No.24【短編】僕は早見さんの家畜

鉄生 裕

僕は早見さんの家畜

目に留めていただきありがとうございます。


読んでいてあまり気持ちのいい作品ではないと思うので、

そういうのが大丈夫な方や、

メンタルがある程度大丈夫な時に読んでいただけたら幸いです。




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僕は早見さんの家畜だ。


家畜の夢はただ一つ、人間に殺され食べてもらうことだ。


僕は明日、早見さんに殺され、早見さんに食べてもらう。




僕と早見さんが出会ったのは、僕たちがまだ幼稚園生の時だった。


僕と早見さんはご近所さんで、家族ぐるみの付き合いも長かった。


そして、僕たちが高校生になった昨年の夏、

僕の父と早見さんの母親が不倫関係にあることが分かった。


僕の父から早見さんの母親に関係を迫ったらしく、

五年以上も前から二人はそういう関係だったらしい。


もともと不眠症気味だった父は、

夜な夜な散歩へ出かけたり、睡眠薬を飲んで寝ることが多かった。


きっと父は、散歩へ行くふりをして早見さんの母親と会っていたのだろう。


だが、父が不眠症というのは本当で

僕が生まれる前から彼は睡眠薬を常備し、

それでも眠れないときは夜な夜な散歩へ出かけていたそうだ。


だから、父が散歩へ行くふりをして早見さんの母親と会っていたなんて、

僕の母はそんなことを想像すらしていなかったであろう。


僕の父と非常に仲の良かった早見さんの父親は、

自分の妻と親友だと思っていた僕の父に裏切られたショックから、

不倫が発覚した日の夜に包丁で自分の首を刺して亡くなった。


その一週間後、罪悪感に押しつぶされた早見さんの母親が

自宅で首を吊って亡くなった。




事件から二週間が経ったその日、

ずっと学校を休んでいた早見さんが登校した。


事件が起こって以来、僕と早見さんは一度も会っていなかった。


早見さんと話すなら今日しかないと思った僕は、

放課後、早見さんを屋上に呼び出し、彼女に何度も謝った。


「早見さんの為なら何でもします。本当にすいませんでした」


それを聞いた早見さんは、

「本当に何でもしてくれるの?それじゃあ、今日から君は私の家畜ね。家畜の君には、生きる権利も死ぬ権利も無いの。だから、私の両親みたいに勝手に死ぬなんて真似はしないで。君が何処でどう死ぬかは、私が決めることだから。そうだなぁ、君は家畜だから、君を殺した後は私が君のことを食べてあげるよ」

それだけ言うと、彼女はどこかへ行ってしまった。




その日、僕は早見さんの家畜になった。




それから一年もの間、僕は早見さんの家畜として

早見さんの要求を全て受け入れこなしてきた。


そしてとうとう、この日がやってきた。


これが終われば、僕は晴れて早見さんに殺され、早見さんに食べてもらえるのだ。




学校から帰ると、早見さんから一通のメールが来た。


>今日の二十三時半、このアパートの203号室に住んでいる男を殺して。

>彼は不眠症でいつも睡眠薬を飲んでいるから、簡単に殺せるはずよ。

>ナイフはアパートの階段の下に隠しておくから、それで男の首を刺して。

>手袋や服も用意しておくから、必ずそれに着替えること

>くれぐれも、ナイフや彼の家のものを素手で触るようなことはしないで。

>髪の毛一本も落とさないよう注意して。

>手袋や服はアパートのすぐ近くの河川敷で必ず燃やして処分すること。

>ナイフは刺したままで大丈夫だから、その男を刺したら君はすぐにそこから逃げて。

>もし君が捕まったら、私が君のことを殺せなくなっちゃうから。

>それは君も嫌でしょ?

>だから、絶対に捕まらないように、君がそこにいた痕跡は一つも残さないで。

>刺したらすぐに逃げて。

>それから、このメールはすぐに削除すること。

>私達が彼を殺したという証拠は一つも残さないように気を付けてね。

>これが終われば、次は私があなたを殺して食べてあげる。


文章の最後には、とあるアパートの住所が記載されていた。




いよいよだ。


いよいよこれで、僕は早見さんに殺してもらえるのだ。


これが終われば、ようやく僕は早見さんに食べてもらえるのだ。




僕は早見さんの指示通りにそのアパートへ行くと、

真っ暗な部屋で布団を深く被ったまま、うつ伏せの状態で眠っている

坊主頭の男の首に包丁を突き立てた。


早見さんの言っていた通り、睡眠薬を飲んでいるせいか、

五~六回ほど彼の首に包丁を刺したが、彼は眠ったままだった。


僕は男の首に包丁を突き立てたまま、急いでアパートを出た。




河川敷で手袋や衣類を燃やす準備をしていると、早見さんからメールが来た。


>無事に終わった?

