第11話 悪逆皇子、旅立つ



 まあ、拒否する理由は今のところは、無い。


「よろしくお願いします。

 この国は不慣れですので、いろいろと案内していただけたらありがたい」

「それはそれは。

 ますますもって、この国での後援者が必要というわけですな。貴方の父となれるよう、信頼を勝ち取りたいものです」


 俺たちは握手を交わした。


 確かに、パトロンとなる商人が得られたならそれは大きい。

 しかしだからこそ、注意しないといけない。

 この男の商才、そして人格を見極めないといけないだろう。

 商人とは、人を騙す生き物だ。

 ――そう認識した上で対処していかねばならない。


 裏切られないためにも、だ。



「さあ、それではさっそく商談に入りましょう」


 テリーヌが言う。


「どれだけの素材があるのか。魔石のランクはどのようなものなのか。肉の加工もありますし……」


「おいおい、俺たちを奴隷にする話も忘れないでくれよ!」

「そうよ! 街にいきたいわ!」

「その前に肉の解体だ! 腐らせちまったら元も子もねえぞ!」


 村人たちも騒ぎ出す。

 やれやれ、本当に騒がしいな。





***


「ぬぬう、これは美味いですなあ!」


 ラオがシシガミの肉を絶賛する。


「定期的に仕入れられたら目玉になるのですが……無理でしょうしなあ」


 実は無理ではなかったりするのだが、まあそれは黙っておこう。

 切り札は隠しておいた方がいい。


 とりあえず解体には今日一日かかりそうだ。

 頭は角と舌を切り取り、丸ごと持ち帰るとのことだ。

 なお、舌は獣人たちが食べるという。

 確かに、猪のタンは美味かったな。


「魔石も爪も角も、かなりの価格になりますよ」


 テリーヌが興奮しながら言う。

 魔石は胸の中心部分にあった。大きさはかなりのもので、直径一メートルはあった。

 素材となる毛皮や角、爪、牙は商会に下取りに出す。

 もっとも一部は獣人たちに渡すことになるが。特に毛皮。


「魔石以外を下取りとして、ざっと見積もって……白金貨五十枚、といった感じでしょうか」

「……なんと」


 それは大金だ。


「はっきんか……?」

「カイル様、それってどのくらいなんです?」


 フィーメとルゥムはよくわかっていないようだ。


「ええとですね」


 テリーヌが説明する。


「平均的な庶民の生活費が、一日あたり銀貨三枚くらいなんです。

 もちろん、人によってかわりますけどね。

 税金とかゆ遊興費とかそういったものは考えない、また食費ぐらいと考えておいてください。


 そして銅貨十枚が銀貨一枚。

 銀貨十枚が小金貨一枚。

 大金貨一枚が小金貨十枚。

 白金貨一枚が、大金貨十枚といったかんじです。

 つまり白金貨一枚で、だいたい一年近く食べていける……という感じになります」 


「それは……すごいですね!」


 ルゥムが納得する。

 やはり食事に例えたのがわかりやすかったようだ。

 平民としての暮らしを慎ましやかにするだけなら、部屋を借りる家賃を考えても軽く十年はなにもせずに生きていける額である。

 あくまでも、慎ましやかにふつうに生きていくだけなら、だが。


「代金は即金で、でしょうか」

「お望みならぱ可能ではありますが……」


 ラオが言う。


 まあ彼としても、俺を囲いたいのだ。全額丸ごと渡しておくのは避けたいのだろう。


「そうですね……根無し草の私たちですし、預けさせていただきましょうか」

「わかりました。ではその方向でいきますね。

 魔石も私たちが預かる、でよろしいでしょうか」

「持ち運ぶにはあまりにも不便ですしね」


 強盗に襲ってくださいと言っているようなものだ。


