『通勤』 7




 『ヴォイニッチ手稿』


    作者不明、未解読




 そのメモには、そう書かれていた。


 ぼくは、まだ、手帳に挟んだまま、持ち歩いていた。


 『ヴォイニッチ手稿(写本)』の文字は、わりに綺麗に自筆されている。


 今時、自筆しているということ自体が珍しいが、なにしろ、内容が、珍しかった。

 

 第3次大戦時に、コンピューターネットワークは、ずたずたになった。


 まあ、人類自らやったわけで、自業自得だけれど、それは、デジタルAI時代の、あっけない自滅だった。


 現在は、違う形の情報網が造られてきているが、まだ、みちなかば、である。


 つまり、宇宙生態コンピューターによる管理である。


 宇宙生態コンピューターは、それ自体が生きたコンピューターである。


 自ら管理し、自ら改修し、自ら進歩し、自ら反省する。


 倫理的に問題がある行動の場合は、とりあえず、止まって、再考を促してくる。


 例えば、戦争や人権破壊が疑われる場合は、協力さえしない。


 もちろん、背後に、監視役があり、その監視役も、監視されているし、監視されない監視役はない。と、言われる。


 そこらあたりは、あえて、かなり難しい。


 だいたい、このシステムを開発したのは、小さな王国の、わずか17歳の王女さまであった。


 大国の意図が、優先されることはない。


 ハッカーなどの行為は、まず、不可能だ。


 それでも、個人の自由と活動を、可能な限り保証しようとする。


 一種の監視社会だが、監視している中心は、その、意思を持った宇宙生態コンピューターであり、人間ではない。


 好きか嫌いかは、別に議論しても、反対しても、まったく、構わない。


 物理的な破壊行為が、違法なのは、第3次大戦の前と同じである。


 しかし、この、生きたコンピューターの本体がどこにあるかといえば、太陽系の惑星全てなのだというのだ。


 さすがに、人類の独裁者が支配することはできない。


 あえて言えば、宇宙生態コンピューターに対する、信頼だけが頼りの社会だが、このコンピューターは、非常に頑丈で、簡単には壊れない。


 もし、本気になって壊そうと思ったら、まず、地球を破壊する必要があるという。


 ただし、機能を止めるためには、太陽の破壊が一番の近道だとされる。


 それは、無意味になる。


 そこで、一切の戦争行為は、二つの宇宙生態コンピューターにより、阻止されてしまうから、現在では、起こしようがない。


 ふたつとは、太陽系のすべての惑星を母体とするアニーさんと、衛星や、大量の小惑星などを母体として持つ、アブラシオさんである。


 アニーさんは男性に、アブラシオさんは、女性に擬態されている。


 しかし、まあ、そういう話しは、よそでやろう。


 この体制が、いちおう成り立つまでは、もちろん、たくさんのごたごたがあった。


 地球政府の構築が、まず、大前提にあったが、それは、かなりの力業だったといえる。


 それまでには、貴重な、文化、芸術遺産が紛失。または、破壊されたのだ。


 『ヴォイニッチ手稿』も、例外ではない。


 

      ・・・・・・・・・・


 


 


 

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