第19話 悪逆皇子、スパイと対峙する

「スパイだな」


 俺は断定した。


「そう……なのですか」


 スパイ疑惑が全く晴れていないテリーヌが言った。


「ああ、間違いない」


 俺は言う。


「はい、でしょうね」


 村長は認めた。


「実は、私も少し疑っておりまして……」

「だろうな」


 俺はうなずいた。


「そもそも、だ。オーグツ神を褒めたたえすぎる」


 それが一番の違和感だった。


「と、申されますと」

「伝えたはずだ。オーグツ神は、つい最近現れた、最も新しい神だ。伝説などどこにも残っていない。

 信仰が失われた古い神、というのは人々に信じさせやすくするための、方便さ。

 オーグツ神が、豊穣の神である事実は変わりないのは、みなわかっているだろう」

「はい」

「……ですね」


 その辺は、村長やテリーヌにも伝えてあった。

 特にテリーヌに調べられたら、すぐにオーグツ神がどこにも伝承が無いとわかるだろうしな。どうせばれるなら自分から明かしたほうが良い。


「だが、奴らはオーグツ神を称える唄を歌った。

 そんなものは無いのに、だ。即興か、あるいは前もって作っていたか。

 何にせよ、俺たちに媚びすぎだ。

 この村、この周囲の村、そしてあの交易都市トロンぐらいしか、オーグツ神の事を知る者はいない」

「別の場所にも、オーグツ神の巫女、使徒様がおられるとか――」

「無いな」


 テリーヌの言葉に、俺は断言した。


 そそももそのオーグツ神そのものがここにいるのだから。


「さて、連中が何の目的でやってきたか――ここからは、腹の探り合い、化かし合いになるな」


 俺はそう言って、ため息をつく。

 さて、どうなるか……



***


 旅芸人の一座は、村に馴染んでいた。

 芸の披露もそうだが、野良仕事や狩も手伝い、よく働いた。


 そう、よく働きすぎていた。


 とにかく村に溶け込もうとしている。

 町から町へと旅をする旅芸人一座にしては、必要以上に。

 そういう手合いは、つまりそういうことだ。

 溶け込み、情報を引き出しやすくするために。


「頑張っているな……連中は」


 神殿の自室で、報告に目を通す。

 そうしていると、扉をノックされた。


「カイル様、お客様が来られています」

「客?」

「はい、アシュレイ様たちです」


 ……来たか。さて、どう来るかな。


「わかった。行こう」


 俺はルゥムを連れ、応接間へと赴いた。



「どうも、アシュレイ殿。村の皆も、皆様に大変助けられていると喜んでいますよ。

 して、今日は何用でしょうか」


 アシュレイは、一礼して、放し始める。


「この村の神殿は、オーグツ神の加護を受けております」

「はい」

「我々の一座は、オーグツ神の使徒であるカイル様に、オーグツ神の素晴らしさを語る物語を是非とも聞いていただきたいと、この村を訪れたのです」

「ほう」


 それはそれは。


「つまり、私の信仰心を試すために?」

「いえ、それは違います、恐れ多い」


 アシュレイは否定する。


「我らは、カイル様と友好的な関係を築きたく思っておるのです」

「ふむ……」


 俺は考える。


「しかし、失礼ですが、あなたたちがオーグツ神の何を知っていると言うのでしょうか。オーグツ神は……」

「オーグツ神は、偉大なる存在です」


 アシュレイは言う。


「そのご威光がこの世界に降り注がれていることを、我々はよく存じております」

「なるほど、それは素晴らしい」

「はい。オーグツ神のご威光は、この世界のあらゆる場所に降り注いでいるのです」

「例えば――それはどこにでしょうか?」

「この村、そしてこの周辺の村々に、オーグツ神の使徒たる御方が住んでいらっしゃるではありませんか」

「……なるほど」


 俺はうなずいた。実にこそばやいな。


「確かに、その通りですね」

「カイル様はオーグツ神の使徒であり、オーグツ神の使徒はオーグツ神の使徒――すなわち、この世界に遍く存在するすべてのオーグツ神の使徒は、この村に住む使徒様と、同じ御心を持っているはず――」


