第15話 悪逆皇子、専属契約する



「さて……」


 今日は、昼には次の村に到着する予定だ。

 馬車を走らせ、到着すると、いつも通りに食料を配る。

 ここでも友好的に迎えられた。というより、どうやら俺たちの話は少しずつ近隣の村で噂になっているようだ。

 良いことだ。


 その後も順調に村々を回り、支援を続けた。


 そして、二週間ほどして、俺たちは交易都市をまた訪れた。

 宿をとると、ノーデンス商会の遣いの者がやってきた。


 招待に応じて商会を訪れると、ラオが俺を出迎えた。


「どうも、会長直々に恐れ入ります」

「いえいえ。お久しぶりですなぁ。

 お噂は、聞いておりますぞ」

「……さて、なんのことやら」

「相変わらずですねぇ」


 そんな会話を交わした後、


「立ち話もなんですから……」


 ということで応接室に招かれた。


「……それで?」

「ええ、実はですね――」


 タダで大量の食糧を困窮した村々ら配り歩いている「慈善活動」を止めて欲しい、とでもいうのだろうか。

 だが――


「――我々と商売をして頂きたいと思いまして」


 ラオ・ノーデンスはそう言ってきた。


「……商売、ですか」

「ええ。あなた方の配っている食料を少々、手に入れる事が出来たのですが……

 実によい品質だ。正直、恐ろしくすらあるほどに」

「恐ろしい、ですか」

「どうやって手に入れたのか。今の状況では手に入るはずもない、新鮮な肉や魚、野菜、果物。

 それらを大量に配り歩いている――」

「それが、不都合だと?」

「いえ。この時代、この国、いえこの世界。民は飢えています。

 そして、外の村では、人々は働き稼ぐ力もない。まさに弱り、死にかけている。

 そのような者たちに食べ物を授けて回ると、どうなるでしょう」


「そうですね。村人たちが助かります」


 あえて安直な回答を述べた。


「はい。そして、彼らが助かり、半死人から蘇るとどうなるか。

 尊厳もなく飢えただけの者でなくなれば、彼らはまた働けるようになります。

 そして、そうやって得たお金で食料や生活必需品を買うことが出来れば、市場が動く。経済が流れる。

 つまり、あなたが村人に無償で食料を配り歩く行為は……我らにとっても利益につながります」


 なるほど。

 やはりこの商人は長期的な視野を持っているようだ。


「私達の奉仕活動を歓迎していただいていることに、深く感謝を。

 しかしご理解いただけているならば、商売というのは……」


「あなたの用意する食料はどれも素晴らしいものです」


 それはまあ、女神様直産だからな。


「カイル様、あなたは、我々にとって、金の卵を産む鶏なのです」

「ほう」


 実際に金の卵を産んでいるのは、フィーメだがな。


「このままでは、その鶏の腹を掻っ捌いて金塊を取り出そうとする輩が現れないとも限らない。そうでなくとも、いずれやせ衰え、金の卵を産めなくなるかもしれません。

 そうなる前に……我々を、仲介役、窓口として取り引きさせていただきたいのです。

 そうすれば、これらの品々を適正な価格で買い取ることができます。

 そして我々は、商会の力でその素晴らしい品々を、流通させられます。商会の名前で」

「なるほど。ブランド……ですか」

「はい。であれば、当商会の名を使い、カイル様も商売ができます」

「商売ですか。しかし、あなた方にしか売るな、という話では?」

「いえいえ。

 我々がカイル様と取り決めした適正価格、あるいはそれより多少増減しての価格であれば、全く構いません。

 もちろん今まで通り、貧しい村々に施しを行っていただく事も全く問題はありません」

「しかし私は、ただの旅人。商人ではありません。町で商売は出来ませんよ」

「そこは、我々が許可証を発行いたします」

「……ふむ」


 しばし考える。

 さて、どうするか。


「いやぁ、困りました。私にとって都合がよすぎる話で、裏があると勘ぐってしまいます」

「お戯れを。我々にとっても、得にしかならない条件です。我々にとって最も恐れる事は、他の商人に先手を打たれ、確保されてしまう事ですからね」

「……なるほど」

 

