第13話 悪逆皇子、奴隷市場へと赴く


「ここが奴隷市場か……」


 俺はそこに足を踏み入れて戦慄する。

 なんだこれは。

 これではまるで……






 上品なサーカスか、賑やかな動物園だ。


「……檻、たくさん並んでいる」


 道に並んでいる鉄の檻。 

 そこに奴隷が収容されている。

 だが……


 鍵は普通に開いていた。


 というか、檻の外に奴隷が出て、道行く人にアピールしたりしている。

 檻の中も、清潔だ。椅子も机もベッドもある。今俺たちが泊まっている部屋よりもよさそうですらある。

 奴隷たちも、肌の色もいい。とても元気そうだ。

 ある檻では、女の子の奴隷がいびきをかいて寝ていた。

 ある檻では、少年が勉強していた。自分は読み書きできますよというアピールを、人が通るたびにドヤ顔でやっていた。

 厨房にしか見えない檻で、料理を作っている奴隷もいた。

 檻から出て闘技場のような所で、殴り合っている奴隷たちもいた。

 なんというか……


 自由すぎる。


「……カイル?」


 俺が呆然と立ち尽くしていることに気がついたのか、フィーネが声をかけてきた。


「ああ、大丈夫だ」

「……無理しないで」

「いや、大丈夫だよ」


 正直、驚いただけだ。


「おう、旦那も奴隷を買いに来たのかい、それとも売りに?」


 奴隷商人の一人が気さくに声をかけてくる。


「いや、少し見学をしに」

「へぇ、旦那、貴族様かなんかかい」

「ええ、まぁ……」


 そういうことにしておこう。厳密には似たようなものだしな。

 元・帝国皇子だが。


「そりゃ失礼。じゃ、うちの自慢の奴隷たちをご覧になっていってくだせえ」

「ああ」


 俺はその言葉にうなずき、歩き出す。

 奴隷商人もついてくる。案内してくれるらしい。


「しかし私は帝国にも行ったことはあるのですが、ずいぶんと雰囲気が違いますね。

 こう……活き活きしている。奴隷とは思えません」

「ははっ、初めて来た人はそう言いますぜ。

 奴隷も商品、商品は大事に。

 ノーデンス商会の、ラオの旦那の方針が浸透しやしてね。


 最初はみんな、馬鹿じゃねぇのって言ってたらしいですぜ。

 だけどノーデンス商会の奴隷商売が どんどん業績伸ばして、みんな倣うようになったかんじでさぁ。

 商人にとっちゃ、儲かるってのがなによりの正義でさぁ。そうやって実績を見せつけての意識改革。

 今やノーデンス商会はこの街の顔役でさぁ」


 なるほど。

 彼らの言ってたことは正しかったようだ。帝国に比べてずいぶんと先進的だな。


「前の領主様もずいぶんと奴隷の改革に意欲でしたからね。

 変わっちまった今の領主は、昔のやり方に戻したがってるようですが」

「ほう」


 今の領主はずいぶんと嫌われているようだな


「ここにいるのは皆、借金を返せなかったり、親が死んじまって身寄りがなくなった連中でね。

 村を飛び出したけど冒険者になれる年齢でもないからとかそういうのもいますな。

 自分から奴隷になることを選んだ連中だ。ま、賢い選択だ。

 上等な生活は送れねえでしょうが、命の危険はありませんからね。飢えて死ぬこたぁねぇ、よほどやべぇもんじゃない限り病気で死ぬこともねぇ」

「帝国の奴隷市場と比べると、快適以外の何物にも見えませんが」


 少なくとも、フィーメと出会う前の俺よりいい生活なのは間違いない。

 確かに、ここでは奴隷が死ぬようなことはないだろうな。

 そして、客もそれをわかっている。

 奴隷たちも皆笑顔で楽しそうにしている。


 ……とすると、もう用は無いか。


「買わないんですか? 奴隷」

「……ふむ」


 奴隷は嫌いだ。

 特に、諦観に達した奴隷根性の染みついた奴隷は、見ているだけで虫唾が走る。

 だが、ここにいる連中は、そうでもないようだ。

 むしろ冒険者たちに近いとすら思える。


「そうだな。護衛としての戦力になら、買ってもいいかもしれないな。

 俺は非力な臆病者だし、フィーメは巫女だ。 

 戦えるのがルゥムだけというのは、心もとないかもしれない」

「私だけで充分です!」


 買わないのかとせっついていたルゥムが掌を返した。


「……ルゥム、ほんとにカイルのこと好きなんだね」

「はい! 妻ですから!」

「……そう。うらやましい」

「フィーメ様もそうですよ、三人で一緒にした中じゃないですか!」


 何をだ。


 いや、シシガミの心臓な。三人で一緒に食ったな。

 それだけだな!

 誤解を受ける言い方はやめてくれ頼むから。


 俺は二人の会話を聞き流しながら、奴隷を眺める。


「ふむ……」


 そこに、ひときわ目を引く奴隷たちがいた。


 ほほう、これは……



 筋肉達磨たちがポーズをとって並んでいた。



 背中に馬車のっけてんのかい!!


 ここまで絞るのに眠れない日もあっただろう!!


 腹斜筋で大根おろしたい!!


 大胸筋が歩いてる!!



 ……と声が聞こえてくる奴隷市場って何なんだろうな。


 もう胸焼けがしてきた。

 思えば遠くへ来たものだ。


「帰るか……」


 俺たちは奴隷市場を後にした。




 商会で馬車を受けとり、そして宿に戻り、夕食をとる。

 メニューはパンと野菜スープだ。

 安宿を選んだというのもあるが、全体的に質素だ。

 それに文句をつけるつもりはない。というか美味いので感動すらしている。

 だが、やはり町全体を見ても、食料事情は深刻のようだ。


「明日は外に出て、周辺の村を回る」


 そのための地図も買った。


「何をするんです?」

「それは、まだ秘密だ」


 どこに誰が聞き耳を立てているかわからないからな。特に街中は。

 ともあれ、最低限の準備は整えた。


「さあ――」


 二人を見て、言う。


「布教の旅、人助けの旅の始まりと行こうじゃないか」

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