第8話 悪逆皇子、山の神を屠る

 

 俺たちは、酒を用意した。

 どうやったかって? 当たり前のようにオーグツ神の奇跡だ。

 出している姿は人に見せられたものではないが。しかし、どこかの国では女性が穀物を口で噛んで吐き出し、発酵させた酒もあるというしな。

 とにかく、フィーメの国の強力な酒を用意してもらった。

 俺たちは、それを荷台に乗せ、山の神とやらが現れるという場所へと赴いた。

 なるほど、祭壇のようになっている。


 ……そして、血の痕も。


 ここで生け贄にされた獣人の娘たちが喰われたのか。

 だが、それも今日で終わりだ。


 俺たちは、酒をその祭壇に積む。

 そして、獣人たちを、特に女性を遠ざけた。


「――――神よ!! 山の神よ!!」


 俺は大声で叫んだ。


「ここに生け贄を捧げる! されど、ただ毎度毎度、肉のみでは味気がないでしょう!!

 ここに良き酒を用意した、この国では手に入らぬ至上の美酒だ!!

 まずはこれを飲まれよ!!」


 その俺の叫びが届いたのか――

 森が、揺れた。


「これ――――、は」


 木々をかき分け現れたのは、軽く全長15メートルはある巨体だった。

 その姿をたとえるなら、鹿と猪の合成獣。

 巨大な鹿の角を持ち、猪の鼻と牙といった所か。

 ……どこが神だ。これでは化け物ではないか。


 山の神は、俺をじっと見下ろす。

 圧されるな。恐怖を見せるな。敵意を見せるな。


「さあ。存分に飲まれよ」


 今の俺には魔力は無い。少なくとも獣人たちよりは格段に、魔力に劣っている。

 この山の神からすれば、食指は動かぬみすぼらしい肉にしか見えないだろう。

 そして、芳醇な魔力、神気にあふれた酒がある。

 飲まずには、いられまい――! 


 山の神は、そのまま樽に顔を近づけ、舌を延ばし、酒を飲みはじめた。

 まずは第一フェーズ、クリアだ。


 俺はその場を離れた。



***


 フィーメの生まれた世界には、こういう話がある。


 天界を追放され地上に降りた神が、生け贄を要求する邪悪な竜を退治する話だ。

 八本の首を持つその竜を退治するため、神は酒を用意して、竜を酔い潰れさせ、その首をはねたたという。

 今回、フィーメが用意したのは、それと同じ酒である。

 竜を潰す酒、その威力は果たして――――



「…………」


 山の神は、三本めの樽を飲み終わったあたりで、ゆっくりと目を閉じる。

 眠くなったか。


 そして、それを確認した獣人たちが動き出す。

 縄を持って、山の神に近づき、その手足、身体を縛り始めた。

 起きるなよ……

 そう願いながら、地面に杭を打ち、ロープで固定する。

 ……こんな童話があったな。

 ガリバーン冒険記だったか。小人の国の話。

 ともあれ、こうやって動きを封じて確実に……


『――――グ』


 ……。

 いかん!


「みんな離れろ! ブランBだ!」


 俺が叫ぶやいなや、山の神がその巨体を振るわせる。


『グルォアアアアアアアアアア!!!!』


 もがきながらロープから抜け出そうとする。

 だが、まだ拘束は利いている。


「怯むな、攻撃だ!! 巫女殿の言葉を思い出せ!!」

「おう!!」


 獣人たちが攻撃を加える。


 だが、その程度では傷一つ付かない。


「くそっ、効いてねぇ!」

「ひるむな、続けろ!」

「うぉりゃああああ!」

「うらああああああ!!」


 だが――


『グルォォォォォォ!!』


 山の神が身を震わせ、ロープの拘束から脱した。


「ぐぁっ!?」

「ぎぃっ!!」

「がっ……!」


 獣人たちが、吹き飛ばされる。


「くそっ……なんて力だ……っ」

「おい……しっかりしろ……っ」

「くそ……ッ」

「立て、立つんだっ」


 獣人たちが狼狽える。恐怖に支配されているわけではない。

 圧倒的に力に圧されただけだろう。


 山の神がこちらを見た。


「ひっ……っ」

「……来るぞ」

「……っ」


 獣人たちは動けない。


『グォオオオオオオオオオオオ!!』


 山の神が突進してくる。


「避けろっ!!」


 俺も飛び退って回避する。

 慌ててジャンプしたので、足がもつれて転倒した。



「――カイル殿、この山の神……強い!!」

「ああ……流石は、山の神」


 確かに。だが――まだ、想定内だ。

 今まで、死者は出ていない。


 確かに強いが、これならば――プラン通りなら、勝てない訳ではない。

 ないはずだ。


「よし、みんな! 作戦どおりに行くぞ!!」


 俺は獣人に指示を出す。


「わかったぜ!!」

「了解!!」

「はい!!」


 獣人たちが、山の神に飛びかかる。

 距離をとり、翻弄させる。


『グルゥウアアアア!!! 』

 

