第6話 悪逆皇子、宴にて神の話を聞く
宴会である。
村人はだいたい八十名ほどだろうか。
そのすべてが広間に集まり、俺たちの持参した食料を使った料理を、今か今かと待ちわびていた。
全部だ。
全部使っている。
こいつらに、節約、倹約という言葉は無いのか。
……まあ、気持ちはわかるから文句は言わないけどな。特に、ルゥムより幼い子供たちもいるんだ。その子らに節約しろというのは酷だろう。
というか、今まですっと我慢してきただろうからな。
「皆の者、先ほど軽く話した通りじゃ、改めて……」
村長だろう、長い髭をたくわえた老人が言う。
「食うぞ」
いろいろとすっ飛ばしたな!?
こういう時は村長とか長老とかは長々と話すものだろう、せめて俺たちの紹介とか説明とか……
「いただきます!!」
「いただきます!!」
「うおおおおおおおおおお!!」
そして宴会が始まった。
…………いや、いいんだけどな。
「肉はちゃんと全員に行き渡ってるな!」
「うわ、これおいしい!」
「ああああ肉なんてどれくらいぶりじゃ……」
「うめえ、うめえよお」
とにかく騒がしかった。
こいつらはテーブルマナーのマの字も知らないと見える。まったく嘆かわしいし、腹が立つ連中だ。
「……カイル、楽しそう」
「? どこがだ。食事というものはもっと慎ましやかにだな、行儀よく」
「でも、カイル笑ってる」
「笑ってない」
気のせいだ。
「カイル殿は、食べないのですかな」
村長が言ってきた。
「いただいてますが、少量で構いません。
この食料は、オーグツ神がこの村の獣人たちへと用意したものですから」
「なるほど……しかし、不思議な方ですな、カイル殿は」
「何がでしょうか」
まあ、確かに不思議だろう。いきなり現れて食料を渡してきたのだから。
「嘘つきの匂いをさせているのに、嘘はついておられない」
その村長の言葉に、俺は平静を保った。
「ほう、嘘つきですか。というか、匂い……先ほどもそういう話がありましたが、あなた方は匂いで人の心を読むと?」
「読むというほどではありませなんだが、まあにたようなものです。
あなたは典型的な嘘つきの匂いをさせているが、しかし邪悪でもなく、そして今も嘘をついているわけではない」
「……どういうことかわかりませんが。
きっと嘘をつきすぎてそれが日常になってしまっている、哀れな愚か者なのでしょう」
「さて、どうでしょうなあ。
そしてそちらのフィーメ様は……随分と神々しく清廉な匂いをしておられる。
まるで人間ではないかのような」
この老人、嗅覚がききすぎるな。
だがまあ、今のところ、俺たちに悪意も敵意も無いようだが。
「本当に感謝しています。
このような飢えた時代……神のおかげでかろうじて生きさらばえておるものの、明日も知れぬ状況。
そんな時に、新しく神様のお恵みがこのような形で」
「……?」
言葉に違和感があった。
ルゥムの時もそうだ。
ここには山の神、森の神がいるということだが、それに対して含むものがあるのか。
俺のそんな態度に気づかないのか、村長は宴の一角を見ている。
確かゴゥルと言ったか、俺を監視していた獣人の男性だ。
となりには、ルゥムによく煮た女性がいる。
村人たちは二人を囲んでいるようにも見える。
祝福しているかのように。
だが、その表情にはかげりも――
「結婚式の代わりじゃな」
村長が言う。
「結婚式、ですか?」
「はい。ゴゥルとルゥネ――ルゥムの姉ですが、二人はつがい……夫婦になるはずでした」
「食料が足りなくて、宴が開けなかったというこてじょうか。なるほど、我らの来訪はちょうどよかったわけですね。
新しい夫婦にオーグツ神の祝福があらんことを」
だが、俺の言葉に、俺の杯に水を注いでいたルゥムの表情が陰る。
村長は続ける。
「違うのですじゃ。祝福は――いりませぬ」
「外の、人間の神の祝福は邪魔でしたか。失礼、部族の風習というのを――」
