第四章 悪逆皇子と神殿騎士 編

第18話 悪逆皇子、旅芸人一座と会う

 村から神殿へと戻った後。俺は神殿の中で休んでいた。

 そこで声がかけられる。


「カイル様」


 村長だ。


「何だ?」

「いえ……」


 村長が言い淀む。俺は言う。


「何か気になることでも?」

「はい、実は移住希望が、また集まっておりまして」

「ほう」


 それは喜ばしいことだ。


「噂もずいぶんと広まっているようだからな。

 なにしろここに来れば、飢えて死ぬことはない」


 飢えることはないが、しかし働いて稼ぐ必要がある。

 しかし、働くことが出来るという事は、人間らしく生きることが出来るということだ。

 案配を間違えれば奴隷生活かもしないが、それでも飢えて死ぬよりはましということだろう。


「ならば、受け入れるしかないだろう」


 村長との話の後、俺は神殿の外に出る。


「カイル様!」


 そこにはルゥムがいた。


「おお、来たのか」

「はい!」


 彼女はにっこりと微笑んだ。


「子供達の方はどうだ?」

「はい! みんな喜んでいます!」


 ルゥムは同年代や年下の子供達の相手をしていた。

 骨と皮だけの子供達も、今では子供らしく元気になっている。


「そうか、良かったな」

「はい!」


 元気に返事をする。


「この村、本当にいいところですね。

 故郷の村を思い出します」

「あそこも賑やかだったな」

「最初はみんな餓えて苦しくてつらかったけど、カイル様が来て……頑張って、賑やかになった。

 そみも似てます」

「あそこまで、極端じゃ無いがな」

「あはは」


 ルゥムにも、一応自覚はあったらしい。


「あ、フィーメ様」


 ルゥムがフィーメの姿を見つけた。

 彼女は花を見つめていた。

 その花は、商会から買い付けて植えたものだ。


「フィーメ、調子はどうだ?」

「うん、おかげで……」

「疲れていないか?」

「うん」

「ならよかった」


 俺は言う。


「フィーメ、お前のおかげでこの村は救われた。お前はこの村の恩人だな、みんな感謝している」

「そんな……」

「謙遜する必要はない。お前は立派だ」

「……うん。ありがとう」


 フィーメが言う。


「あの……」

「ん?」

「私は……この村を守りたいと……思う」

「うん」

「そのために……もっと頑張らないと……」

「その意気だ」


 俺はフィーメに言う。


「だが、最初に出逢った時のように、自分を犠牲にしようとはするなよ」


「……うん」

「俺はそんなことをさせるために、お前の力を借りたわけじゃない」

「うん」

「いいか、絶対に約束してくれ」

「……わかった。約束、する」


 フィーメはうなずいた。


 ……潰れられては困るからな。


「……ああ、あと」

「?」

「その花、喰うなよ」

「……」


 フィーメは残念そうな顔をした。

 食うつもりだったか。




***


 その後――オーグツ神の使徒様たちの噂が広がるにつれ、村人たちの信仰心も高まりつつあったようだ。

 そしてその噂を聞いた旅人がやってきて村に泊まることもあった。

 神殿の周囲には畑が作られ、そこで作物が育てられ始めている。

 神殿の周囲に広がる森からは、様々な動物が飛び出してくるようになった。それらの動物を狩る仕事も生まれつつある。

 この辺りの森は豊かな森ではないので、まだまだ少ないが――それでも、少しずつ変化が生まれてきているのがわかる。


 そして――神殿の周りに作られた住居の数がどんどん増えていった。

 村そのものも、大きくなっていった。




***


 その日――俺のところに村長が訪れた。いつものように彼は俺を出迎える。


「カイル様」

「何だ?」

「先程、この村に、旅芸人の一団が訪れました」

「ほう」

「彼らはこの村に逗留したいと申し出ております。いかがしましょうか」

「そうだな……」


 俺は考える。

 旅芸人か。村人達には娯楽も必要だしな。

 話を聞いても損はないだろう。


「わかった。俺が話をしよう。神殿の応接室に通してくれ」

「わかりました」



 そうして俺が彼らを出迎える。

 テリーヌとルゥムも一緒だ。


「やあ、初めまして。

 私がこの神殿の責任者、カイル・アルアーシュです」


 俺は手を挙げて彼らに挨拶をした。


「これは神殿長様。ご機嫌麗しゅう」


 リーダーらしき男が頭を下げる。

 金髪を後ろで纏めた、美青年だった。


「神殿長、という肩書はこそばゆいですね。

 そのような立派なものではありませんよ。

 それで、今日はどんな用件でしょうか」


 俺が聞くと、男は答えた。


「はい。私たちは旅芸人一座です。

 芸を披露しながら各地を回る商売をしております」

「なるほど」


 俺は相づちを打つ。


「カイル様は古き神、オーグツ神の使徒様とお聞きしました。

 この村にしばし滞在する許可を頂きたく、こうして参りました」

「ふむ」

「お願いします」


 そうして深々と礼をする。他の者たちもそれに倣った。


「……ふむ、まあよろしいでしょう。断る理由はありませんからね。

 歓迎いたしますよ」


 俺の言葉を聞いて、一座の面々が喜びの声を上げる。


「ありがとうございます。

 私は、アシュレイ。若輩ながら座長をさせていただいております」

「俺はコランと言います」

「俺はダンといいます」

「私はイライザ」

「私はアメリア」

「僕はリドルです」


 六人がそれぞれ名乗りをあげた。


「私は、ノーデンス商会の商人、テリーヌです」

「私はルゥム、カイル様に助けられた村の民で、カイル様の妻です」

「違う」


 二人が名乗り、旅芸人たちに頭を下げた。


「それで、あなたたちはどうしてこの村に?」


 俺がそう質問すると、彼らは答える。


「我々は、この村が気に入ったのです」

「そうか」

「オーグツ神の御威光に守られた村、そして――オーグツ神のお膝元で、芸を披露することができる場所が、ここ以外にはないと思いまして」

「確かにそうですね」


 俺はうなずく。ああ、それはそうだろうさ。


「それに……」

「それに?」

「この村には、我々が求めるものが揃っていますから」

「そうなのですか?」

「ええ。例えば――」


 アシュレイ座長は言う。


「食事て……ですね。

 この村では、毎日美味しい食事を食べられるというではありませんか」

「そうですね」


 俺は言う。


「オーグツ神の御威光に守られていますから。

 この村に滞在するならば、オーグツ神への感謝を忘れないようにお願いいたします」

「ええ、忘れません」


 座長は言う。


「それに――」

「それに?」

「オーグツ神に愛された御方がいる」

「まあ、そうですね」


 俺は苦笑する。


「この村で、オーグツ神に祝福された御方に会えるかもしれないという期待もありまして」

「なるほど。

 ところで――あなたたちの芸とは?」

「はい、それは――」


 と、彼らは語り始めた。

 自分たちが何が出来るか、どこでどのように何をして芸を披露し生きてきたかを、淀゜見なく完璧に。

 そして、一部に伝わる、オーグツ神を讃える歌と踊りを披露した。

 俺はそれを聞いて納得し、感謝した。


 そして彼らは、村に用意された旅人用の空き家へと移動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る