第12話 悪逆皇子、街に着く

 村を発って二日後。

 商隊は無事に交易都市へと到着した。


「おお、これが交易都市ですか」

「そうです。ここが我らの目的地。

 交易都市トロンです」

「ふむ……」


 城壁に囲まれた都市。

 外壁には門があり、そこを通ると広い石畳の道が伸びている。

 建物はレンガ造りのものが多く、全体的に赤茶けた色が多い。

 遠くに見える城にも似た建物が見える。あれが領主の館だろうか。

 ラオによると、つい最近領主が変わったらしいが。


「どうです? なかなかのものでしょう」

「そうですね、活気がある」

「私のいた国にも……こういうのはなかった」

「すごいです」


 フィーメとルゥムも見入っている。


「そうです。ここは栄えていますよ。

 この街は大陸でも有数の交易拠点でありますからな」

「なるほど」

「では、ノーデンス商会へとご案内いたしましょう」

「お願いします」


 商隊が街に入る手続きをしている間に、俺はテリーヌから街の話を聞いた。

 なんでも、この街は商業で成り立っている街であり、交易の拠点である。

こ の辺り一帯には大きな湖もあり、それを利用した水運も盛んだとか。

 故に、今の餓えた時代、世界でも比較的栄えている。

 もっとも、交易都市トロンを離れたら、状況は違ってくるようだが。


「では、参りましょうか」


 商隊と共に俺達は歩き出す。

 街の中心部にある広場の近くにある、立派な店構えの建物。

 それがノーデンス商会の本部のようだ。


「ようこそ、おいでくださいました」


 応接室に通され、そこで待っていたのは一人の男。


 三十代後半くらいの男だ。中肉中背。

 髪は灰色のオールバック。

 顔立ちは整っており、鼻筋が通っている。

 黒い瞳がこちらを見つめていた。


「お初にお目にかかります。

 私、当商会の支配人をさせていただいております、イゴールと申します」

「これはご丁寧に。

 私は……」

「存じ上げております。

 オーグツ神の神託を授かった英雄、カイル・アルアーシュ様」

「いえ……」


 情報が早いな。早馬でも先に使ったか、それとも伝書鳩か何かを飛ばしたか、あるいは魔術の類か。

 やはりラオ・ノーデンス、抜け目がない。


「そしてそちらは……」

「……フィーメ。オーグツ神の、巫女」

「ルゥムです。フィーメ様に続いてカイル様の妻でーす!」

「自称です」


 訂正しておいた。


「……えっと」

「お気になさらず」

「は、はい」


 困惑するイゴールに、俺は微笑みかける。


「まあ、座ってください」

「はい。では失礼して」


 彼は椅子に座ってから、改めて口を開く。


「改めまして、ようこそいらっしゃいました。

 まさか、あの神獣を倒した方がおられるとは。ラオ会長から連絡を受けた時は思ったものです。

 ああ、会長ついにボケたか……とね」


 まあ、普通はそう思うか。


「ですが実際に神獣の首を見せられては信じるほかございません」

「あの首はこれから?」

「保存魔法をかけた上でひとまず倉庫で保管、手続きが済み次第王城へ、ということになるでしょう。

 そこでカイル様には褒章が送られるかと」

「なるほど。そうですか」


 話がどんどん進んでいるな。外堀を埋めて逃がさないつもりか、ラオは。まあ、逃げる気はないが。


「それで、これからのご予定ですが、カイル様は……」

「いくつか、やりたいことがありましてね。

 ラオ殿には話しましたが、私の目的は失われたオーグツ神の信仰の復権です。そのため、布教活動を行いたいと思っています」

「ほう」

「そして、その第一歩として、私はこの街を拠点に、まずは色々と見て回りたいと思っております」

「カイル様はこの王国は初めてでいらっしゃいますか」

「ええ、帝国の方から流れてきた、ただの根無し草ゆえに」

「それはそれは。宿はおきまりですか? 当商会の宿が……」

「いえ、それには及びません」


 俺はやんわりと断る。

 聞かれたら不味い話もあるからな。なるべく、彼らの息のかかっていない所がよい。


「それで、この街以外にもいろいろと見て回りたいので、馬車を一台、お売りいただければ……、と」

「馬車ですか」

「はい。お願いできますでしょうか」


 さあ、どうる。

 お前たちが手元に起きたがっている英雄様は、馬車で外に出たがっているぞ。

 だが……


「わかりました、すぐに手配しましょう」


 まあ、ここで渋るような手合いではなかったか。

 そもそも俺たちに首輪はついているからな。この商会に預けた大金が。

 だがまあ、そんな首輪など千切ろうと思えばすぐに千切れるものだ。そして相手もそれを承知の上だとしたら……物事を大局的に見れる連中ということだろう。


「ありがとうございます。それでは、我々は宿を探しますので……」

「そうですか。昼食どもどうかと思いましたが、それはまた次の機会にいたしましょう。

 この街の滞在を、お楽しみください」


 そしてほかの手続きを行い、俺たちは商会を出た。

 馬車の手配は夕方ごろになるらしい。

 となると、やはり今日はどこかで宿をとる必要がある。



 俺は、適当な安そうな宿を見繕った。

 宿泊費は、食事なしで一人一泊、銅貨三枚だった。

 食事込みで、銅貨八枚だという。

 三人ぶん、食費とチップ込みで銀貨三枚を渡しておいた。


「藁じゃないベッドか……落ち着かないな」


 ふかふかしすぎて妙な気分だ。

 これなら馬小屋に泊まった方がマシだったかもしれないが……まあ、すぐに慣れるだろう。


「……これから、どうするの?」


 フィーメがベッドに寝転がりながら聞いてくる。

 ……そうだな。


「まずは旅の準備だ。特に、服」


 俺の服もボロボだし、ルゥムの服も質素なものだ。

 そしてフィーメ。

 一番まともかもしれないが、しかし貫頭衣だけというのはいろいろとまずいだろう。

 今も、いろいろと見えそうだしな。

 下着も必要だ。


「あとは実験用に魔石。

 武器も必要だな。ルゥムは……」

「私は手足だけでいけます」

「ふむ……なら格闘家用のグローブや籠手がいいかもな。後で見に行くか」

「はい」

「あとは……奴隷商だな」

「えっ? 私がいるのにですか!?」

「お前を奴隷にした覚えはない」

「あっ、妻ですもんね」

「違う」


 俺はため息をつきながら言う。


「あのラオ・ルーーデンスという商人がどこまで信用できるか確かめる必要がある。

 今までの情報はあくまでも、当人たちや、取引相手である獣人たちの言葉にすぎないからな」

「……カイル、慎重」

「臆病と言え。俺は弱虫だからな」



 そして俺たちは、街に出た。

 まず服を買う。フィーメとルゥムが奴隷と勘違いされたのはやはり服装のせいだろう。

 というか、俺の服もボいので、「あなた方の主人は外ですか?」と聞かれたものだ。まあ仕方ない。

 その程度で立腹するほど、恵まれた旅路でもなければ、膨れ上がったプライドも持っていない。

 ずっと旅をしてきて替えの服もないと伝えたら、あっさりと納得し、謝罪もくれたので問題ない。

 フィーメはタカマガハラの服はそのままにしたがっていたので、インナーと、ローブを用意した。

 ルゥムは動きやすい服装とケープ。

 そのほかの小物も新調した。

 馬車に積むためのものはまた後で買い揃える。



「さて……」


 次の目的地だ。

 ラオ・ノーデンスの言葉を確かめるためにも。


「奴隷市場に、行くか」

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