第14話 悪逆皇子、配り歩く


 翌日になった。


 朝食を食べ終えると、すぐに出発する。

 馬車は幌馬車だ。荷台には大量の荷物を積んである。

 といっても、その荷物は……毛布などの寝具など以外は、箱や袋ばかりだが。

 御者は俺がやる。帝国流乗馬術は御者にも応用できるのだ。


「まずは近くの村まで行こう、地図によるとここだな」

「はい」

「わかった」


 まずは、街道を進む。

 馬車は軽快に進んでいく。馬も元気だ。

 馬車を引く馬の頭の上には、鳥が止まっていた。


「この子たち、かわいい」


 フィーネが指をさす。


「ああ、かわいらしいな」


 ここら辺には、鳥もいるようだ。

 俺たちが出会った周辺では本当に何もいなかったからな。


「……食べられる、鳥」

「食うのかよ」


 流石は食と豊穣の女神。

 食べ物の範囲は広いようだ。


「食べられますよ? 小さいですけど、丸焼きにして骨までこう、バリバリって」

「丸ごとかよ」


 流石は狼の獣人。

 ワイルドな娘たちだ。




「さて……」


 交易都市を発って数時間。

 まだ村には到着していないが、頃合いだろう。


「実験を始めるか」

「実験?」

「ああ。まずは、フィーメ、出せ」

「……ん」


 俺の言葉に従い、フィーメは荷台にある箱や袋に、食べ物を吐き出す。

 ルゥムには、もう改めて説明してある。

 これが、フィーメの力だと。

 今回出したのは、麦とパン、野菜、塩、牛乳、干し肉、魚だ。


「すごいですー……」

「ああ、いつ見てもな。俺は平気だが、ルゥムは……」


 気持ち悪いとは思わないのか、とは口には出さなかった。

 それを察したルゥムが言う。


「素晴らしいと思います!」


 その顔は本心からに見えた。なるほど。彼女個人の感覚か、それとも獣人だからか――どちらにしろ問題はないな。


「次に、これだ」


 街で購入した、魔石を取り出す。

 シシガミのものに比べたらものすごく小さいが、中にはしっかり魔力がこもっている。


 魔獣から取れる魔石は、魔術師や魔法の道具のエネルギー源となる。

 これと魔法の道具があれば、魔術が使えない人間でも魔術を行使することができるということだ。

 そしてそれは、神官たちも使っている。

 魔力そのものに善悪聖邪の違いは無い、とのことで、魔獣の肉体から取り出した魔石も有効活用するということだ。

 場所によっては魔石鉱山があり、そこから魔石が発掘もされるが、魔獣から取れる魔石の方が純度は高いらしい。


 そう、神官も魔石の魔力を使えるというのなら……


「……私、も?」

「ああフィーメ。その可能性はあるから実験したい。

 お前が魔石の魔力を使って、食べ物を出せるか、な」


 それが可能なら、フィーメが食料を吐き出す助けになるだろう。


「……ん。やってみる」


 フィーメは魔石を受け取ると、意識を集中する。

 魔石が光りだす。


 そして……






「うぇろろろろろろろろろろろろ」


 食べ物でない何かを吐き出した。

 いや食べ物になる前の何かというか、食べ物の成れの果てというか、そんなものだ。


「ああっフィーメ様!?」

「……初めての感覚、ものすごい不快感。のどがぴりぴりする」


 ……フィーメには使えそうにないな。

 となると、シシガミの魔石の活用方法も別の物を考えるしかないか。

 あるいは売るか、だな。


「無理をさせてすまなかったな」

「……大丈夫」


 フィーメが気丈に言う。

 ともあれ……


「とりあえず、当初の予定通り、これを村に配る」

「おいくらで、ですか?」


 ルゥムの言葉に俺は答えた。


「当然、無料だ。神の施しだからな」




***


 その村は、やせこけた村だった。

 この国は、帝国との戦争が起きていて、今も小競り合いが定期的に起きているので、貧富の差は激しい。

 外の村に行くほど、やせこけている。


 ――だからこそ、俺たちにアドバンテージがあるのだ。




「初めまして」


 俺は大きな声で挨拶をする。


「……誰だね、あんたたちは?」


 村人が現れる。出迎える、という感じではないな。

 そして案の定。やつれている。


「我々は、神の啓示を受け旅をしているものです・

 我らが神の神託により、あなた方に差し入れを持ってきました」


 俺は笑顔で言う。


「差し入れ?」

「ええ。食べてください」


 そう言って、持ってきたものを村の広場に広げていく。


「これは……?」

「麦です。あなたたちには麦粥が、弱った胃腸にも優しいでしょう。パンもあります」

「……おお」

「それから、こちらの野菜は、そのままでもおいしく召し上がれます」

「……うむ」

「それとこちらは、塩と、肉と、魚と、果物です」

「……なんと」

「ぜひ、味見してみてください」

「……」


 俺の勢いに飲まれたのか、村人たちが恐る恐る手を伸ばす。

 そして……


「うまい……」

「なんだこれ、こんなの初めてだ」

「甘いぞ……」

「ああ……」


 口々に感想を言い合う。


「もっとあるんで、どんどん持ってきましょう」

「よ、よろしいのでかか……?」

「ええ、もちろんです」


 そうして俺は、どんどん箱や袋の中から食材を取り出していった。

 その度に、歓声が上がる。


 そして……


「おお、神に感謝を……」

「すごい……」

