第16話 悪逆皇子、村に迎えられる


 翌日。


「おはようございます!」


 元気よく挨拶してくるテリーヌ。


「ああ、おはよう」


 俺は適当に返事をする。

 全く。頭が痛い。


「今日もいい天気ですね」

「そうだな」

「では、行きましょう」

「ああ」


 そう言いつつ、俺は馬車に乗り込む。フィーネとルゥムは荷台に座った。


「よろしくお願いします」

「……うん」

「はいです」

「では出発!」


 ノーデンス商会からの遣いの者が声をあげる。


 そうして、俺たちは出発した。

 それから二時間ほどすると、街道脇の森に差し掛かった。


「ここで休憩をとります」


 そう言って、俺は手綱を引いて馬を止めた。


「あ、カイル様」

「どうしました?」

「お食事の準備をしておきました」

「ありがとう」


 俺は礼を言いながら、テリーヌが差し出した弁当箱を受け取った。


「では、失礼して……」


 中身はサンドイッチだ。肉や野菜をパンで挟んだものだ。


「うん、うまいな」

「ありがとうございます」


 テリーヌが微笑む。


「……カイル様、テリーヌさんばっかり褒めるのずるいのです」

「……私も、作ったのに」


 フィーメとルゥムが言う。


「わかっているよ。二人とも、ありがとな」


 そう言って頭を撫でてやる。


「えへへ……」

「んふ……」


 二人は嬉しそうに笑う。


「では、私も」


 そう言ってテリーヌも、自分の分のサンドイッチを取り出した。

 そしてそれを頬張る。美味しそうに食べるその姿を見ながら、俺はふと思ったことを尋ねた。


「ところで、テリーヌ殿」

「なんでしょう。というか、殿って他人行儀ですよ」

「では、テリーヌ。

 あなたは、なぜ我々に同行しようと思ったのです?」

「……?」

「いや、だってあなたは商人でしょう

 商人にとって一番大事な事は、利益を生み出す事です。我々に同行するより、一人で商売した方が、ずっと稼げると思うんですよね」

「あ、いえ、その」


 テリーヌが顔を赤くする。


「……カイル様のそばにいたかったので」

「私の?」

「はい」


 テリーヌは続ける。


「カイル様のお役に立てるように……頑張りたかったので」

「……」


 その、もじもじと顔を赤らめる姿を見て、俺は察した。


 俺は、そこまで鈍感な男ではない。



 なるほど。


 ハニートラップ要員か。

 今すぐこの旅で俺たちの秘密を探り当てるのではなく、じっくりと俺を落とし、取り込むつもりだな。

 さすがは商人だ。抜け目がないというか……狡猾というか。

 俺はサンドイッチをもう一口食べて、ため息をつく。

 まあ、仕方ない。

 それならばこちらも利用させてもらうだけだ。

 この女の魔術の力、知識は役に立つ。そしてノーダンス商会の名前もにな。

 行動指針の予測が立つなら対処はしやすいというものだ。


 精々俺に色仕掛けするがいい。


 だが、かつてクソ婚約者に裏切られたこの俺の女性不信をなめるなよ。

 ……といっても別に、最初から好意を抱くどころか不快感しかなかった女に裏切られた程度なので、全然気にしてはいないのだが。

 いずれにしても女というものは信用ならないからな。

 フィーメは別だし、ルゥムも最初から俺を利用する気満々なのを隠しもしていないので好感は持てるがな。

 ああ、そういう意味ではこの女もいい。商会のためにハニートラップで俺を嵌めて食い物にする気満々だしな。

 そしてそれが目的なら、易々と切り捨てられるということもないだろう。



 テリーヌの方をちらりと見ると、彼女はにっこり笑ってこちらを見た。……笑顔が眩しい。

 その表情からは、純粋な好意しか感じられない。俺にはそう見えた。

 その完璧な演技に、感服する。

 面白くなってきそうだ。


 そんな事を考えつつ、俺はサンドイッチを口に放り込んだ。




 その日の夕方には、次の村に到着した。

 なんどか来たことのある村だ。


「カイル様、フィーメ様、ルゥム様。どうぞこちらへ」


 村長が俺たちを村の奥へと案内する。

 そこには……


「これは……」


「はい、神殿……でございます。なにぶん、みすぼらしくはありますが……」

「……」


 確かに、御世辞にも立派とは言えない。

 石を積みあげた祠や礼拝堂、ボロ木材で組み上げた小屋。倉庫。


 だが……


 これでいい。いや、これがよい。

 信仰心など欠片も持ち合わせていない俺でもわかる。これは、村人たちが感謝を込めて作り上げたものだ。


「ああ……」


 フィーメが、目に涙を浮かべている。


 それもそうだろう。

 醜いと、おぞましいと棄てられた女神が、自分の神殿を手に入れたのだ。

 無論、彼女にとって、その追放された原因そのものを人々に受け入れられたわけではなく、そのうしろめたさもあるのかもしれないが……


 それでも、フィーメは確実に受け入れられていっている。

 これに感激するなという方が無理だろうさ。


「……うれしい」

