第17話 悪逆皇子、村人たちを立たせる

 村人たちが立ち上がらないなら、見切りをつけるか。

 そう思っていたら――


「……気持ちは、わかる」


 フィーメが口を開いた。


「あなた達は、見捨てられた。その気持ちは、わかる。

 私も……同じだから」


 フィーメは、おなじ神々に捨てられた。

 まあ、俺も同じようなものだがな。


「いらない、と。役に立たない、と。

 そうやって捨てられ、生きるのはとてもつらいと思う。

 

 でも……」


「でも?」

「私は……まだ、生きたい。生きて、もう一度、歩き出したい。

 だから――」


 フィーメは言う。


「私も、あなた達と一緒に働く。

 あなた達の力になりたい。


 だって、あなた達が頑張って作ったものを……食べたい、から」



 そう言って、微笑んだ。

 俺は思わず笑ってしまう。

 全く、本当に面白い女神だ。自分を何だと思っている。

 お前は、食べ物を出す女神だろう?


 それが、「食べたい」――か。


「……そうだ」


 村人が言う。


「作りたい。そうだよ、こうなる前は俺たちも作ってたんだ……」

「ああ、麦を、作っていた。鶏を、豚を、育ててた」

「戦争と飢饉で、打ち捨てられて――何もなくなって、でも」

「やり直せるんだ」

「また作りたい、また育てたい、そして――みんなで小さくても、祭りをしたい」


 それは――


 人として、生きたいと。


 食べたいだけじゃない。食べてもらいたい、食べさせてあげたい、みんなで一緒に――

 火を囲んで、鍋を囲んで、歌って踊って笑いながら。

 そう、生きたいと。



「――ふぅっ」


 村長が息を吐いた。そして――


「わかりました! やりましょう!」


 叫んだ。

 村長の言葉に呼応するように、村人たちも声をあげる。


「そうだ! 俺たちは、人間だ!」

「ああ! 神様は助けてくれた! だけど、それに甘んじてちゃいけないんだ!」

「働かなきゃ! 自分たちのために」

「やろう。やれるはずだ」

「ああ! 俺たちはやれる!」


 村人たちの瞳には、光が宿っていた。

 そうだ。それでいい。

 その言葉に呼応するように。


「ピィー……」


 村の外から、声が聞こえた。

 鳴き声だ。


「あれは……」

 

 村人の一人が言う。


「鳥の声……まさか、ここら一体の動物は、あの熊に……」


「だが、戻ってきたようだな」


 俺は言う。


「まだ他にもいるかもしれんな、動物が。当たり前だ、全てを食っててた神獣はもういないのだからな。

 さあ、忙しくなるな?」


 村人たちの歓声が上がる。


 ――なんのことはない。

 これも俺たちの仕込みだ。

 動物がいなくなったなら、放せばいいのだ。


 ルゥムの村でやったことと同じだ。


 たから、森に様々な鳥を放った。

 ウサギやリスなども吐き出し、放った。

 仔猪も出せた。小鹿も出せた。

 猪や豚はすぐに大きくなる。うまくいけば森は蘇るだろう。


「神はお喜びになるだろう。

 あなたたちが、卑しい家畜ではなく、誇り高い人であらんと選んだ、その意思、その選択を。

 それこそが――尊いのだ」


「カイル様」


 村長が言う。


「お恥ずかしい。私は――神殿を立て、あなた方をここに迎えることで、その恩恵をずっと……と思っていました」


 そんなところだろう。

 テリーヌもそっと目をそらす。まあ、みな考えることは同じだ。

 だが。


「しかし、あなたたちは自ら選び取った。人としての尊厳を」


 俺はまっすぐに言う。


「それに、下心だけで作られた神殿なら、神はとうに見捨てられたでしょう。しかしそうはならなかった。

 それが全てずよ。村長」

「ああ……」


 村長は涙している。自分を恥じている。

 俺はその涙を完全に信用はしない。一時の感動など、時がたてば薄れるものだ。

 だが――きっと、その程度で女神は人間を見捨てない。


「これから忙しくなりますよ、村長」


 俺は笑った。


「よかった……」


 フィーメが言う。

 俺はフィーメの所に行き、そっと言った。


「流石だな」

「え?」

「俺の上から目線の言葉だけではきっと駄目だったかもしれない。

 みんなを動かしたのは、お前だよフィーメ。

 流石は豊穣の女神――の巫女だ。

 なるほど、俺も忘れていたよ」


 人として生きると言う事は。

 決して、尊厳だの、誇りだのということだけではない。


 食べると言う事は。


 決して、ただ飢えを満たすと言う事だけではない。



 ――喜びなのだと。


 この女神は、たった一言、「食べたい」という言葉だけで――


 村人たちに、そして俺に、それを思い出させた。


「生きると言う、食べると言う喜び。

 それを――取り戻していこう」


「うん」


 女神は、笑った。




***


 翌日。


「なんということだ……」


 村長たちが目を見開いている。


 そこにいのは……鶏だ。

 全部で二十五羽。これが。フィーメが現在出せる限界だった。

 生きている「食材」の、このサイズだと二十五羽。

 鶏を口から出す姿は、本人が自嘲する「おぞましい姿」というよりは――

 なんというか、手品を見ているようでちょっと面白かった。


「これを育てましょう。鶏は卵を産む。卵は食料にもなるし、孵せばひよこになり、やがて鶏になる」

「か、神よ……」

「人としての尊厳を取り戻した、あなたたちへの神からの恵みです。

 しかし、これから少しずつ、あなたたちだけで自給自足していけるようにならなければいけませんが」


 難しいとは、思う。だが、それでいい。

 失敗しても挑戦し続ける限り、バックアップしてやればいいだけのことだ。

 肥料や農具はノーデンス商会から仕入れられる。


「頑張ります。女神様の慈愛に、報いるために」



 そして俺たちは再び、村々を回り食料を配り歩く。

 だが、やがて異変が起きてきた。


 オーグツ神の使徒様たちが、とある村に住居を構えた。

 そこの村に神殿が建った。

 その村では、神の加護の元、農地開拓がはじまっている。

 そこに行けば食べ物もある。

 そこにいけば、働くことができる。

 そこにいけば、そこにいけば、そこにいけば――――



 そういう噂が立ち始めた。


 無論、俺の仕込みだ。食料配布の時に、会話の中に その話を乗せた。

 テリーヌにも、商会にそういう話を流してもらっている。

 この一帯の土地は痩せていて、人々は飢えている。

 俺たちの食料配布で助かっている、楽しみにしている。だが、毎日すべての村に俺が足しげく通っているわけではない。土台無理である。


 ならばどうする。


 簡単だ。俺の居場所が特定できたなら。そこに行く、ということだ。

 かくして、村には移住者が現れ始める。


 無論、あの村もようやく立ち直り始めたばかりだ。人を迎え入れる余裕はない。

 ――そのはずである。

 だが。


「飢えて苦しんでいるものには、オーグツ神のご加護を」


 そう、頼る者、縋る者が増えるほど、フィーメの力は増す。

 パンや麦粥、肉、果物――彼らの分ぐらい、しっかりと用意出来るのだ。

 新しくやってきた人たちを迎え入れるための住居作りは、村人たちが行う。そう、労働だ。

 その労働の対価は、女神からの食料だ。

 働けば、働くだけ食える。

 それに、俺が用意した、町から買ってきた様々な商品、道具も与えられる。賃金だって渡せる。


 新たな村人を受け入れるための、村づくりが始まる。それはもう始まっているのだ。

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