第7話 悪逆皇子、狼の群れと立つ

「どうするの」

「どうもこうもあるか」


 俺たちに割り当てられた小屋で、フィーメが言ってくる。

 ああ、あざけるなと思う。とんだ貧乏くじだ。


「山の神、だと。

 ああ、そりゃ女神が祠から生えてくるんだ、大食らいな山の神だって出てくるだろうさ。

 だが俺にどうしろというんだ。

 俺は勇者でも戦士でも魔術でもない。ただの追われた悪逆皇子だぞ?」

「うん」

「肯定されるとあれだけどな。

 神に挑み戦い勝利するなど、女神に愛された英雄でもなければ――」


「……」


 フィーメが、自分を指さしている。

 めちゃくちゃさしている。


「……いやまあ、確かに女神ならここにいるが。

 しかし、ただ食べ物を出すだけの女神だ。その力はまさしく素晴らしい奇跡だが、戦いには向かないだろう」

「……うん」

「勝利出来るとは思えん。

 それにみただろう、あの宴を。別れの宴だ。

 それが気に喰わん」

「……どういうこと?」

「搾取され、おこぼれを恵まれる事を良しとする。

 俺が一番嫌いなんだよ、そういう生き方はな。

 それは――」

「……奴隷」

「ああ。あるいは家畜だ。

 それとも獣人とはそういう種族か? だとしたら最初から救えないがな、だが話を聞くと違うのだろう」

「……最強の戦士が、挑み敗北し、喰われた――」

「ああ。悲しい出来事だろう。

 だが、ならばなぜ、その死に報いようとしない。

 なぜ闘おうとせず、最初から諦めるのだ」

「……カイル、怒ってる」

「……怒ってなどいない。呆れて、侮蔑しているだけだ。

 へらへらと笑ってすべてを受け入れる生き方が、どうにも我慢ならん。

 ――――自己嫌悪、同族嫌悪のたぐいなのかもしれんが」


 俺は、ただ逃げた。

 生きるためと言いながら、敗北したまま逃げ出したのだから。

 そう、それが我慢ならない。どこかの馬鹿のようで。


「……そう」


 フィーメはそう言うと、立ちあがる。


「どうした」

「……散歩」

「そうか」


 ……これは、どうやら女神様にも見捨てられたパターンか。

 だが、どうしろというのだ。



「どうにも……ならんさ」


 そうつぶやく。


 そうしていると、扉がノックされた。

 ……獣人もノックはするのか。帝国で言われているほど、原始人でもないわけだ。


「開いている」


 そもそも鍵そのものがなかったと思うが。


「……カイル様」

「なんだ、ルゥムか。

 ……食べ物なら無いぞ。追加で欲しいなら、フィーメに言え。少しくらいなら出してくれるだろうさ」


 だが。、ルゥムは動かない。


「……その」

「なんだ」

「さっきの、話……です。姉様の」

「ああ……カリス神への生け贄、か」

「いいえ、山の神です」

「どちらでもいい。言っておくがな」


 俺は藁のベッドに横たわったまま、ルゥムを見ずに言う。


「目的はあくまで、オーグツ神の教えを広めて信仰を集めることだ。

 だがそれは、宗教戦争をしようというわけじゃあない。

 ここはその山の神とやらの縄張りなのだろう。だったら話は最初から、そこで終わっている」

「……」

「みんなそれで納得している、それがこの森での生き方なのならば……」


「納得……して、いません!」


 ルゥムが強く言った。


「納得……したくない。


 最初に食べられたの、私の……お母さん」


「……何?」


 そう……だったのか。


「そして、次にお姉ちゃんだなんて……

 お姉ちゃん、ずっと、ゴゥルお兄ちゃんのこと好きで……

 やっと、思いが通じて、二人は、つがいに、なれるのに……

 そんな、そんなのって」

「……」

「諦めるしかなかった、でも諦めたくなかった、諦めきれなかった。

 そんな時、カイル様が来て……

 新しい神様の力を見せてくれて、生け贄なんて求めないで、食べ物を出してくれて……っ」

「……」