>悪いけど、そのまま電車に乗って私の友達に会いに行って。

>念のため君のアリバイを作っておきたいから、

>君は今日、学校が終わってからずっと彼女と一緒にいたことにして。

>彼女には全て伝えてあるから大丈夫。

>明日は学校も休みだし、とりあえず今日はそのまま彼女の家に泊まって、

>明日の夕方くらいまでは彼女の家にいて。

>君のお母さんには、友達の家に泊まりに行っているとでも伝えておいて。

>それじゃあ、このメールも読んだらすぐに消してね。


僕は彼女の指示通り、彼女の友人だという女性の家へ行った。


その女性は都内で一人暮らしをしている大学生で、

彼女が高校受験をする際に、その女性は彼女の家庭教師をしていたらしい。




僕が殺したあの男性は何者なのか、

そんな事は彼女に聞くまでもなかった。


彼が不眠症だという点で大方予想はついていたが、

あの坊主頭を見た時に確信した。


暗くてよくは見えなかったが、きっとあの男は僕の父親だろう。


早見さんの母親と不倫をしていた、僕の父親だ。


実の父親を殺すのに抵抗はないのかと思われるかもしれないが、

むしろ僕はあいつを殺したくてしょうがなかった。


あいつは、早見さんの両親を殺し

早見さんを独りぼっちにさせ、

しまいには僕ら家族を捨てて逃げ出した男だ。


そんな男を殺すことに、迷いや抵抗などは一切ない。




早見さんの友人の家で一晩を過ごした僕は、

夕方になり彼女の家を出た。


昨日のことが気になった僕は、

電車に乗るとスマホのニュース画面を開いた。


ニュース画面のトップに出てきたのは、

『都内のアパートで女子高生が死亡』

という見出しだった。




『昨晩、早見楓さん(17)の遺体が都内のアパートで発見されました。

早見さんの首には刃物で何度も刺された跡があり、

死因は失血死によるものだと思われます。

刃物には、その部屋に住む佐久間良治さん(47)の指紋が付着しており

警察は佐久間さんが早見さんを殺害したものとして捜査を進めています』




その記事を読んで、頭が真っ白になった。


死んだのは、僕のだろ?


どうして僕の父が、早見さんを殺したことになってるんだ?




