『通勤』 10


 ぼくは、所長さんに電話した。


 このひとは、一応、キャリアなのだが、本来は、もう、地球政府の本庁舎のかなり上のあたりに座っているはずだったのだが、部下が非常に良くない不祥事を起こした責任を取らされて、縁もゆかりもない、なんと、火星図書館に飛ばされたのだ。


 しかし、ぼくのみるところ、本当に悪いのは、もう少し上の方の、所長さんの先輩たちなんではないかと。ま、よけいな口ははさまないに越したことはない。


 たぶん、五年くらい我慢したら、また、本庁に帰れると言う、内々のめどはあるようだ。


 しかし、そのぶん、昇格がないから、もはや、トップには届かないだろう。


 図書館しか居場所のない、地方採用のぼくにしてみれば、お気の毒、としか言いようがないものの、ぼくに当たってもらっても、どうしようもない。


 図書館を含む、文化センター所長さんには、あまり、やることはない。


 問題があるような事件は、まあ、滅多にはない。


 火星植民地で、犯罪をしても、逃げ込む先がない。


 ドームからでたら、宇宙服なしでは、地球人は生きられない。


 図書館から本を盗んで、地球で売ろうと言うかたも、無いことはないが、検知システムにより、すぐに、御用となり、15年は、火星には入れない。はずだった。


 そうした事件は、火星警察によって裁かれる。あまり、図書館がやることはない。


 その人物が、利用者であると、また、書物ななどは、図書館のものである、と認めるだけだ。


 そう、そのはずだった。


 しかし、まあ、それは、ちょっと置いといて、案の定、ぼくに対する所長さんの回答は、『まかせます。』だった。


 こんな、簡単なことはない。


 あの男の記載した利用カードの情報を、地球警察に渡せば良いのである。


 とりあえず、相手に文書を要求したから、回答文書は附けて、所長さんに決済をしてもらい、さささ、と、文書を付ける。


 システムで、送信する。


 管理場所にストックする。


 これが、大切である。


 ぼくが、勝手にやったのではない証拠であり、地球警察が要求した、という証拠でもある。


 ところが、思わぬ所から、クレームが付いたのだ。


 


 

 


 

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