 指揮を執っている俺をにらみつけ、突進してくる。

 計算通りだ。


「――今だ!!」


 俺の合図で、山の神の足下から――


『ガァアッ!』


 山の神が吠える。

 だが――遅い。


 飛び出したのは、ルゥムだ。

 地面に穴を掘り、潜んでいたのだ。そして俺たちはそこに誘導した。



 ルゥムが狙うのは、喉元。

 

「ぅわああああああああ!!」


 ルゥムが吠える。


「お母さんの、仇――そして!」


 今、彼女は思いだしている。心に留めている。


 フィーメの語った、「神託」だ。


「あれは異界より現れた神。

 すべてを食らい、

 ――そしてすべてを食らわれる、

 食肉の王」


「故に怒りや憎しみ、

 正義感や復讐心、使命感では倒せない。

 絶対に倒せない、そういう在り方をしている」


「倒すには――」



 そう、倒すためには。

 

「食ってやる!

 母さんを食べた、村の人たちを食べたその肉を!!

 私が――喰ってやる!!」


 ルゥムは叫ぶ。

 そう、それだ。


 その肉を食べるという、強い意志。

 それこそが、かの異世界よりの、山の神を倒しうる牙となる。


 そして――


『グルゥオオオオオオオ!!』


 山の神が苦痛に叫ぶ。

 ルゥムの牙が届いたのだ。

 ルゥムが噛みつき、力任せにその肉を引き裂く。

 鮮血が霧のように飛び散り、喉元の赤い肉が露出した。


 ――今だ。


「シシガミぃ!!」


 俺は叫ぶ。


 フィーメから聞いたその名前を。

 フィーメのいた世界にいた、全ての食肉の王と呼ばれた神の名を。


 シシガミが俺の方向を向く。


 その名を知られているとは思わなかったか?

 異世界に飛ばされてきた神は、お前だけではなかったという事だ。


 フィーメはお前を知っていた。

 あの会議の後、フィーメは獣人たちから聞いた話と、森に感じられる気配からに推測し、確信を得たのだ。


 食の女神は知っている。


 その末路も。


 どうやって、殺されたかも――!!


 俺は弓を引き絞る。弓の扱いは帝国で嗜んだ。

 その鏃の先には――球根がついている。

 そう、球根だ。何の冗談か。まともに戦術を学び、戦いを経験した者からしたら、とても正気の沙汰ではない。

 だが、フィーメの語った物語。


 とある英雄が、シナノという国を訪れた時、白い鹿の姿となった山の神、シシガミが現れた。

 英雄は野蒜――野生のニンニクを投げつけたところ、シシガミは死んだという。

 そう、山の神、シシガミの弱点はこれだ。

 神というものはそういうものだ。

 神話が先に在るのか、事実から神話が語られたのかは知らないが――

 神話にある逸話は、神や幻獣魔獣の弱点を伝えている。


「俺も――帝国でいろんな肉を喰ってきたが。

 神は喰ったこと無いのでな……!!」


 だから――喰ってやるぞ、シシガミ!!


『グゥアアアアアアアア!!』


 激痛に苦しみながらも、シシガミが突進してくる。 

 だが――


「ルゥム!!」

「はい!!」


 俺の言葉と同時に、ルゥムが疾風のように駆け、俺の襟を噛み、跳躍する。

 シシガミの角は、俺のいた場所を大きくえぐったが、それだけだった。


 俺は空中に、ルゥムにくわえられて跳ぶ。


「いい位置だ」


 これならば、脳天を狙いやすい。


「墜ちろ、神よ。そして――俺たちの腹に納まれ!!」


 俺の放った矢は、風を切り裂いて、シシガミの脳天に突き刺さった。



『グルゥアアアアアアアアアアアアア!!!!』


 断末魔の声を上げ、異世界よりの来訪神、山の神シシガミは、倒れた。

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