井も高い。大広間ってやつ?

 広さは体育館くらいありそう。バスケとかのコートが二面は取れそうな感じ。


 石造りの壁に、白をベースとした清楚な感じのする内装。大きな窓にはステンドグラスっぽいのが飾られてる。

 ひな壇になってる所には、天使っぽい翼の生えた大きな石像なんかがドーンと置かれちゃったりしてて。

 丸とか四角とかをいくつか組み合わせたような幾何学的なシンボルっぽいのがそこかしこに置かれてたりもする。

 もしかしてコレ、教会ってやつ?


 周囲を見回すと、大勢の人。

 こっちを囲むような感じで、俺とは距離を置きつつ、周囲をぐるっと囲んでいる感じだ。

 さらに少し離れて、十数人がごちゃっと固まってるね。


 足元に視線を落とすと、なんか大きな魔法陣みたいなのが描かれている。

 その真ん中に俺が居る感じ。

 これ、ひょっとして、異世界モノの召喚陣的なアレ?

 女神様が転移させてくれてると思ったんだけど、現地の人の召喚が干渉しちゃったとか、そんな感じなのかな。


 改めて周囲の人を見てみる。

 いずれの人も、白いローブに白いフード。全員統一された白ベースの衣装って、それだけで宗教な感じがするよね。

 建物内に描かれているシンボルっぽいやつを彫り込んだペンダントを下げている。


 もう少し詳しく見てみよう。

 魔法陣ぽい模様の外側に等間隔で人が並んでいる。

 いずれも疲労したような感じで、だけど何かをやり遂げたような表情。

 この人たちが召喚陣を起動したんだろうかね。


 その奥には、ごちゃっと集まって立ち並んでいる人たちが。

 こっちは、身なりとかから想像するに、王族とか位の高い貴族や宗教の人とか、そんな感じかな?

 周囲を護衛っぽい恰好の人が固めてるから、多分そうだと思う。


 老若男女とりどりの人々だけど、いずれも表情は、驚きつつも何かに期待するような、縋るような感じだ。

 それが俺に向けられているわけで。

 うん、やっぱり勇者召喚とか、そんな風に見える。

 マジか、俺が勇者ってか? 俺の時代、来ちゃった?


 ざわざわと、ちょっと興奮気味に近くの人達と顔を寄せ合う人々。

「一か八かの賭けに勝って召喚成功、やったぜ興奮するね!」っていう感じに見える。

 うん、俺が喚ばれたのは確実な感じだね。期待に応えられる人材かは判らないけど。チートも無いし。

 ま、とりあえず、話だけでも聞かせてくれるかな? むふー。


 とか思って、ちょっといい気になってたんだけど。

 ふと、重大な事実に気づいてしまった。


 この人たち、何言ってるのか判んねぇよ!?


 ざわついてるから個別の会話が聞き取れないとか、そんなんじゃない。

 明らかに、外国語圏の会話の中に放り込まれた感じだ。

 日本語吹き替え版の映画だと思ったら字幕版だった時のアレと同じだよ。もちろん字幕は未実装。

 言語ガチャで現地語は理解できるんじゃなかったんですか女神様。


「#$%&+_<,#*?」


 後ろから急に声を掛けられた。

 びっくりして振り返ると、すぐそばに白ローブ一味の一人が立っていた。

 この人も疲労してるような感じだ。召喚陣を起動した人の一人?

 その割にはちょっと偉いような感じの雰囲気と装飾品をお持ちなので、召喚を指揮したリーダーかもしれない。


「@~|;,*+#’&+%#?」


 俺が困ってると、また何か声を掛けてきた。

 うーん、何を言ってるのかさっぱり判らん。

 どうしようねコレ。女神様なんとかしてください。


 考えてても仕方が無いので、言葉が通じないことをまずは示してみようかね。

 こっちも自分の言葉で話せば良いかな。


「ごめん、何言ってるのか判らないんだ。日本語でおk」


 丁寧な口調の方がいいのかもしれないけど、どうせ通じないしいいよね。

 と思って適当な口調でラフに話してみる。

 いや、日本語じゃないけど。なんか現地語っぽいね。どこの言葉になるんだろ?


