#6 危険物の持ち込みは厳禁です! 全裸は危険物に含まれますか?

 不可抗力とは言え、星を一つ滅ぼしてしまった。

 腕時計のバンドが原因で星が劫火に包まれるとか、俺の想像力を遥かに超えてるぜ。

 異世界のフシギルールは楽しそうだけど、そういうのは勘弁だ。


 ということで、普段から身に着けているものでも、異世界にとって深刻な害になるようなものはあらかじめ外しておいてもらえるように女神様にお願いした。

 科学アイテムを駆使して現地の人と交渉する系の話も捨てがたいけど、滅ぼしちゃったら元も子もないからね。


『では、その方針で。新たな世界での活躍を期待していますよ』



 ◇



 目が覚めた。ぱっちりと。


 いつもの事ながら、気づいたら立っていたというのは妙な気分だ。

 立ったまま寝てたかのような。なんか違和感があるね。


 立ったまま寝るとか、普通はやらないよな。

 ……いや、嘘つきました。一度やったことがあったな。

 電車で吊り革や手すりに掴まって寝るのは普通にやると思うけど、道路を歩いてたはずが寝てたんだよね。

 社畜時代、疲労度が半端なくてクッソ眠かった時の事だぜ。

 あの時はクルマにクラクション鳴らされてめっちゃビックリした。

 比喩抜きで飛び上がって驚いたよ。立ち寝、ダメ絶対。


 などと過去に浸ってたら、前方に馬車らしきものが小さく見えた。こっちに近づいてきてるっぽい。

 おおっ、ついに異世界人とのファーストコンタクトだぜ。ドキドキするね。

 まあ、この場合は俺の方が異世界人なんだけど。


 ちなみに周囲の風景だけど、今まで行ったところと似たような牧歌的風景だ。

 緑豊かで自然に溢れてて空気が美味しい、テンプレ的な異世界風景だね。

 いい陽気なんだけど、ちょっと風がスースーして肌寒い。

 秋に差し掛かってるのかな? それともこんな陽気がデフォルト?


 社畜時代は季節なんてほとんど感じてる余裕が無かったから、なんか新鮮だね。

 自然がいっぱいあって、季節を感じられて。異世界バンザイだぜ。

「俺、定年退職したら農業アイドルグループみたいに無人島で自給自足生活するんだ」なんて思ってたけど、図らずも早期に実現しそうなのでちょっと嬉しい。


 そんなことを考えている間に、馬車らしきものがどんどん大きくなってきた。

 馬車らしきというか、そのまんま馬車だね。

 どう見ても馬なやつが四頭、豪勢な造りの馬車を引っ張ってる。

 遠目には気づかなかったけど、歩兵みたいな人達が数十人、周囲に張り付いて早歩きで行進している。

 護衛部隊っぽいね。護衛は徒歩なのか。

 馬車に歩兵が付くって、異世界モノではあまり聞かないけど、どうなんだろ。

 まあ、馬は人間よりも遥かに大量の糧食を必要とするって言うし、人数分の馬を大量動員して移動なんてのはあんまりやらないのかもしれないね。

 目的地までの道程にも拠るのかな? 途中の村とかで補給するにしても、村にそんな物資があるとも限らないだろうし。

 護衛だけ徒歩と言えば、どっかの北のお偉いさんは車の周囲にボディーガード達を走らせてたけど、あれは何か違うと思う。


 それにしても、歩兵だけだと機動力の面で劣るし、少しくらいは騎兵も居ないのかね?

 なーんて思ってたら、ちょっと遠くから早足で追いついてきた模様。

 偵察とか、そんな感じなのかね。機動力を生かして色々やってるっぽい感じ?


 馬車の立派さと歩兵の人数から言って、お貴族様ってやつかな。

 道の真ん中で突っ立って邪魔してたら無礼打ちされそうな気もするので、とりあえず道から外れて草むらの方に移動しておく。

 あんまり近くても宜しくないかなと思って、とりあえず道端から十歩くらい下がっておいた。

 ひょっとして、江戸時代の大名行列みたいに土下座してへへーしておいた方がいいのかな?