「ああ……」

「うむ……」

「素晴らしい……」


 皆が、涙を流しながら、感謝してくれた。


「お役に立てて、よかったです」


 俺はそう言って、微笑む。


「しかし、どうやってこれだけの物資を……」


「それは」


 俺は大仰に手を広げて言う。


「――神の力です。彼女が仕える、信仰の失われた古き神、オーグツ神。

 その女神が、この飢えた時代、餓えた世界に救済を、と我らに神託をもたらし、そしてこれらの食料を授けてくださったのです。

 私もまた、餓えて死にかけた所を彼女に命を救われ、こうして各地に施しをして回る任務に同行することになりました。

 我々はこここ以外にも、ここら一帯の村を回る予定です」

「一帯を……ですか。それはまた……」

「それが神のご意志ですから。

 いずれまた、この村にも参ります。それまで待っていて、しっかりと、強く生きてください」


「はい」

「はい、信じています」


 俺の言葉に、皆がそう言った。


「では、私たちはこれで。

 神の恵みがあらんことを」


 そう言い残し、馬車に乗り込む。

 村人たちは、俺たちの馬車をいつまでも見送った。



「……うまくいきましたね」

「ああ」


 村を出て少したち、ルゥムが話しかけてくる。


「あの人たちは、きっと神様を信じてくれますよ。そしてカイル様も大好きになってくれますね!」

「そうだな」


 俺を好きになられようが、別にどうでもいいが。


「…………」


 フィーメは、黙り込んでいた。


「どうした、フィーメ」

「……私、役に立ってる」

「ああ、とてもな。みんな喜んでいた」

「そう」


 彼女はそう言うと、少しだけ笑みを浮かべた。

 そして……


「……嬉しい」


 そう、つぶやいた。


「ふん」


 俺も思わず笑いが漏れる。


「じゃあ、次行くか」

「はい!」




 俺たちは、次の村へと向かった。


 その後も、順調に村々を回り、支援を続けた。


 最初こそ警戒されたが、俺の「オーグツ神にお伺いし、あなた方の暮らしぶりを聞きました。どうかこれを受け取ってください」というセリフで、人々はあっさりと信じた。

 本当にチョロい、とは言わない。

 それほどに追いつめられているのだ。

 餓える者は藁でも喰らうのだから。




「やっぱり、カイル様は凄いですね」


 休憩中、ルゥムが言ってくる。


「何がだ?」

「だって、あんなに沢山の人たちを救えるなんて」

「俺じゃないぞ」


 俺は肩をすくめる。

 実際、俺はたいしたことはしていない。

 全てはフィーメの力。それを上手く活用しているだけにすぎない。だが、それでも……


「……ふふっ」


 フィーメが笑う。


「ん? なにがおかしいんだ?」

「……なんでもない」

「変な奴だな」


 俺がそう言うと、フィーメはもう一度笑ってから、話を変えた。


「……それで、次はどこへ?」

「ああ、この先に、小さな農村があるらしい。そこに行こうと思う」

「わかりました。じゃあ、出発の準備をしましょう」

「ああ」


 そして、夜が来た。

 馬車を泊め、野宿の準備をする。


「よし、寝るか」

「はい」


 俺はいつものように寝床につく。ルゥムも同じ寝床にもぐりこんでくる。

 いやもう慣れたが。


 フィーネはまだ寝ていないようだ。

 目をつむっているが……。寝てるのか?……ともかく寝よう。明日も早いからな。


「……ん」


 フィーネが起きたようだ。


「トイレか?」


 俺は眠気眼で聞く。

 まあ、フィーメがトイレにいくかどうか疑問だがな。出すものは全て食べ物だし。


「違う」

「ならなんだ?……まさか一緒に寝たいとかか? しょうがないものだ」


 冗談で返す。


「ちがう……けど……わかった」

「……寝ぼけてるのか?」

「……ん」


 フィーメはこくりと首を縦に振る。

 神も寝ぼけるのか。


「わかった。ほら」


 俺は布団をめくり、自分の隣にスペースを作る。


「……」


 無言のまま、もぞもぞとフィーメが入ってくる。そして―――


 ぎゅっと抱き着いてきた。


 ……。

 完全に寝ぼけていると見た。

 これは素直にされるがままにしておくべきだな。

 どうせ神のやることだ。人の身である俺にはどうしようもないということだろう。


「……ごめん、急に」

「なにがだ」

「……いろいろと」

「よくわからんが。気にするな、わが女神よ」


 俺はそう言ってから、フィーネの頭を撫でてやる。


「……ありがと」

「おう」


 しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえ始めた。


 ……全く、どういうつもりなのやら。

 ともかく、俺も眠るとしよう。……色々考えるのは、明日に回そう。



 朝になり、目が覚めた。


「おはようございます、カイル様」


 ルゥムはすでに起きていたようで、身支度を整えている。


「ああ、おはよう」


 俺も起き上がり、伸びをする。

 そして……昨日のことを思い出す。

 ……フィーメが俺に甘えてきたこと。そして……抱きしめられたことを。

 ……女神と言うが、案外、普通の人間とそんなに変わらないのかもしれないな。

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