 それを聞いたリーダーの人、露骨に顔色を変えて、ずざざっ! と後ろに下がってしまった。

 なんだよ、そこまで驚くこと無いじゃんよ。

 そもそも言語チートは喚ぶ側が用意してくれないとダメでしょ? などと責任転嫁したくなるぜ。


 周囲の人たちも、困惑したような表情になる。

 言葉が通じないんじゃ、そりゃ困惑するよね。わかるわー。俺も困惑するわー。


 よく見ると、何人かはリーダーの人と同様に顔色を変えているっぽい。

 ついさっきまで期待してた顔だったのが、ちょっと絶望するような青い顔だね。

 言葉が通じないだけでそこまで絶望するの? というか、絶望したいのは俺の方なんだけど。

 とは言え、せっかく喚びだした勇者と意思疎通できないとなると、そんなもんなのかな。


 リーダーの人が、俺の判らない言葉で近くの人に声を掛ける。

 声を掛けるというか、焦って叫ぶ感じに近い。


 声を掛けられた人は、顔色を真っ青にしつつも、俺に向かって話しかけた。


「この、言葉、判る、ますか?」


 聞いて二度びっくり。

 イントネーションとかいろいろ変だけど、ちゃんと理解できる言葉だった。


「お、なんだ、話せる人が居るじゃん。言葉が通じないかと思ってびっくりしたよー」


 ちょっと嬉しくなって、なんか馴れ馴れしい感じになってしまった。

 通じないと思って最初に普段の口調で喋っちゃったし、いいよね?

 言葉が判る人がこの人しか居ないなら、通訳してもらうことになるかもしれないし。

 勇者扱いされちゃうなら、ざっくばらんにフレンドリーな方が付き合いやすいよね?


 ところが、話しかけてきた人は、ただでさえ青かった顔をさらに真っ青にしてしまった。

 額にどんよりと縦線が入っているのが幻視できてしまう感じだ。

 あれ? 丁寧に話さないとまずかったかな?

 うん、まあ、必要ならちゃんと丁寧に話すよ?


 話しかけてきた人が、震える声でリーダーの人に何かを伝える。俺の判らない言葉の方だ。

 それを聞いた瞬間、全ての人たちが一斉に俺から距離を取った。

 めっちゃ素早い動きだ。訓練された動きというよりは、驚きのあまり反射的に動いてしまったような感じに見えるね。


 リーダーの人が、奥で固まってる人たちに向かって何かを叫ぶ。

 我に返ったかのように、出口に向かって慌てて走り出す奥の人たち。護衛っぽい人たちは、奥の人たちを守りつつこっちを警戒する姿勢だ。


 こっちっていうか、完全に俺のことを見てますね。

 うん、なんか、視線で人が殺せそうな感じ。

 えー、どういうこと?


 などと思っている間に、奥の人たちは全員が部屋の外へ出て行ってしまった。

 後を追うかのように、こちらを警戒しつつも同様に退場していく護衛っぽい人たち。

 ひょっとして、下品な言葉遣いの輩と同じ部屋に居られるか! とかだろうか。

 偉そうな人たちっぽかったもんな。


「あのさ、ちゃんと丁寧に話した方がいいかな?」


 さっき言葉が通じた人に話しかけてみる。

 正直、偉そうな人達が出て行っちゃうほどに無礼だとは思ってないんだけど、あちらさんの気に障ったのなら改善した方が良さそうだよね。


 ところが、真っ青な顔で視線を逸らされてしまった。

 え? まさか一回のミスで挽回のチャンスなし?

 召喚したのは君たちだよね? 流石に心が狭いんじゃありません?


 もう一回言ってみるかな、と思ったけど、その前にリーダーの人が何か叫んだ。

 その言葉に、俺から距離を置いたままで、ザッと整列し直す召喚グループの人たち。

 青い顔をしながらも、何か呪文っぽいものを皆で唱え始めた。

 足元の召喚陣っぽいのが光を放ち始める。


 えー?

 まさか、言葉遣いが悪かったくらいで強制送還するの?

 なんだろう、礼儀作法がモノを言う世界なのかな。

 それならそれで、こっちに指摘して改善を試みて欲しいものだけど。


 まあいいか、あんまり狭量な人たちを相手にするのも面倒そうだし。

 あるいは価値観が違う人たちか。

 どっちにしても、異世界エンジョイしたい勢からするとご遠慮願いたいところではある。


 しかし、送還された場合はどこに行くんだろう。

 やっぱりあの白い世界かな。地球には戻れないって話だし。


 とか思っている間に、召喚陣の光が一気に強くなった。

 きっとこれ、外から見たら光の柱みたいになってるよね。

 心なしか、光が物理的な圧力を持っているように感じる。


 いや待って。

 感じるだけじゃなくて、なんかビリビリし始めたよ?

 割と痛いんですけどコレ?


 どんどん圧力を増す召喚陣の光。

 だから痛いって! 加速度的に酷くなってくるよ!


「ちょっと止めて! なんかすっごく痛いよコレ!」


 思わず叫ぶ俺。

 だが、光を緩めてくれる気配は無い。

 話が通じた人も、聞く耳など持たないとばかりに呪文を唱え続ける。


 痛いいたいいたい痛い痛いいたい!

 よく判んないけど、全身が細胞レベルで分解されるような感じ?

 召喚陣から出れば良いような気もするけど、既にマトモに動くことなど出来ない。激痛すぎて。


 行きは良い良い帰りは痛いってか?

 この勇者召喚、ちょっとひどくありませんか!?