「よかったな」

「……うん!」

「よかったですね、フィーメ様ぁ!」

「おめでとうございます、フィーメ様、カイル様


 俺は村長に向き直る。


「素晴らしい……これを、我々に?」

「はい。カイル様たちは、決まった住居を持たず、馬車で旅をしておられる様子でしたので。

 御迷惑でなければ、ここを……」

「住居として提供し、我々を迎え入れてくださるというのですか」

「はい。あなた方は、我々を救っていただきました」


 村長は笑顔で言う。


 ――まあ、その感謝だけではないのだろうが、少なくとも村長としては。

 ラオたちと同じく、俺たちを取り込みたいのだろう。

 しかし、まさに渡りに船だ。

 交易都市は拠点にするには色々と問題がある。

 その点、ここならば……


「わかりました。我々も、宿無しの根無し草。落ち着ける場所が出来る事はとてもありがたいことです。

 ……よろしく、お願いいたします」


 俺は頭を下げる。

 これでいい。プラン通りだ。


「……カイル様」

「なんだ」

「私たちの住む場所が出来て良かったですね」

「ああ」

「私、嬉しいです」

「そうか」

「はい!」


 ルゥムも微笑んだ。


 俺たちは村に滞在し、そこで暮らすことになった。もちろん、腰を落ち着けたからといって、今までの食糧配給の旅をやめるわけではないが?



「……本当に、嬉しい」


 フィーメも言う。彼女の喜びはひとしおだろう。

 だが、まだだ。まだスタート地点に立ったに過ぎない。


「俺は元々、もっといい暮らしをしていた。

 こんな貧しい村のオンボロ小屋で満足できると思うか?」

「んー、私はごカイル様といられたらそれで幸せですけど」

「……私も」

「あくまで俺の問題だ。俺は我慢できん」

「……」


 ルゥムとフィーメが心配そうに俺を見る。


 俺は。


「俺に相応しい村に、作り変えてやる」


 そう言った。




***


 フィーメはこれから、この村で食料を吐き出す事になる。

 出した食料は、倉庫に溜める。

 だが……それだけでは、だめだ。

 そこで……


「これは……」


 村長が言う。


「種もみです」


 フィーメが出す穀物は、今までは脱穀したものだった。

 だが、試してみたところ、種もみも出すことは出来た。少しずつ、能力の幅は広がっているようだ。



「あなたたちは、だいぶ元気になった」

「はい、それけはもう……カイル様、フィーメ様、ルゥムさんのおかげです」

「そして」


 俺は言う。


「もう、働けるでしょう」

「それは……」

「重ねて言います。あなたたちは、もう働ける程度の体力はついた。

 だが、働けない。それは何故か。簡単です。働くためのものがないからだ。

 神獣が暴れ、一帯から獣たちはいなくなり。

 大地は枯れ、作物もとれず、ただ飢えて死ぬのを待つばかりだった。

 身体が回復した今も、それはかわらない。

 無い袖は、触れないのです。だから――」


 俺はフィーメを指す。


「巫女が。神が、与えてくださった。あなたたちが――人として生きるためのすべを」


 それが、ここに用意された種もみだ。


「しかし、土が痩せております」

「問題はない」


 テリーヌが前に出る。


「私はノーデンス商会のものです。

 カイル様は我々の商会から、肥料を買い付けられましたた。それも十分な量を」


 そのぐらいの金はるからな。


「そして、神から聖水も与えられた」

「聖水……」

「栄養のある、清められた水だ。これで畑を作ることができる」


 村人たちはざわめいている。

 無理もない。神の恵みを、ご慈悲を与えられる、与えられ続けると思ったら、働けと言われたのだ。

 だが――


「お前たちは、家畜か?」


 俺は言う。


「な、何を――」


「では、奴隷か? いいや違うな、奴隷は働くものだ。

 ただ神から恵まれる食べ物を口を開けて待っているだけでは、お前たちは家畜と変わらないのだ。

 今までのお前たちは、渇き、飢え、死ぬのを待つだけの存在だった。お前たちは何も悪いことをしていないのに、だ。

 だから、オーグツ神は、それを嘆き、慈悲を、権能を示した。巫女を遣わし、お前たちに水と食料を与えた。

 だが、それは、これまでの話だ。

 お前たちが人間であるならば――立たねばならない」


 俺は手を広げて言う。


「自らの脚で立ち、田畑を耕し、獣を育て、あるいは狩り、日々の糧を得ねばならない。


 それが人間だ。それが人間だからだ」


 俺は言った。この言葉は、村人たちにとっては残酷な言葉であるかもしれない。


 しかし、言わねばならないのだ。


 ここで、はっきりさせなければ、この村の人々は永遠に、神の家畜でしかなくなる。

 俺が欲しいのは、そんなものではないのだ。


 村人は黙っている。

 ――駄目か?

 ここで駄目ならば、見切りをつけねばならんな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る