 よくわからんけど、せめて直視はせずに頭でも下げておこう。


 頭を下げる。

 下げたら、自分の体が見える。当然だね。

 うん、見えるのはいいんだよ見えるのは。

 でも、なんで、股間がぶらーんしてるのまで見えちゃってるの?

 え、うそ? 上も下も下着も何も着てない? なんで? いや待って嘘でしょ?

 すーすーしてるように感じたのは、季節のせいじゃなかった!?


 訳が判らずにフリーズする俺。

 その隙に、馬車が目の前までやってきてしまった。

 スルーしてくれますように! っていう俺の願いも空しく、御者が馬車を停止させる。

 歩兵たちと騎兵も馬車を囲むように停止。

 警戒するというよりは、「なんだこいつ?」っていう困惑する空気が感じられる。

 デスヨネー。裸族が頭下げて突っ立ってたら、俺だって困惑するよ。


 下げた頭を上げることも出来ず、冷や汗を流しながら恥ずかしさに顔を真っ赤にする。我ながら器用かもしれない。

 でも、恥ずかしさに顔を真っ赤にするブサメンとか、誰も得しない。

 それはそれとして、御一行様の様子も気になるから上目遣いでこっそりチラチラと盗み見する俺。

 顔を真っ赤にして上目遣いするブサメン。需要が欠片も無いね。


 と、馬車の窓が開いて中の人が顔を見せた。


 うっわ、ものすごい美少女だよ!

 年の頃は十二歳くらい? 金髪碧眼、白い肌。高名な彫刻作家が全身全霊で整えたような造形美。

 目つきがほんの少しだけきつい感じだけど、だがそれがいい。

 窓が小さいのでほぼ顔しか見えないけど、ちょっとだけ見えるお召し物もなんか高級ドレスっぽい感じ。

 お上品な感じの淡いブルーで、サテン生地のように光を反射しててすごく高そう。もとい、とても綺麗。


「そこのお方。何ゆえにこのようなところで裸でいるのですか?」


 美少女お嬢様が直々にお声を掛けてくださる。

 声もステキ。どっちかというと可愛らしい声なんだけど、背伸びして大人っぽく話してる感じかな?

 本来なら美少女に声を掛けてもらったぜイヤッフー異世界万歳! なところだけど、今はつらい。ひたすら辛い。マジ勘弁してください。


 まさか正直に「女神様に異世界転移させてもらったら裸でした!」なんて言えない。言えるはずがない。

 いや、言うのは構わないけど、信じてもらえずにおかしい奴認定されるのが関の山だ。

 おかしい奴扱いならならまだしも「女神様を貶める不遜な輩め!」とか言われて成敗されちゃったらたまらない。

 やばい、どうしよう。どう答えるのが正解なんだ? 助けて女神えもーん!


 広がる沈黙。冷や汗だらだらの俺。

 何か気の利いた答えを言わなくては、と思いつつも思考が空回りして何も思い浮かばない。


 だんだんと剣呑な空気が周囲に広がっていく。

 判ってます、判っておりますとも。高貴なお嬢様が直々にご質問なされているのに何も言わないのが非常にマズいということくらいは。

 でも何も思いつかない。どう乗り切ればいい?

 今こそ唸れ俺の頭脳! 三秒でパーフェクトな回答を思いつくんだ、さん、に、いち、はい!

 無理でした! さすが俺、Fラン卒は伊達じゃないぜ!

 ああどうしよう、パニックが加速してフルブーストだ。


「恐れ多くも姫様からのお言葉である。答えるがよい」


 騎兵さんが、馬車の近くで馬首をこちらに巡らせながら質問を重ねてくる。

 冷静な、仕事柄ちょっとお堅いだけの声色だったけど、残念ながらパニクった俺には冷酷な詰問口調にしか聞こえなかった。

 勝手に威圧感を感じてしまい、思考が完璧にフリーズする。

 もはや返事を返そうという思考すらも消え、「お嬢様じゃなくてお姫様なのかー」などとどうでもいいことしか思い浮かばない。


「困っている方かと思ったのですが……。ひょっとして、変態さんなのでしょうか」


 思わず言ってしまった、という感じのお姫様の声。

 呟いた程度の音量だったけど、俺の耳までしっかりと届いた。届いてしまった。

 やめてください、美少女から変態扱いされてご褒美に感じるのは一部のへんたいさんだけです!