「だから、、ルゥムは……私は……お、お願いします、カイル様。

 なんでもします。

 なんでもします! 私の身体でも、命でも、なんでせもあげるから、あげますから、だから……っ!」


 そう言って、ルゥケは服を脱ぐ。簡素な作りの衣服はすぐに地面に落ち、俺の前に全裸を晒している。


 だが、裸身などどうでもいい。


 ――その瞳。


 飢えている。

 何があっても、どうあっても、姉の命を、姉の幸せを諦めたくないと言う意志の光が宿った瞳だ。

 けっして、都合よく現れた神の使いに縋っているだけの、惨めな負け犬の目ではなかった、


 ――狼だ。


 餓えた狼だ。


 俺を利用する気満々じゃにないか。


 ――ああ、気に入った。

 奴隷の言うことは聞く気などない。家畜の悲鳴など知った事か。

 だが、これなら――


「俺は、噛みちぎられたくはないな」

「え……?」


 俺は立ちあがり、落ちた衣服を拾い、ルゥムに押しつける。


「俺たちだけでは無理だ。だが、お前以外にも、狼がいたとしたら、話は別かもな」


 そして俺は家の外に――


「……いや。かも、じゃないようだ」


 外には。

 村人たちが、獣人たちが立っていた。

 戦えそうにない幼い子供や女、老人を除外しても――それでも、全員ではないか。


 やれやれ。


「どういうことだ、これは」

「……カイルを、待ってたみたい」


 家の外に立っていたフィーメが言う。


「――あんた、嘘つきの匂いしてるからな」


 村人の一人が答える。


「口や顔で嫌そうに、とっとと見捨てるそぶりしてても」

「匂いでわかんだよ」

「決意の匂い、させてたぜ」

「オーグツ神だっけ、俺たちに食べ物くれた神様」

「その信仰が欲しいんなら、な?」


 ――こいつら。

 鼻が腐っていると断言しよう。俺は最初から、そんな考えではなかった。何が決意の匂いだ、鼻が利かないにもほどがある。


 だが、目がいい。

 ああ、ルゥムと同じ、油断ならない狼の目をしている。


「なるほど。俺たちのような者を待っていたか、屈辱に耐えて」


 雌伏の時というやつか。

 だったら――随分と重荷を背負わされたものだ、俺も。

 獣人どもを利用しようとのこのことやってきたら、そこはなんとも恐ろしい狼の巣窟だった、と。

 だが、いい。

 そうだ、俺の目的は、オーグツ神の……フィーメの信徒を増やすこと、そして力をつけさせること。

 その先にある目的のためにも。


 ならば、こんな辺境の、山の神くらい殺せなくてどうする。


「作戦をたてる!

 むやみやたらと突っ込んでいっても勝てるものも勝てんからな。

 山の神とやらの情報、あるだけ俺に伝えろ。

 それらを知らないものは、今は力を蓄えておけ。鈍った身体を暖めておけ!

 そのために、存分に喰ったのだろう?」

「おお!!」

 狼たちが、吠えた。


 さて――やることは山積みだな。




***


「ひとつ気づいたことがある」


 話を一通り聞いた後、俺は言う。


「お前ら、魔力あるよな」

「え、ええ――」


 フィーメの出した食料を喰ってから、連中の魔力の気配が強まっていた。

 元々、魔力のある獣人だったか。


「そして、山の神は、先に森の魔獣を食べた――と」

「はい、そうです」

「その後で普通の動物を……」

「なるほどな」

「何がなるほどなんですか?」

「山の神は、魔力の高い食事を求めている……ということだろう」

「あ……」


 ならば、魔力の強い獣人を求めるのもわかる。

 そして、フィーメの出した食料を食べた獣人たちは魔力が回復した……そういう効果があるのか?

 ならば……


「よし。ブランは構築した。

 行くぞみんな、神を――狩り殺し、喰い殺せ。

 狼の誇りにかけて」


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