#5 普通の世界だと思った? 残念、滅ぼしちゃいました!

 超重力な環境はハードルが高すぎた。

 いやまあ、社畜五年生ともなると体を鍛えてる余裕なんてどこにもなくて、だいぶあちこちが緩々になってきてるなー、とは思ってたけど。

 仮に鍛えたとしても、耐えられるとは思えないっす。


 ついでに、他にもヤバそうな世界は外してもらえるように女神様にお願いした。

 異世界転移・即キルとか悲しすぎる。痛いし苦しいし。


 そんなこんなで、今度こそ異世界転移、行ってきまーす。


『はい。新たな世界での活躍を期待していますよ』


 ◇


 目が覚めた。ぱっちりと。


 軽く見渡してみると、大草原って感じ?

 そよ風が周囲を優しく撫でている。遠くには森かな?

 近くに目を転じると、蝶々っぽい何かが戯れている。

 遠くには何か動物の鳴き声。親子とか恋人が呼び合っているように聞こえるね。


 おー、いいね。牧歌的なやさしい世界って感じ?

 空気もすごく美味しくて、いくらでも吸い込めるよう。なんか元気でてきた。

 思いっきり伸びをして深呼吸。うーん、身体に謎の優しい成分が染み渡るようだ。


 異世界転移するたびにすぐに死んじゃって、どうなることやらと思ったけど。

 これなら異世界生活を満喫できそうだ。女神様ありがとうございます。

 ここは感謝の気持ちを込めて女神様を拝んでおこう。俺は無宗教だし本人曰く神様じゃないらしいけど、別にいいよね。


 などと思って、ちょっと勢いよく「パンッ!」と手を合わせたら。

 ゴオッ! と全身が一気に炎に包まれた。

 おおっ、火だるまだぜ。爆炎の転移者とかって名乗れるな。ちょっと厨二っぽくね?


 っていうか、何事? 何が起きてるの!?

 余裕ぶっこいてるように見えるけど、実際はパニック起こしてるだけ!

 そしてめっちゃ熱い! ぐおおお!

 誰か、消防車を、消防車を呼んでくれ!




 頭を疑問符だらけにした状態のまま、俺の意識は焼失した。


 ◇


 気が付くと、再び真っ白い空間に戻っていた。


『おや、前回の記録よりも二分ほど長く持ちましたね、第三界の方』


 なんだろう。姿は見えないけど、女神様がジト目で見ている気がする。

 いや、俺のせいじゃないっしょ。女神様を拝んだら炎に包まれて死ぬとか意味わかんないです。

 こっそりそういうチートを俺にくれてました? 自爆チートは遠慮させてください。


『自爆どころか、星を一つ滅ぼしてしまいましたよ? しっかり自覚して反省してください』


 は?

 いやいや、だって俺なにもしてないし。

 滅ぼすなんて、そんなとんでもない。やりたいとも思わないし。

 むしろ何かに殺されたまであるっしょ。


『では、状況把握のため映像を再生してみましょう』


 久々のビデオ判定キター!

 あのやさしい感じだった世界にどんな凶悪な罠が隠されていたのか、しっかり確認したいね。


 まず映し出されたのは、俺もちょっとだけ堪能した牧歌的な世界。

 うん、やっぱり良さげな世界だよね。こうやって見る限りでは。


 そして、ビカビカっと光が発生して、俺登場。

 あたりを見回したり伸びをしたりしている。

 うんうん、そんな感じだったよね。

 前回は深呼吸で致命的ダメージを負ったから、早いうちに深呼吸も試してみたんだぜ。

 過去から学ぶ俺、かしこい。自画自賛。


 で、姿勢を正して、女神様を拝むポーズ。

 その瞬間、画面がゴォッ! とばかりに炎で埋め尽くされる。

 俺が火だるまになったとばかり思ってたけど、周囲も満遍なく燃えていたらしい。なるほどね。

 ……って、え? なんで?


 ここでカメラがぐわっと引いて、衛星視点っぽい映像になった。

 森っぽい緑や海っぽい青、一部はむき出しの地面っぽい茶色なんかが見える。

 これ、かなり広い地域が見えてるよね。北海道くらいの面積が画面に入ってる感じ? 適当だけど。


 最初は小さな点だった炎が、一気に大きくなって画面を埋め尽くす。

 うわぁ……俺が火だるまどころか、ものすごい勢いで拡大してたのね。

 森っぽい緑が炎に蹂躙され、あっという間に焦げて縮れた感じになって、どんどん焼失していく。

 茶色だった地面はこげ茶色に変色し、海っぽい青は何やら急速に縮小していく。

 あれかな、水が蒸発して水位が下がり、海岸線が後退しているとか? とんでもない状態だね。


 さらにカメラが引いて、なんか地球っぽい星が映し出さる。

 一部地域だけだった赤い領域が、あっという間に星全体を侵食してしまった。

 細かい様子は全くわからないけど、地表のあらゆるものが燃えてるっぽいのだけは判った。

 岩とかの、本来なら燃えないようなものまで溶け出して流れてる感じもする。


 うん、これは世界終了のお知らせだわ。


 で、このカタストロフの原因が俺?