「違います変態じゃありませんこれは服をちゃんと着てるんです馬鹿には見えない服なんです」


 美少女に変態扱いされたくない。

 その一心だけで、俺の口から言い訳にもならない言い訳が一気に流れ出ていた。

 思考停止中なせいか、まるで自分じゃない誰かの言葉を聞いているかのようだ。

 まったく何も考えていない俺の言葉が、俺の耳を右から左へ通り抜けていく。


 一瞬、シーンと静まり返る。

 数秒遅れて、ようやく自分が何を言ったのかが頭に入ってきた。


「貴様、言うに事欠いて姫様を馬鹿だと申すか?」


 剣呑な声で詰問口調になる騎兵さん。

 しまった失言したー? と思うも、既に後の祭りだ。

 いやお姫様は服が見えないとは一言も言ってないよね? そういう事にしとこ?

 あ、ダメだ。全裸で何してるのって聞かれたわ。


「姫様を愚弄するその言動……。貴様、よもや、姫様を狙う刺客ではあるまいな?」


 騎兵さんの言葉に、俺に近い位置にいる数名の歩兵が腰の剣に手を掛ける。

 全裸の変態野郎が全裸の変態刺客野郎にランクアップ。いや、ランクダウン?

 というか、お姫様って刺客に狙われてるの? だから護衛がいっぱい居たりしてる?

 あるいはもしかして、刺客という名の変態に付きまとわれていたりするのかも。

 わかるわー、こんだけ美少女なら変態もさぞ湧いてくると思うわー。


 などと現実逃避してたら、歩兵さんたちがじりじりと距離を詰めてくる。

 これはやばい。刺客認定(仮)をどうにかして取り消さないと危険が危ない。


 ちょっと待って。

 と言うつもりで、がばっと頭を上げて両手のひらを前に出して。

 そのタイミングで。


 ピピッ。


 俺の手首に付いていた腕時計が時報を鳴らした。


 全裸に腕時計? 裸ネクタイの亜種? 変態紳士? ホワイ?

 とか思う間もなく、歩兵さんの一人がものすごい速さで距離を詰めてきて。


 居合切りのごとく剣を振り切って、俺の両手首ごと腕時計を真っ二つにした。


 え?


「怪しげなアーティファクトを使うか! このようなふざけた刺客を送り込むとは、おのれ大臣め!」


 馬車の窓の前で盾を掲げ、自らの身体と騎馬をも馬車を守る盾にしながら騎兵さんが叫ぶ。

 歩兵たちは素早く密集隊形に移行して馬車を囲み、全方位を警戒している。

 カタン、と音がしたのは、恐らく窓を閉めた音だろう。


 その頃になって、ようやく俺の腕に痛みが走った。


「ぐっぎゃーーーーーー!」

 痛いいたいいたい痛いいたい痛い!


 斬られた両手首の切断面を咄嗟に両手で押さえようとして、でも両手首が体とサヨナラしてるので押さえる両手が無い。

 痛みに耐えられず、がっくりと膝が落ち、体を丸めながら倒れ込む。


 痛みにぎーぎーと悲鳴を上げている俺の目の前に、手首を切り離してくれやがった歩兵が仁王立ちする。

 抜き身の剣からは血が滴っている。あれ、俺の血なのか……。


「無様な刺客であるな。せめて一太刀にて楽にしてやるがよい」


 騎兵さんの言葉に応えるように、歩兵が剣を振り上げる。


 あー。そういや、言葉が通じてたな。言語チートはくれるんだね女神様。

 あまりの痛みで痛覚が麻痺してきたせいか、そんなどうでもいいことを思いつつ。



 振り下ろされる剣を最後に見ながら、俺の意識は真っ二つに切り裂かれた。



 ◇



 気が付くと、再び真っ白い空間に戻っていた。


『変態はご遠慮願いたいのですが、第三界の方』


 いえ変態じゃないです。ホント勘弁してください。


 っていうか、全裸で異世界に放り込むって何の罰ゲームですか?

 お陰でめっちゃ酷い目に遭ったんですが。身も心も。


『罰ゲームではありません。前回の取り決め通りに処置した結果です』


 前回の取り決め?