 しかし、魔石か。

 後でひとつ実験してみたいが、あの魔石では目立ちすぎる。

 そうだな……


「街に着いたら、小ぶりの魔石を購入させていただきたいのですが、商会では扱っていますか?」

「ええ、ございますよ」

「それはよかった」


 街に着いたら実験してみるか。

 うまく行けば、もっとスムーズにいろいろと出きるようになるだろう。


「いやあ、商談が滞りなく進んで、すばらしいことですなあ」


 ラオが言う。

 確かにそうだな。

 せいぜいうまく利用させてもらおう。


 俺がテリーヌと商談している間にも、ラオは村長と奴隷売買について相談していたらしい。あとシシガミの肉についても。

 ひとまず今回は、獣人二人を奴隷として買い取ることになったそうだ。

 価格は一人あたり、大金貨三枚。

 ただし、現金ではなく相応の食料や物資で取り引きするとのことだ。

 確かに辺境の森の獣人の村だ、金貨や銀貨で取引されるとは思えないしな。

 一応、街に買い出しに行く時のために現金もあるそうだが。


「奴隷として売られる村人が決まった……

 ゲィルとムゥナじゃ……」


 村長が言う。

 村人は静かにそれを聞く。


「わかるな」

「ああ……」


「送別会じゃああああああああ!!!!」

「食うぞぉおおおおおおおおおおお!!!!」

「てめぇら、俺を売ったカネで食うメシは美味いかあああああああああ!!!!」

「あったりまえだああああああああ!!!!」

「私幸せになりまあああああああああす!!」

「解体なんかやってられっかあああ酒持ってこぉおおおおおおい!!」



「俺の知ってる、売られていく村人と違うんだけど」

「獣人ってレアなので高く売れますし、売れた先の扱いもいいですからね」


 テリーヌが言う。


 結局、商隊が村を発つのは、二日後になった。

 



「よーし、持ち上げろー」

「せーのっ」


 獣人と、商隊の人たちが声を上げ、シシガミの首を荷台に乗せる。

 普通の馬車には乗らないので、馬車四台を分解して大型の荷台を作った。

 そこに乗せた首をロープで固定する。


「ここから街まで二日ほどですね」


 テリーヌが言う。


「結構かかるんだな」

「街道は安全ですが、盗賊が出ることもありますからね。

 でも大丈夫ですよ、護衛は雇っておりますから」

「なるほど。魔獣や野獣がいない代わりに、人の盗賊が……と」


 だが今までそういうのに一度も出会わなかった。。

 街が近いとまた違うのだろうか。


「商隊も傭兵を雇い入れておりますし、私も戦えます。

 それに、カイル様たちも十分にお強いようですしね」

「ふむ」

「あれ? カイル様、興味なさそうですね」


 俺の空返事に、テリーフが訝しげに言う。


「ん?」

「カイル様は、強さに興味あるのではないんですか?」

「ああ、そういうことですか」


 テリーヌは俺が戦いを好むと思っているのだろう。

 別に嫌いというほどでもないのだが、特に好んでもいないな。


「私は強くはありませんよ」

「ええ!?」


 テリーヌは驚く。


「だって、神獣を討伐したって……」

「まあ、それは事実ですが……」

「やっぱり!」

「だけど、戦ったのは彼らであり、そして私はオーグツ神の神託に従い、神獣の弱点を突いたにすぎない。

 ただの結果であり、過程は違うのです」

「結果が大事じゃないんですか」


 テリーヌは何故か食い下がる。

 結果、か……


「それは否定しませんが、過程も重要でしょう。

 結果のみを追い求めたり、結果のみを大切にすると、人間は平気で欺き、騙ります。

 商人をされていると理解いただけるのでは?