その記事には、続きがあった。




遺体発見時、早見さんの下半身に父の精液が付着しているのが見つかった。

また、早見さんの手首には何かで縛られた跡があったことから、

父は早見さんを強姦したのちに、早見さんを殺したものと思われる。


父は無罪を主張しており、

早見さんが殺害された時刻には、近くのコンビニにいたと証言している。


早見さんの下半身に父の精液が付着していたことに関しては、

早見さんと父は半年ほど前からそういう関係になっており、

早見さんの手首に縛られた跡があったのも、

彼女の方からそういうプレイがしたいとお願いされたと証言しているそうだ。


たしかにその時刻、近所のコンビニの防犯カメラに父の姿が映っていたが、

父がコンビニにいたのはニ~三分であった。

一人になりたいと早見さんにお願いされた父は、

コンビニから出た後も二十分ほど散歩をしながら時間を潰していたそうだが、

それを裏付ける証拠は一つも見つかっていない。


コンビニへ行った後に、すぐに自宅へ戻り早見さんを殺害した可能性もあるし、

早見さんを殺害してからコンビニへ行った可能性もある。


また、近くの河川敷からは父の衣類が見つかった。

衣類はほとんど燃えており指紋の採取は困難な状態であったが、

燃やされていた衣類と全く同じ服を着た父の写真が、彼の部屋から見つかった。


指紋の付いた刃物、下半身に付着していた精液、燃やされた衣類

警察は早見さんを殺害したのは父で間違いないと考えているらしい。




地元の駅に着いた僕は、急いで家へと向かった。


きっと母も既にこのニュースを見ているはずだ。


まずは母に全てを話そうと、そう思った。




だが、家に着き玄関を開けた僕が見たのは、

リビングで首を吊っている母の姿だった。




気が付けば、僕は警察署へと向かっていた。


早見さんが殺されたことを未だに信じることが出来ないでいた僕は、

早見さんに会いたい一心で、無意識のうちに警察署まで来ていた。


だが、本当のことを伝えても警察は信じてくれないだろうし、

早見さんの友人だと言ったところで、早見さんに会える確証はない。


どうすればいいのか迷っていると、

誰かが僕のズボンをギュッと握った。


早見さんの妹だった。


早見さんには、中学生になったばかりの妹がいた。


僕は彼女のことを知っていたし、

彼女も僕のことは知っていた。


僕の父と早見さんの母親が不倫関係にあったとわかる前までは、

早見さんと早見さんの妹と僕の三人でよく遊んでいたのだ。




彼女のおかげで、僕は早見さんに会う事が出来た。


遺体安置室にいた彼女を見て、僕は膝から崩れ落ちた。


そこにいたのは、僕の知っている早見さんではなかった。


首に何ヶ所も刺し傷の跡が残っている、坊主姿の早見さんだった。




父が住んでいたアパートの浴室からは、大量の髪の毛が見つかった。


浴室に父の指紋だけが付いたバリカンが見つかったことから、

恐らく父が早見さんを強姦する前後に彼女の髪を剃り、

その後に彼女をベッドで殺害したと警察は考えているらしい。


警察は当然父の不倫のことも知っており、

そのせいで早見さんの両親が自殺したことも知っていた。


そんな父が、今度は不倫相手の娘とそういう関係であったと証言しているのだから、

警察は父のことを異常者だと考えており、

強姦前に彼女の髪を剃ったのも、異常者の父ならやりかねないと思っているのだろう。




あの時、父だと思って僕が殺したのは、

睡眠薬を飲んでぐっすりと眠っていた早見さんだった。




どうしてあの時、早見さんだと気付かなかったのだろうか。


いや、そんなの気付くはずがない。


まさか、目の前で寝ているのが早見さんだなんて

想像すらしていなかった。


父を殺せる高揚感

誰かに見られたらマズいという焦り

早見さんに殺してもらえるという喜び


全ての感情が入り混じっていた僕の思考は、

目の前でうつ伏せで寝ている坊主姿の君を、父だと思い込ませた。




でも、なんであの時、早見さんからメールが来たのだろう。


僕があの時に殺したのが早見さんなのだとしたら、

早見さんを殺した後に彼女から送られて来たメールは、誰が送ったものだったのだろう。


でも、もうそんなことはどうでもいい。


僕より先に死んでしまった早見さんが、僕を殺すことは不可能だ。


それなら、いったい誰が僕を殺すんだ?


いったい誰が、僕のことを食べてくれるんだ?


僕の周りの人間は、皆死んでしまったではないか


僕を殺せる人間は、もう誰もいないではないか。




・・・いや、まだだ。


まだ一人だけいる。


僕はポケットに忍ばせていたバタフライナイフを右手に握りしめると、

彼女のもとへ近づいた。


彼女なら、きっと僕のことを殺してくれるはずだ。


この世界で僕のことを殺せるのは、もう彼女しかいない。




「おい!止まれ!」


バタフライナイフを握りしめながら彼女に近づく僕を見て

一人の警官かそう叫んだ。


するとすぐに、署内の警官が僕たちの周りに集まってきた。


「止まれ!止まらないと撃つぞ!」


警官達は僕に向かってそう叫んだが、

彼らの声は僕の耳には届いていなかった。


「・・・お願いです。お願いだから、どうか僕を殺してください」


そう言いながら、僕は早見さんの妹のもとへ一歩一歩近づいていった。




パンッ!




一発の銃声が遺体安置室に響き渡った。




その場に倒れこんだ僕を、大勢の警察官が取り押さえた。




ダメだ


こんな終わり方はダメだ


これでは僕は死ねない


銃弾は急所を外している


これでは、僕は助かってしまう


早見さんが僕を殺してくれないなら

せめて僕が死ぬところを早見さんに見せたい


僕が苦しんで死ぬところを、早見さんに見せなければ


それが、僕にできる唯一の贖罪だから




僕は右手に握っていたバタフライナイフで

自分の首を何度も刺した。

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