第三章 悪逆皇子と商人 編

第10話 悪逆皇子、商談する


 

 狼人の獣人集落の朝は早い。


 夜明けと共に起き、そして狩りに出かける。

 それが本来のサイクルだが、ここ数年、この森でせは獲物は取れなかった。

 しかし、今は違う。

 その元凶のひとつであったシシガミは倒れた。

 これから少しずつ、動物や魔獣は増えていくだろう。

 というか、まあ、今のフィーメならばその「種」を撒くことぐらいは可能である。

 かつて、フィーメは「新鮮な生きた魚」を口から出した。

 つまり、食料であるならば生き物も出せるということだ。


 村を救った今、フィーメに……オーグツ神にはそれくらいの信仰はたまっているだろう。

 なので、宴の準備中や最中の隙にこっそりと抜け出しも適当に動物たちを吐き出させておいた。

 今のフィーメが吐き出せるのは、鶏や子豚、魚、兎、猪や鹿の子どもぐらいだが。

 あとは大豆やどんぐりなども適当に吐き出させて放置。

 いずれ実を結ぶだろう。


 今はまだこの森に獣たちは戻っていないが時間の問題だ。


 にも関わらす――今朝は村に、住人たちはほとんどいない。



 シシガミの肉に群がっているのだ。


 15メートルほどの全長の獣、ざっと考えても推定体重30トンはあるだろう。

 一食ぶんが300グラムと仮定しても、一万食ぶんはある。

 無論、食えない内蔵や毛皮、骨もあるから可食部分は少ない。

 一般的な豚であれば、だいたい半分が食べられるという。つまの単純計算で五千食分。

 八十人で分けると、まあだいたい二十日ぶんの食料ということか。

 むちろん、そのままではすぐに腐る。なのでこれから村人たちは保存食にするそうだ。


「お前は、いかなくていいのか」


 俺は声をかける。


 俺の藁のベッドに潜り込んできている、獣人の少女、ルゥムに。


「んー……えへへ」


 しかしルゥムは、返答になっていない声を返してくる。


「だってぇ、夫と床を共にするのが妻の役目」

「妻じゃない」


 俺は断言する。

 そもそも俺は童貞だ。きちんと純潔を保っているし、クソのような帝国皇族の血をこれ以上ばらまきたいとも思っていない。


「もう遅いですよ」

「そういう風習は知らなかったから、ノーカンだ、無効だ」

「それは通じないんですよー」

「知るか」


 俺はベッドから出る。

 しかしこいつ、昨日はあんなにも、俺を利用してでもシシガミを倒す、という飢えた狼のような迫力を見せていたが……


「腹が膨れれば餓狼も駄犬、か」

「ん? 何かいいましたかぁカイル様ぁ」

「いや、別に。

 ……おい、起きろ」


 隣のベッドに寝ているフィーメを起こす。


「……もう、食べられない」


 ……。

 初めて聞いたぞ、そんな寝言。物語の中にしかないと思っていたが。


「あと、もう出せない」


 なにをだ。


「いいから起きろ。やることはいろいろとあるんだ」

「……ん」


 ゆすったらフィーメも起きた。

 まったく、たるんでいるな。

 まあ、久々に腹一杯食えたのだから仕方ないが。


 俺が家から出ると、村長がいた。


「おお、カイル様、おはようございます」

「おはよう、村長。

 村長はシシガミの所にいかないのですか?」

「いえ、まあちと用事がありましてな」

「?」


 村長は用事があるらしい。そして、村長の周囲にいる数名も、それを待っているらしい。

 精悍な筋肉質の若者、少年や少女たちだ。

 なにを待っているのだろうか。


「来たぞー!」


 村人の一人が、声を上げてくる。


「奴隷商人だー!」


 その言葉に、俺は身構える。


 奴隷商人。

 帝国ではポピュラーな商売のひとつだ。

 領主や貴族に逆らう村、亜人たちの村や集落を襲い、狩り、労働力や性処理の道具として売買する。

 率直に言って、人間のクズだ。

 そんな連中が村にだと?

 しかも大半は、シシガミの所に出払っている。

 まずいな、これは。


 だが――


「……?」


 俺は違和感を抱く。

 なんというか……


「おっ、来たか!」

「いやー行く前にいい肉食えたし、準備は万全だぜ」

「街って私初めてなのよねー」

「いやでもいけるかどうかまだわかんねーし」

「村の状況も変わったしなあ」

「どっちにしても俺はやるけどな」


 ……。

 焦燥感や悲壮感、恐怖や怒りにどがまるでまったく感じられない。

 どういうことだ?


