第9話 悪逆皇子、娶る

 横たわる巨体。 

 完全に――こと切れている。


 まさか、大蒜をくくりつけただけの矢で倒せるとはな。

 異世界とはいえ、伝説神話の通りだったか。


「やった……」

「やったぞおおおおおおおおお!!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 獣人たちが叫ぶ。


 俺はというと、木の葉っぱがクッションになっいてなかったら危なかったが、なんとか生きていた。

 あの流れで墜落死は、間抜けすぎるからな。


「カイル様!!」


 ルゥムが飛びついてくる。


「やりました、私……私たち!!」

「ああ」


 俺はルゥムの頭をなでる。

 いい毛並みをしている。

 ずっとなでていたい衝動に駆られるが、それよりも……


 ぐうううううううう。


「……」


 果たしてそれは俺の腹の音か、それともルゥムか、ほかの獣人か――


 あるいは全員か。


「さあ、回収が一仕事だ。でかいからな。

 ああ、いっそ村人たちもんなをここに呼んだ方が早いか」

「はい」


「さあ――喰うぞ!!」



***


 それから宴会が始まった。

 今回の戦いで怪我人は出たが、せいぜい骨折ていど。重傷者、死者は出ていない。

 悲しむものはいない。

 諦めたものもいない。

 ただ、皆で狩った獲物を、ただ喰らう。

 祝い、騒ぎ、喜び、笑い、喰らう。


 そんな宴会だ。


 肉だけではつまらないが、そこはフィーメが野菜や果物、山羊乳や酒を用意した。

 今やそれをしてもお釣りがくるほどの感謝と信仰があるらしい。

 獣人の村人八十名、全員墜ちたということだ。

 森の神カリス神だったか。すまんな。だが、前も言ったが宗教戦争をしたいわけではない。

 森の神カリスとあの山の神シシガミは全く別であり、カリス神は村人の命を生け贄に求めてなどいないとちゃんと説明しておいてやったぞ。

 だから大目に見るがいい。

 ああ、信仰心は無い俺も、ちゃんと他の神にも敬意は払うのだ。邪魔さえしないなら。


「肉が焼けたぞー!!」

「うおおおおお!!」


 フィーメが用意した、数キロ程度の肉を切り分けたそれとは違う。

 肉塊だ。

 料理というのも烏滸がましい単純さ、一周回ってこれが肉料理だと誇りたくなるワイルドさ。

 まさに、肉だった。


 表面が火で炙られて焦げ目がつき、肉汁がとめどなく滴り落ちる、肉。

 それに岩塩を豪快に削り、ふりかけて食べる。


「ぐぅおおおおおおおお!!」

「うおおおおおおおおお!!」

「あおおおおおおおおお!!」


 ……なんかもう、人語すら忘れている。

 俺たちが来たときの、譲り合いの精神などもはやどこにもない。

 奪い合う必要もない大量の肉の前に、そんな些細な考えはふきとび、女も子供も老人も、みな次々と焼けた肉を取り、かじりつき、ほおばった。


「ぐっめおおおおおおおおおお!!」

「うんええええええええええええ!!!」

「いくぎぶううううううううう!!!!」


 ……いやだから、言葉をしゃべれ。


「楽しそう。というか……」

「もはやそんな領域じゃないな」


 フィーメと俺はそれに圧倒される。

 たしかに腹は減っているが、炎をバックにひたすら肉にかじり付く獣人たちの姿を見ると、ちょっと引くというか……

 地獄かここは?