 意味が判りません。


『では、巻き戻して拡大&スロー再生をしてみましょう』


 発火する前まで巻き戻されて、俺の顔あたりが拡大される。

 自分の顔ながら、あんまり拡大しないで欲しい。見てると悲しくなる。

 うーん、転生じゃなくって転移だから仕方ないけど、やっぱりイケメンチート欲しいよね。

 イケメンってだけで人生イージーモード発動するし。


 なんて思ってる間に、スロー再生でゆっくりと顔の前で手が合わさっていく。

 両手が合わさってー、袖やら腕時計やらが反動でちょっと揺れてー、炎に包まれる。

 なるほど、さっぱりわからん。


『やはり、第三界の方が発火現象の原因ですね』


 待ってちょっと待って。訳が判りません。

 やっぱり自爆チート?

 そういうのはホント勘弁してください。


『ここを御覧なさい』


 と言いながら俺の腕のあたりを拡大する女神様。


『第三界の方は、腕時計をしていますね』


 うん、してる。

 怪しい中華メーカーの安物だけど、デザインが割と気に入ってるんだよね。

 社畜五年生、貧乏暇なし。高級時計なんかとは無縁だぜ。


『そのベルトは、金属のメッシュになっています』


 そうそう、ミラノバンドってやつ。

 普通のごっつい金属のは趣味じゃないけど、これはちょっとオシャレっぽくて好きなんだ。

 磁石で固定するから長さ調節も思いのままだし。

 その磁石のせいで、腕から外すとクシャッって丸まっちゃうのが難点だけど。


『それが原因です』


 うん、ミラノバンドが原因ね。

 ……はい?


『手を合わせたタイミングで金属バンドが擦れて微細な火花を生じさせ、そこを起点に大気を燃やしたのです』


 えっ? 腕時計のバンドが発火? 大気を燃やす?

 まさかの、腕時計がチート?

 安物だと思ってたけど、実は超高性能だった?


『大気が燃えたのは、大気組成が原因ですね。酸素濃度が百パーセントに近い状態だったようです。

 一方で、この大気組成の中では、この世界の物質は強い可燃性を持つようです』


 ほー、酸素百パーセントとは凄いね。道理で空気が美味しく感じたわけだ。

 温暖化の心配も無さそう。


 ……って、ちょっと待って。

 聞いたことがあるぞ。


 純粋酸素の中では、普通なら燃えないような物が可燃物になる。

 助燃性っていうんだっけ? 酸素はモノが燃えるのを助けるわけだけど、酸素濃度が高すぎるとこの効果も高くなるんだ。

 ついでに、一円玉を擦り合わせる程度でも火花が生じてしまう。一円玉が火打石になっちゃうわけだな。

 金属だけじゃなくて、アルミとナイロンを擦り合わせた程度でも発火するんだっけ?

 月着陸計画の初号機が、そんな感じで大事故を起こしていたはず。


 なるほど。

 安物ゆえにバンドの塗装が剥がれて金属が露出しちゃってた箇所がいくつかあったけど、そこが擦れて発火しちゃったのね。

 で、その辺にあるものが可燃物となって一気に燃え広がっちゃったと?

 世界を燃やし尽くした劫火の原因が安物腕時計のバンドとか、笑えない。


 って言うか、そんな危険な状態なら現地の人がついうっかり燃やしちゃってたんじゃないの?


『第三界の方が身に着けている金属は、こちらの世界では実在しないようですね。

 現地の物質であれば、金属相当であっても発火する危険性は皆無のようです』


 おっと、異世界フシギ素材か。

 発火する要因は無いけど、燃えやすい劇物が世界を覆っていると。


 でも、普通に火を使おうとした時点で世界も燃えちゃうよね?


『火という現象がそもそも発現していません。熱源として火とは異なる現象が存在していました』


 あら、異世界フシギ法則か。

 なるほど、それで問題が無かったんだろうね。俺という異物が混入されるまでは。

 俺から見たら危険極まりない環境でも、現地からすれば安定した安全な環境だったわけだ。


 うわぁ……知らなかったとは言え大量虐殺かよ。

 虐殺対象に俺も含まれてる件。


『はぁ……星を一つ滅ぼすとは、また業が深いと言いますか……』


 いえ、不可抗力だと思うんですけど。

 っていうか、俺も死ぬほど熱かったし。

 いや死んじゃったけど。


 というか、出来ればその辺も不可抗力でやらかす危険が無いようにお願いできないでしょうか。

 別に腕時計とか異世界に持って行かなくても良いですので。

 いやまあ、もちろん持って行きたい気持ちはあるけど、星を滅ぼすのはゴメンだぜ。


『では、転移先に致命的な影響を及ぼすようなものは持ち込まないようにしましょうか』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る