「いかがでしょうか?」


 まあ、断る理由はない。

 元々、想定していたことだしな。


「わかりました。お受けしましょう」

「おお! ありがとうございます!」

「いえいえ」


 俺は笑顔を浮かべながら、内心でほくそ笑んでいた。


「さて、それでは……カイル様の旅に、テリーヌを是非同行させてください」


「……は?」


「彼女は立派な魔術師でありますしね」


 ……待て。それはまずい。


「ああ……そのことですか」


 俺は冷静を装って言う。


「残念ですが……」

「彼女もまた優秀な人材ですぞ?」

「そうですね……」


 俺は少し考えて答える。


「確かにテリーヌ殿は優秀でしょう。

 しかし、私の旅は、商売ではありません。単なる慈善事業、布教活動です。

 そこに商会の方を同行させたところで、彼女にも商会にも得るものは何もないのではないでしょうか」

「いえいえ。カイル様の行動を間近で観察できるというだけでも価値がありますよ」


 それが問題なのだ。

 俺というか、フィーメが食料を出す一連のそれを他人に見せるわけにはいかない。

 この男はテリーヌを使って、なんとかそれを暴こうとしているのだろう。

 だが獅子身中の虫を飼えるものか。


「ああ」


 ラオが得心したようにいう。


「テリーヌをスパイにしようとしている、と疑っておられるなら……

 法と正義の神カムアエルスの神殿に赴き、誓約のスクロールに署名させてましょうか」


 誓約のスクロールとは、魔法の道具だ。

 そこに記された誓約文に違反した行動をとった場合、激痛が走り、場合によっては死ぬ事すらあるという、呪いのアイテムといってもいい。


「一切のスパイ行為を行わない、と……それでは、何のために彼女を私につけるのですか」


 こいつの意図が読めない。


「テリーヌは……我が商会の期待の星ですから。

 彼女が貴方について行く事で、何か得られるものがあるかもしれない、と考えた次第でして……」


 ……嘘だな。


 こいつは俺の事を探ろうと考えているのだ。

 たが、誓約のスクロールを使えばその目論見は達成できない。それを自分から提示するなど……


 まさか本当にただの善意だというのか?

 商会のためを思い、人材育成?


 それこそあり得ないだろう。

 この男は名うての商人だ。それが動くときは必ず損得勘定が働く。

 というか、そもそもこの時点で俺たちの裏を探ろうとするというのが……愚策でしかない。

 本人も言っていたではないか。金の卵を産む鶏の腹を掻っ捌くのは愚かな事だと。


「……カイル」


 俺を見て、フィーメが言った。


「……考えすぎ」

「そうですよーカイル様」


 ルゥムも言う。

 こいつらが何も考えてないだけに思えるのだが……

 だがしかし、フィーメは神だし、ルゥムは嗅覚や野生の勘が働く獣人だ。

 二人の言う通り、俺の考えすぎなのか?


「カイル様。私はただ……」


 後ろに控えていたテリーヌが言う。


「見識を広めたいだけなのです。私は魔術の腕こそ、それなりに立つとは自負しておりますが、経験が足りません。

 ですから、同行して、学びたい、それだけなんです」

「嘘は言ってないと思いますよ、カイル様」


 そうか。嘘は言っていないか。


 ……なおの事厄介だな。

 彼らに裏が無くとも、とても邪魔な事実には変わりはない。

 補給手段をもっと考える必要があるということか……くそ、頭が痛い。


「……わかりました」


 俺は降参する。


「テリーヌ殿の動向を認めましょう。ですが、正直、快適な冒険の旅とはいきませんよ。

 なにしろ、毎日野宿ですから」

「はい、大丈夫です。商隊で慣れてますから」


「そうですね。旅は道連れ世は情け。共に苦難を乗り越えていきましょう」


「はい」


 こうして、テリーヌも俺たちの仲間になった。


 なって、しまった。


 面倒な。

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