 熱にうかされた用にアシュレイは続ける。

 これはこれは……。

 同じ言葉を無駄に繰り返しているぞ。


「素晴らしい」


 俺は拍手をする。


「ただ神の御名を称えるだけの薄っぺらい美辞麗句。

 神髄に迫らず、ただ人を心地よくさせるだけの言葉だ」


 俺は慇懃な口調を一変させた。

 もういいだろう。


「なっ……」


 アシュレイの顔色が変わる。


「何を。わ、私は……!」


「神を賛美する言葉には、常に真実が宿る。

 偽りの言葉を口にすれば、それは必ず神の怒りを買うことになる」

「そんなことは……」

「あるんだよ」


 俺はきっぱりと答える。


「神は嘘を嫌う。たとえそれが、どんなに些細なものであってもね」

「……」


 アシュレイは黙ってしまった。


 ――だが。


 それもきっと、計算だろう。


 神の使徒を怒らせてしまった愚か者――を装っている。


「もう一度聞こう。君はオーグツ神の何を知っている」

「……っ、我々は……知りません」


 悔しそうにうつむき、歯を食いしばり、敗北を認める――ポーズをとっている。


「違うな。

 調べはついているのだろう。そしてこう思っている。


 そんな神など何処を探しても存在しない。

 存在しない神をでっちあげて、信仰を集めている詐欺師だ……と」


「な、何を……」


「残念ながら、俺の目は節穴じゃない。君の視線の動きや表情から、そういう感情を読み取ることができる。

 だから、会話を合わせていた。

 詐欺師どうしは、お互いの言葉を合わせるからな。


 オーグツ神への内容の伴わぬ賛美。それは「私はあなたに合わせて、あなたの神を賛美するので設定を教えてくれ」というサインだろう。

 だが俺は、それには乗らなかった、がな」

「……」

「お前たちが知りたいのは、探ろうとしているのは、俺の目的だろう。

 なぜ、架空の神をでっちあげ、人々に大量の食糧を与え、村に入り込み、村を大きくしているのか、その目的、そして手腕。

 それを探ろうと、敬虔な信徒、あるいは同業の詐欺師――を装って近づいてきた。


 答えろ。お前たちは何だ?」


 しばしの沈黙。

 そして、アシュレイは大きく息を吐いた。


 その表情は、今までのどの顔とも違っていた。

 これが、アシュレイの本当の顔か。



「――その質問に、正直に答えましょう」



 アシュレイは言う。


「しかし、その前に答えていただきたい、嘘偽りなく」

「質問の内容によるな」

「――オーグツ神、とあなたがいう神は、実在するのかしないのか」


 直球で来たな。

 アシュレイはじっと俺を見ている。


「お前たちは、実在しないという認識なのだろう?」

「あなたの口から聞かせてほしい」


 ……さて、どうするか。


「実在はする。

 少なくとも、今は、ね。

 だが、あなたたちがオーグツ神を存在しない神と認識してしまうのも仕方ないだろう。

 つい先日までは、存在しなかったのだから。

 オーグツ神とは、もっとも新しい神なのだ」


「それは、どういう――」

「そのままのの意味ですよ。

 新しくこの世界に現れた、女神。そうでなければ、あれだけ多くの食料を用意出来るはずがないでしょう。

 俺がどこかの国の密偵か何かでもなければ、ですが。

 そしてあなたたちはそう疑っていた。

 だから、狂信的なオーグツ神の信徒を演じたり、存在しない神を持ち上げて金儲けを企む詐欺師を演じたりして、私から少しでも会話を引き出そうとした。

 その理由は、情報を引き出すためではない。


 俺の言葉が真実かどうかを、確かめるためだ――“虚偽看破の奇跡”で」


「――!!」


 流石に、アシュレイの顔色が変わった。


「――さて。お前の、いや、あなた方の口から聞きたいものです。

 どこの神の、使徒様ですかな」


 そう。

 急激に信徒を増やしていく、名も伝わらぬ神。

 既存の神殿勢力ならば、それを不審に思うのは当然だ。



「――そこまでお見通しか。よろしいでしょう」


 アシュレイは言う。


「私の名は、アシュレイ・オルンシュタール。

 正義と裁きの神、カムアエルス神に仕える……神殿騎士にございます」

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