「どうしたんですか、カイル様」


 ルゥムが家から出てくる。俺は聞いてみた。


「ああ――」


 ルゥムは言う。


「みんな楽しみにしてたんですよ、奴隷商人さん」


 ……?

 理解がわからん。


「実はですな」


 村長が言ってくる。


「山の神のせいで食料が取れなくなっており、奴隷商人に村人を売っていたのです」


 それは、帝国でもある話だ。

 飢饉の村が、人を売る。

 だが――


「なぜ彼らは売られるというのに……悲壮感が無いんですか」

「ああ、腕自慢の獣人にとって闘奴はなりたい職業のひとつですからな」

「えっ」


 奴隷に……なりたい?

 なんだそれは。


「街で鑑賞奴隷や芸能奴隷などは獣人の娘は人気ですからなあ」

「えっ」


 なんだ芸能奴隷って。

 聞いたこと無いぞ?


「カイル様は帝国の方から来たそうなので、文化違うみたいですねー」


 ルゥムが言う。


「なるほどのう。

 王国の奴隷は、一部の犯罪者奴隷以外は、まあ結構自由で気楽だったり、冒険者のように自分の才覚でのしあがれたりするもんなんですじゃ」

「……なるほど?

 文化が違う、ということ……ですか」


 そうとしか俺は言えなかった。





***


 奴隷商人のキャラバンが村に到着した。


 ノーデンス商会というところのものだそうだ。

 率いているのは、恰幅のいい中年の商人、ラオ・ノーデンス。


「村人が少ないですな。早々に大量に飢え死にするようなことはないと践んでおったのですが……

 もっと早く来るべきでしたでしょうか」


 ラオは村長に言う。

 村人が少ないのが、飢饉に倒れたと思っているらしい。その表情には、悲しみの顔が見て取れた。

 商人という以上、その追悼の意がどこまで本気かわからないが。商品が減ったという悲しみかもしれない。


「いえ、そうではありませぬ。

 実は、非常にいいにくいのですが……」

「はい」

「一連の問題が、一気に解決したのです。いや、これからするといったほうがよいのかもしれませぬが」

「……どういうことですか?」


 村長が、俺とフィーメを見る。


「彼らが……

 あの山の神を退治してくださったのです」


「な……なんですとぉぉおーーーー!!?」



 ラオ・ノーデンスが吠えた。




***


「なんですとぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」


 俺たちは、シシガミの死骸の場所へと向かった。

 到着したら、ラオ・ノーデンスがまた吠えた。


 改めて見ると、シシガミはでかかった。

 獣人たちは、シシガミの解体作業を行っている。

 まるでクジラ並だな、この巨体は。

 首はそのままで、胸と背中、腕が昨日みんなで食った。巨大な肋骨が露出している。

 