「生け贄です」
俺の言葉を、ルゥムが遮った。
村長が続ける。
「山の神への生け贄です。
生け贄は乙女でなくてはならん。故に結婚式もとりやめじゃったが……
カイル殿たちの歓迎の宴、村人にとっては同時に、ゴゥルとルゥネの結婚の宴の……変わり、でもあるのでしょう。
決して、あなたたちを軽んじているわけではありませんので、ご容赦いただきたい」
「……さすがに、軽く流せるような笑い話ではありませよ、村長」
「……」
こんな時にこんな話。
もしかしたら、この抜け目の無い老人は、俺たちを利用しようとしているのかもしれない。
いや、十中八九そうだろう。
だから、得体の知れない人間を村に招き入れた――
これは罠だ。
俺たちは、俺はこのままいくと利用され搾取される。だから回避らねばならない。
目的は、あくまでも神の信仰を増やし、フィーメに力をつけさせること。
この村に食料を贈ったのはそのためだ。
ならもういいだろう。フィーメも言っていた、感謝は受け取り、力になったと。
なら終わりだ。あとは、ほかの人里の場所を聞き出し、そこに移るだけだ。
だというのに――
「お話、お聞かせいただけますか」
――ああ、だというのに!
俺は何を言っている。
いや、違うな。話を聞くことで信用させる。あとはどうとでも逃げればいい、それだけだ。
「実は――」
そして村長は、話し始めた。
帝国と王国の戦争は続いていた。
この集落は、位置こそ王国に属しているものの、ただそこに隠れて住むだけの獣人の集落だ。
だから戦争の傷跡も無い――
とはならなかった。
魔道災害の余波もあつたが、そりにもまして――ある異変が起きたのだ。
山の神が現れた。
それまで、言い伝えにすぎなかった山の神がも突如として実体をもって顕現したのだ。
あるいはそれは、今まで伝わっていた森と山のカリス神ではない別の神かもしれない。
しかしその強力な気配、神気は、匂いは間違いなく神のものだった。
山の神が救いをもたらす。
獣人たちは、そう喜んだ。
だが――
山の神は、鳥や獣たちを次々と喰らっていった。
飢えにあかせて、無慈悲に、無遠慮に、無秩序に。
動物だけではない、草も虫も魚も、とにかく喰っていった。
山の神の怒りに触れたのだ。
だが黙ってこのまま飢え死ぬわけにはいかない――
村の戦士たちは、山の神に戦いを挑んだ。
そして、帰ってこなかった。
それだけでは――終わらなかった。
『生け贄をよこせ』
そう、森に響きわたる声。
『あの女は、美味かった』
それは、山の神の声。
『月が六度満ち欠けをした後に、また捧げよ』
討伐に向かった獣人最強の女戦士を、喰った、山の神の声だった。
『さすれば、恵みを与えん』
その神の言葉通り。
恵みというにはほど遠いが――半年の間、ぎりぎり生きていける程度の食料は、なんとか手に入るようになった。
しかしそれ以上は手には入らない。
山の神のせいで、鳥も獣もなにもかも、ほとんどいないのだ。
山の神に生け贄を捧げて生きるか、それとも飢え死ぬか――
獣人たちは、半年に一度、神託によって選ばれたた女性を、生け贄として差し出す事になった。
鹿の死体が、その家の前に積まれるのだ。
それが神託だ。
「そして、ルゥムの姉が、次の生け贄に選ばれた」
「はい」
ルゥムが言う。
「だから、力を付けるために、なんとか食料を――って探しに出て、それで」
「俺たちと出会ったと」
「はい……」
ルゥムが何を期待しているかはわかる。
助けて欲しいのだろう、都合よく現れた俺たちに。
だが、ごめんだ。
俺には俺の目的がある。
ここで山の神とやらに刃向かい、戦えと?
馬鹿馬鹿しい。
そもそも俺はただの人間だぞ。
俺は、黙っていた。
黙って――宴が終わるのを、ただ待った。
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