『通勤』 9


 戦争は、貴重な文化財を破壊したり、行方不明にさせるものである。


 『ヴォイニッチ手稿』が、第3次大戦後に

どうなったのか。


 はっきりしない。


 列強の言い分にも係わらず、人類は滅亡はしなかった。


 助け船が入ったからである。


 銀河連盟が、みかねて、介入してきたのだ。


 コバルト爆弾の撒き散らした、やっかいな放射性物質なども、彼らは除染する術を持っていた。


 『ふうん。ヴォイニッチ手稿ですかあ。』


 警察官さんが、ちょっと唸った。


 もうひとりの警察官さんが言った。


 『情報検索中。あ。なるほどお。』


 『あなたがた。便利ですね。』


 ぼくは、多少、皮肉に言ったのだけれど、そういうニュアンスには、分かっていても反応しないのが、ロボット警察官さんの常だ。


 『原書の所在は不明。データは崩壊。解説書が数冊見つかっているが、全体像は分からなくなっている。と。火星図書館には、あるのですか? データにはないですな。』


 『まだ、整理が着いてないですよ。なにせ、地球からなんもかも、積めるだけ積んで、火星に放り込んだんですよ。ただし、地球文明の象徴みたいな美術品は、分散してどこかに隠されたようですが、わかる人がいなくなったから、見つからないとか。そういうのは、警察が詳しいでしょう。』


 『われわれを、見くびってはダメです。あ、使い方が違いますか。われらは、したっぱの警察官です。地球最上層部は、だいたい、だれなのかさえ、ぼくらには、わからないね。あなた、わかりますか?』


 『まさか。謎ですよね。まあ、ヴォイニッチ手稿については、偶然、ぼくが、全体のコピーデータを見つけたんです。だれが、あの小さな記憶媒体を、火星に持ち込んだのかもわかりません。本物のコピーか、コピーのコピーかも。しかし、別に、日本語の解説本が、ありましてね、内容が一致したので、オリジナルの写しには違いないようです。彼は、それを、見たいという。ぼくは、外部には閲覧禁止になってる、秘密文書などは別にして、つまり、そういうのは、別の部署が管理してます。ちょっと怖い人たちですよ。ぼくの判断で開示できる範囲に、そのデータはありましたし、もともと、広く内容が公開されてたわけで、いまさら、隠す理由はないですから、記憶媒体自体は、出しませんが、内容の閲覧や、コピーは、許可しました。運が良かったですよ。見つけていてね。以上が、全部です。』


 『閲覧理由は?』 


 『そんなの、訊きません。』


 『しかし、希望するカードとか、データ入力は、するのでしょう。』


 『それは、しますよ。でも、個人情報です。だいたい、本人を、押さえたのでしょう?』


 『なにも、個人を示すものを、持っていません。違法ですな。このあと、すぐ火星に行きますから、開示してください。』


 『個人情報は、警察にも、開示できない決まりです。』


 『むりやり、開示もさせられますよ。』


 『またまたあ。無理を言う。なら、文書で要求してください。』


 『あのなあ。』


 二人めが、豹変して詰め寄ってきた。


 『まあ、まあ。確かに、火星には一定の自治権がありますからな。尊重しましょう。文書、直ぐだします。あっという間に。』


 もう一人が、割って入る。


 決まりのスタイルだ。


 『じゃあ、図書館に着いたら、上司の許可を求めます。』


 『いま、すぐやってください。こちらも、火星図書館の館長に要求しましたが、あなたでないと、わからないと。ずいぶん、古代的ですな。』


 ロボットさんは、いっぺんに、色々できる訳だ。


 『よく、言いますねぇ。だれのせいで、こうなったの。そういうやり方が、安全なのです。まあ、電話しますよ。またく。で、だれが、火星に乗せてってくれますか?』


 『まかせなさい。われわれは、合理的に動く。』


 

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