 と思ってしまう。


 とりあえず、俺も肉を食べる。


 ――美味い。


 どういえばいいのか。

 鹿肉の淡泊さと、猪の脂身が合わさっている感じか。


「部位によって、配分が違う」

「そうなのか」

「うん」


 なら、フィーメの言うとおりに別の部分も食べてみる。

 なるほど、こっちは猪の風味が強いな。

 脂身も赤身も、じつに脂が乗っている。

 猪特有の獣臭さがあるものの、風味として活かされている感じが絶妙だ。


「さすがは、食肉の王――といったところか。

 食肉というより、野生肉の王、かな」


 品種改良された家畜の肉とはまた違う。

 ああ、悪くない。


「この酒も美味いな。ワインやブランデーとはまた違うが」


 フィーメの出した酒の残りだ。

 神を酔い潰す酒なので、水で割っている。


「……米で作られた酒」

「ほう。興味深いな」


 初めて会った時もライスだったし、ずいぶん米が流通している世界のようだ。


「カイル様、たべてますかぁ?」


 ルゥムが寄ってくる。

 両手には肉を持っている。

 明らかに物理法則を無視してそうな量だが、まあ獣人だしな。消化器官が人間と違うのかもしれん。

 魔力を消化吸収に使っているとか。


「ああ。食べてるさ。こう、自分たちで取った獲物の肉というのは、また格別だな」

「そうなんですよ!」


 ルゥムは力説する。


「初めての狩りでこんな獲物……はぁ、ルゥム幸せです」

「初めてだったのか」

「はい」


 まあ、ルゥムはみ見た目通りとするなら、まだ十歳ほどだ。

 シシガミが出て獲物がいなくなったのが三年前とすれば、七歳。それは狩りも出来ないだろう。

 しかし、最初の獲物が神か。すごい経歴だな。


「さぁて、カイル殿、いやさカイル様」


 村長がおやってきた。


「一番の功労者の特権でございますぞ」


 村長が牙をむいて笑う。

 運ばれてきたのは……


「心臓か」

「はい。強き獲物をしとめたものは、その心臓を喰らい力とするものです」

「わからんでもないが……」


 でかいな。

 いや、あの巨体からしたら小さいといえるが、それでも西瓜なみの大きさはあるぞ。

 これをくえというのか。


「……」


 ルゥムが焼き心臓をじっと見ている。

 食べたいのか。


「功労というなら、オーグツ神の神託がなくては倒せませんでしたし、最後の一撃も、ルゥムの助けがあってこそです。

 三人で分けて喰おうかと」


 その言葉に、獣人たちがどよめく。


 ……?

 何か、まずいことを言ってしまったのだろうか。


「ま、まあ貴方様ほどの方がそういうのなら、わしらがどうこう言うことはないのですが」


 村長は笑う。

 わけがわからんが、まあ非難されているようではないらしい。


「ルゥムよ。ぬしはそれでよいか?」

「はい!!」


 村長の言葉に、ルゥムが元気よく答える。

 炎に照らされているせいか、顔が赤く見えるが……

 食べたかった焼き心臓が食べられるとの事で紅潮しているのだろう。


 俺は大きな焼き心臓を切り分ける。


「謹んで、お受けいたします」


 なにやらルゥムがかしこまる。まあ、神の心臓だからな。 

 ルゥムがそれをかじると、周囲が歓声をあげる。

 俺とフィーメもかじる。

 コリコリとした筋肉が実に美味い。


「いやあ、あれりがとうカイル様!!」


 ゴゥルが酒を持って肩を抱いてくる。酒臭い。


「俺たちはこれで結婚できる!」

「めでたいものです。今日の宴は、貴方たちの結婚式でもある。

 いや、あらためて別の日にした方がいいのかな?

 ともあれ……」

「ああ、めでたい。うちの義妹もあんたがもらってくれるしな!!」


 ……。


 は?


「えーと、ギマイとは? 肉の部位のことかな、ギアラとか」

「なに言ってんだ、義理の妹、俺の女房のルゥネの妹、ルゥムだろ」

「? すまん意味が」

「なに言ってんだ、強敵を狩りその心臓を喰らうのは勝者の証、権利だ!

 そしてその心臓を女と分け合って食うって事は、「おまえの為にとってきた、結婚しよう」ってことだろ!」

「なっ――――!?」


 聞いていない。聞いていないぞ!?


「巫女さんと二股かあ、まあ英雄色をなんとやらだ。神殺しを果たした男、そんくらい普通だろ」


「はああああああああああ!!?」


「ふふ。まさか妹と同じ日に結婚だなんて」

「いやあさすがですなあ」

「えっと、カイル様よろしくお願いします、フィーメ様も」

「……うん、よろしく」

「こりゃめでたい!」

「乾杯!!」

「乾杯!!」

「肉持ってこーーい!!」

「内臓のスープできたよー!!」


 ……。

 どうしてこうなった。

 俺のプランではこうではなかった。

 もっとスマートにこの村の信仰を集めてフィーメの力を回復させ、次の行動への足がかりに……

 だというのに。


「カイル様ー♪」

「がははははは!!」

「肉ーーーー♪」

「……カイル、頑張って」

「酒もってこーい!!」

「うっここの果物なに!? うめえ!!」

「肉肉肉肉ぅうううう!!!!」


「お前ら……少し黙れえええええええええええ!!!」 



***


 獣人たちの村へと、馬車が進む。

 そのような事件が起きていると、知ってか知らずか。

 その馬車の先頭に居るのは、ラオ・ノーデンス。

 商人である。


「さてはて……」


 ラオは笑う。

 もうすぐ、例の集落だ。

 あそこの獣人はとてもよい。

 質が良く、レアであり、人気も高い。

 ノーデンス商会の目玉商品のひとつだ。


「今回も、いい奴隷になりますかな……?」

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