 っていうか、マジ痛い……ちょ……も……やめ……て……



 真っ白に輝く光の中、俺の意識は白濁して消滅した。



 ◇



 気が付くと、再び真っ白い空間に戻っていた。


『勇者(笑)さん、お帰りなさい』


 なんか、女神様が辛辣だ。

 っていうか、勇者待遇かと思ったらあっという間に強制送還されちゃったんですが。

 しかもめっちゃ痛いし。今までに死んだのと同じくらいの苦痛だった気がする件。


『強制送還ではありません。対象の滅殺を目的とした儀式魔法です』


 ……はい?


 え、何? 言葉遣いが悪いと殺されちゃうの? そっちが召喚しておいて?

 なにそのディストピア。夢も希望もありゃしない。

 いわゆるハズレ異世界ってやつ?


『第三界の方が獲得した言語は、あちらの世界における悪魔的な存在が操る言語だったようですね』


 んん?

 言語ガチャは最初に会った人の言葉を使えるようになるんじゃなかったっけ?


『はい。「最初に遭遇した生命体の母国語を自分の第一言語として獲得する」で間違いありません』


 じゃあ、なんで悪魔の言葉なの? 近くに悪魔でも居たの?

 仮に居たとしても、遭遇はしてないと思うんだけどな。

 そもそも、召喚された場所って教会じゃなかった? 悪魔、居ていいの?


 それとも、ひょっとして言語ガチャの誤作動?

「残念、ガチャで外れました!」なんてのも勘弁して欲しいんですけど。


『第三界の方に最も近かった生命体の母国語が選択されています。誤作動は発生していません』


 じゃあやっぱり、一番近かったのが悪魔?

 姿隠しのスキルとか魔法とかを使ってた? あるいは精神生命体とか魔法生命体とかの目に見えない存在だった?

 そんな事故が起きるって、ちょっとクリティカルすぎません?


『姿の見えない存在が居た訳ではありません。第三界の方が「リーダーの人」と呼称していた人族の母国語が選択されています』


 えっ?

 リーダーの人の母国語が悪魔語?

 でもなんか、自分じゃ話せないから話せる人に振ったっぽかったけど?

 話せないけど聞き取れる母国語? それもなんかおかしくない?


『ひと芝居打っていたようですね。その言語を聞き取れる人はそれなりに存在するものの、会話が出来る人はごく少数のようです』


 ……あー。

 ふーん。そっか。

 なんか想像できちゃったよ。


 母国語なんだから自分も会話できるけど、会話できることを周囲に知られるのはマズイ。母国語だとバレるなんてもってのほか。

 だから、自分では敢えて喋らずに他の人、みんなが「あいつは会話が出来る」って知ってる人に振った、と。


 しかし、何だろうね。

 悪魔語を母国語とする人が勇者召喚グループのリーダーとか、ヤバい気配しかしない。

 あの異世界、大丈夫なんだろうか。


 ……ま、俺には関係ないか。

 こっちは誤解で殺されてるし、いっそ滅んでしまえ! まである。


『仮称「リーダーの人」ですが、複雑な事情こそあれ、人族に仇をなす存在ではありませんでした』


 あら、そうなの?


 うーん……。

 勇者召喚のリーダーをするくらいの人だから、悪い人では無いと言う事かな?

 宗教してる人なら、悪魔の言葉が母国語だったってバレるのは身の破滅に直結する気がするし。

 ひと芝居打つのも仕方が無いと言う事かね。


『因みにですが、第三界の方の口調ですと、正に「悪魔が脅迫するかのような」威圧的な物言いであると認識されます。丁寧な口調を用いていれば、交渉の余地があると判断されて会話が成立した可能性が高いですね』


 うへぇ。

 フレンドリーなつもりが、威圧的に受け取られてたのか。

 人間の笑顔がサルにとっては威圧なのと似たような感じなのかね。

 そりゃ確かに、向こうも焦って殺しに来るかもしれない。

 殺された俺はたまったもんじゃないけど。


 しかし、これはこれで困ったね。

 前回に聞いた時は「もしそんな状況になったら通訳をお願いしたらいいんじゃね?」って軽く考えてたけど。

 敵性言語を操る奴は殺す! とか言われるとは思わなかったよ。


 女神様、この辺もどうにかなりませんか?

 一定距離内に居る人のなかで、実際に使用してる人数がいちばん多い言語とか。


 生活するのに母国語を必ず使うとも限らない訳だし、持ってるけど使わない言語なんてのも状況によってはちょっと面倒くさい事態になりそうな気がしてきた。

 戦争に負けて占領されてしまい自国語を禁止されてしまった、使ってるのがバレると極刑だーとかね。


 ホント、我ながら要望ばっか多くて申し訳ないっす。


『調整可能な範囲ですので、特に問題はありません。では、そのようにしましょうか』

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