 ってまさか、「転移先に致命的な影響を及ぼすようなものは持ち込まない」ってやつ?


『その通りです。あの世界においては、第三界の方が着用していた衣服は雷放電らいほうでんによる大規模災害の発生源となるものでした』


 雷放電? つまりカミナリの災害?

 俺の服が雷撃の魔法か何かを発生させるってこと?


 どんだけトンデモ法則なの、あの世界。

 それって、俺が普通に生存できない環境じゃないですかね。


『第三界でも、規模こそ極小ですが頻繁に発生し得る現象です。あの世界ではそれが極大化してしまうのです』


 地球でも発生する微小な雷放電って……まさか静電気のこと?

 確かに俺の衣服一式はどれも安物の化学繊維だし、冬場は割とよくパリパリしてることが多いけど。


『あの世界では、放電現象がとても終息しにくい環境にあります。本来であれば、発生することもまず無いのですが』


 終息しにくいってことは、静電気パリパリがずーっと続くのか。

 一日中ずっと静電気ってのは想像しただけでも肌が痛くなるね。


『第三界の方の衣服を元に発生した静電気は、終息しないのはもちろんのこと、その衣服を増幅器として瞬く間に極大化します』


 んーと、つまり、服が大規模な電撃の魔法か何かを放ってしまう感じ?

 コインを弾丸にしてレールガンとか撃ててしまうのだろうか。


『発生した雷放電は衣服の周囲のみに留まらず、大きく成長して大気に変調をもたらし、大地と大気の間でさらなる成長を遂げます』


 静電気からカミナリになるってこと?

 いや、それはもう成長ってレベルじゃなくね?


『増幅は留まることなく続き、一時間と経たずに全世界が非常に高密度な落雷に晒され続けることになります。結果として、あらゆる生命が死滅します』


 お、おう。

 服の静電気が、最終的には神の怒り的な極大雷撃魔法にまで超進化しちゃうのか。

 しかも範囲・時間無制限。


 それって、やっぱりトンデモ法則じゃない?

 まともに生活できる気がしないんですけど。


『衣服が無い状態であれば、そのような現象が発生することはありません。第三界の方も問題なく生存可能です』


 髪と下敷きとかでも静電気は発生するよね。子供の頃によくやったっけ。

 あ、でも、あの世界では放電現象が発生しないんだっけ?

 髪はあっても下敷き相当の物が無いとか、そんな感じ?


『概ね、第三界の方の認識通りと考えて頂いて構いません』


 うん、なんかクリティカルな世界だったってことだけはよく理解しました。


 あ、そういえば、言語チートありがとうございます。

 今回は役に立ったのかそうでないのか微妙な気がするけど。


『最低限の会話能力は必須ですので、最初に遭遇する知的生命体の言語を母国語として扱えるようになります。無制限の言語能力ではありませんのでご注意を』


 おおう、言語チートじゃなくて言語ガチャでしたか。

 最初に遭遇したのが外国の旅の人だったりすると難儀しそう。

 まあ、言葉が全く使えないよりは良いのかな?


 と、話を戻して。

 流石に、全裸ってのは勘弁してもらえませんか。

 初手から変態認定されるのが確定じゃ、異世界生活エンジョイ計画が成り立たないです。

 さっきの言語ガチャの件と合わせて、意思疎通ができるただ一人の外国人に変態認定されて逃げられたりしたら目も当てられない。


 考えすぎって?

 いや、何度も想像の斜め上をいく異世界に送られてる訳だし、その程度は普通にありそうじゃない?


『自分の装備や相手の敵意を確認せずに己の身体を晒すあたりは、実に第三界出身らしい平和ボケですね』


 ぐっ。

 それを言われるとそうかもしれない。

「他人を見たら盗っ人と思え」って田舎のばあちゃんも言ってたな。

 ちょっと違う?


 まあ、平和ボケは平和ボケなんだろうけど、いきなり認識を変えるのも正直きついっす。

 頑張って対応する気はあるけど、元が元だけにすぐにボロを出しちゃう気がする。


『仕方ありません。第三界の方の平和ボケ加減に免じて、見た目における最低限の良識は確保した上で転移先の世界を選択することにしましょう』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る