 例えばこの……」


 馬車の荷台に置いてある壺を見る。


「これがあなたたちの商品です。

 これが作ったものか、買ったものか、奪ったものか。入手経路が違うとすれば、価値もまた変わってくるでしょう。

 全く同じものでも、村のおじさんが作ったものと、稀代の名工が作ったものならばそれだけで価値が変わる。

 適正に手に入れたものと不当に奪ったものでも、また変わる。

 無論、変わりはしないという者もいるでしょう。それもまた真理ではありますか……

 不当に手に入れ、欺いて手に入れ、奪って手に入れたものでは、重さが違う」

「重さ……ですか」

「ええ。業とも因果ともいう。

 不当に奪った者はそれを忘れても、奪われた者は決して忘れない。


 私が彼らの手柄を奪い、私が全てやったと誇れば、それは歪みを生む。今は感謝する彼らもやがてこう思うでしょう。


 同胞ではないただの人間が――とね」

「そうは――」

「そうならない、という保証はありません。

 今はまだ、彼らは私に感謝してくれている。

 だが、いつかは恨みにかわるかもしれない。

 だからこそ、結果だけで判断してはいけない、結果だけを求めてはいけないということです。

 それを臆病だ、と思われるかもしれない。


 そしてそれは――おそらく正しい」


 俺は臆病なのだ。


 二度と――あのような目にあいたくはない。

 だからこそ。


「テリーヌ殿。貴方はきっと、これからも商いを続けるのでしょう。

 そして様々な人間と出会い、関わり、その中で商売をしていくのでしょう。

 その時に、その考え方は役に立つと思います。

 商人としてだけではなく、人としても。

 だから覚えていてください」

「……はい」


 テリーヌは笑う。

 そうしていると、ラオが話しかけてきた。


「いやはや、素晴らしいお言葉でした」

「聞いておられましたか、ラオ殿」

「盗み聞きするつもりはありませんでしたが。

 カイル様のお言葉は正しいと私も思います。

 奴隷も商品として扱っていると、なおの事ね」

「奴隷……ですか」

「カイル様は奴隷商売に関して、よい印象を持っておられないご様子。

 帝国のほうから来られたなら、なおさらですな。ええ、わかりますとも」

「……私の知っている奴隷商は、率直に言って、人間のクズでしたから。

 あなたはそうではないようで、正直驚きましたよ」

「ははは。この商売を始めて四十年ですが、私も最初はね、難儀いたしました。

 奴隷とは家畜以下の扱いしか受けていなかったのですから。

 なので私は思ったのです」

「哀れだ、救わなければ、と?」


「いいえ。これでは商売道具を無駄に潰しているだけではないか。と。

 剣や鎧を錆まみれ、泥まみれで地面に転がす武器商人がいますか。

 肉や野菜を糞まみれで転がして売る商人がいますか。

 そういうことです」

「……なるほど、道理に適っていますね」

「奴隷もまた商品だ。ならば、磨いて手入れして商品価値を上げねばならない。

 それだけです。

 彼らは商品だが同時に人間でもある。ならば大事にすればするほど、自らの価値を磨き、高めていく」


 それは……


「ただの理想論、ですね。それを実現させるには大変だったでしょう」


 簡単な事ではないはずだ。

 王国もかつて帝国と同じような奴隷市場だったのなら。


「まあ、それは仲間に助けられてなんとかやっていけましたがね」


 それが本当ならば素晴らしいことだ。

 もし本当なら、俺の中での彼のランクが数段階上がるだろう。

 あくまでも、それが本当なら、だが。


「ですから、カイル様の言う、結果だけではない――というのはよくわかります。

 現に、この獣人たちとも誠心誠意向き合っているおかげで、こんなに簡単に活きのいい奴隷が手に入る。

 彼らは街でも人気商品でしてね、高く売れる。

 顧客も正しく大切に奴隷を扱ってくれておりますよ。まあそもそも、奴隷にひどい扱いをするような連中には最初から売らないのですが。

 王都の方での格闘王者もこの村出身の奴隷ですからなあ。

 貴族に嫁入りした娘もおりましたぞ」

「それはまた、帝国では考えられませんな」

「……だからこそ。帝国は王国を認めず、戦争を仕掛けてくるのかもしれませんな」


 ……それは違う。

 帝国が他国に戦争を仕掛けるのは、理由など無い。いや、無いから理由を探すという意味では、確かに奴隷制の違いも戦争の理由になるのかもしれないが。


 あの国は、餓えているのだ。


 食料にではなく、血に。


「それではまるで、あなたが戦争を引きおこした戦犯のように聞こえますね」

「おっと失礼、聞かなかったことにしていただければ、カイル様」

「ええ、私は何も聞きませんでした、ラオ殿」

「はっは! そう言っていただけると助かりますぞ」


 さて、そろそろ出発の時間だ。

 荷馬車に荷物を詰め込み、俺たちは出発した。

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