「おう兄弟!」

「誰が兄弟だ」


 ゴゥルがやってくる。

 全身が血塗れだ。解体作業に精を出していたのだろう。


「つれねぇこと言うなよ。ルゥムの夫なら俺の義弟だろぉが」

「違う」

「否定しても無駄だぜ。

 ……で、そいつら奴隷商じゃねえか。そういや今日だったな仕入れは。

 おう、ラオの旦那」

「……」

「旦那? おーい」


 ラオは呆然としていた。


「……噂には聞いていた、あの神獣……それを、本当に倒してしまったと、いうのか……

 お、おいテリーヌ、鑑定は」


 ラオは傍らにいた商人に言う。


「……鑑定の魔術を使うまでもなく、この魔力、神気……

 間違いなく神獣クラスです」


 眼鏡の位置を直しながら、テリーヌと呼ばれた少女が言う。

 なるほど、彼は魔力持ちか。一流の商会にはお抱えの魔術師がいるのは、こちらの王国でも変わらないか。


「どうです、本当だったでしょう」


 俺はラオに言う。

 俺たちの設定はすでに村長から紹介された。

 神獣――と彼らが言うシシガミを倒したという事を半信半疑だったようだが、現物を見せられては納得するしかないようだ。


「いやはや……お見逸れしました。

 なるほど、たしかにこれでは、村の状況も変わるでしょうな。となると奴隷売買の方はとりやめに……」

「いえ、奴隷志願のものがまだおりますし」


 村長は言う。

 奴隷志願者。慣れそうにない言葉だ。


「ふぅむ。それなら問題ありませんが、取引内容を考え直す必要がありそうですなあ」

「と、言いますと」

「肉の量を減らして、穀物や野菜中心ということにしたほうがいいかもですな。

 肉は大量にありますし」

「なるほど。

 これからは森に少しずつ獣が戻ってくるなら、確かにですなあ」

「ええ。ですがそりよりも、ですな。

 この神獣の肉や骨、毛皮、そして魔石などを売っていただければ!!」


 食い入るようにラオが言う。


「それは……カイル様にも言ってくだされ。

 肉は我々のもの、骨や皮などの素材はカイル様のものという取り決めをしているので」

「ほほう、そうなのですか」


 そんな取り決めはしていなかったが……

 村長は目配せをする。

 なるほど、やはりこの村長は抜け目がない。

 これでこの商人と取り引きして繋がりを得れば、俺のこれらからに役に立つ。

 そのために口裏を合わせてくれたということだろう。貸しひとつですぞ、という声が聞こえた気がした。


「いやあ、聞けば聞くほどすばらしいですなあ」


 ラオが満面の笑顔で近づいてくる。


「失われた古代の神の巫女と共にその信仰の復興の旅、そして獣人の村を救い、神獣討伐を成し遂げる!

 これはまさに英雄的所行ですぞ」

「はあ……私はただ、指揮をしただけです」

「とんでもない。とどめをさしたのはカイル様と聞きました。

 あの神獣は、近々王都からも討伐隊が組まれるという話もあるほどでしたぞ。

 それを倒したなどと、いやはやすばらしい。

 あの首を王都に運べばどれほどの報奨金が出るやら!」


 ……それは、すこし不味いかもな。

 俺の顔が王都にまで知れ渡っているとは考えにくいが……まあ、カイル・アル・アシュバーンはすでに故人だ。髪を染めればどうとでもなるだろう。

 ……多分。


「しかしながら」


 ラオは言う。そろそろ来るか。


「お二人だけでこれらを運ぶのは不可能でしょう。

 魔石を証拠にもできるでしょうが……」


 魔石とは、魔獣や幻獣に存在する器官であり、魔力そのものの結晶とも言われている。

 その大きさは魔獣幻獣の大きさ、強さによって変わるという。

 たしかにこれほどのものなら、魔石でもサイズは馬鹿にならないだろう。


「つまり、運搬を買って出たい、そのぶんを……と?」

「いえいえ、運搬費用として素材をよこせなど、無茶なことを言うつもりはありません」

「まあ、それは確かに、人を馬鹿にした提案です」

「全くです。

 私からの提案は、ですな。要するに、あなたの後援をさせていただきたい、ということでありまししてなあ……」

「ほう、パトロンですか。

 ありがたい申し出ではありすが、いささか急な……」

「なにをおっしゃいますか!」


 ラオは大仰に叫ぶ。


「自覚ないのですかな、失われた神の力を持ち、弱った獣人たちを率いて神獣を討伐した若き英雄、誇張なき事実であるというならばどれほどの有望株か!

 商人としての勘が告げておるのです、絶対に逃がすなと」


「我らも同感ですなあ、絶対に逃がせぬ獲物ですじゃ。のう、ルゥム」

「はい!」


 村長とルゥムも言ってくる。

 さらっと「逃がせぬ」と本音出たな、この狼どもめ。


「私をそこまで買っていただけるのはとてもありがたい。

 しかし正直に申し上げると、私は貴方を詳しく知らないのです。

 村長や村人の反応を見るに、悪徳商人ではないとも見えますが……

 それは、彼らにバレていないだけという可能性もある」

「カイル様、われらの鼻をお疑いですかな」


 今はちょっと黙っていてほしい。


「私を信用できない、と」

「失礼ながら、まだ出会ったばかりですからね。

 信用できないのではなく、まだ今の時点では判断できないのです。

 ですので、まずは交流をさせていただき、お互いの信頼を深めてからでも遅くはないかと。


 もちろん、取引はさせていただきます。

 ラオ殿のお言葉通り、これらの素材は私たちだけではどうにも手に余る。

 運搬もそうですが、換金もですね。

 私を信頼してくださっている、信頼できる方でないと、足下を見られて買いたたかれそうだ」

「ははは、それはもちろん。

 このラオ・ノーデンス、商売には誠実がモットーですので」


 ラオは笑顔で握手を求めてくる。

 この手を取るべきかどうか……

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