第5話 悪逆皇子、獣人の村なに到着する

 鍋を平らげた後で、彼女は、ルゥムと名乗った。

 狼の獣人だ。



「魚、どうやって取ったんですか?」


「簡単だ。こう、石を河原の岩に叩きつけてな。

 そうすると、衝撃が伝わり、魚は気絶するんだ」

「そんな方法が……」

「非力な人間の考えた原始的な漁法だからな。

 身体的に優れている獣人としてはそんな発想はそもそも無い、ということだ。

 元気でさえあれば、素手で魚ぐらいとれるだろう」

「はい。おなかすいてて、力が……」

「だろうな、わかる」


 空腹は運動能力も、思考力も大幅に削いでしまうからな。


「あ……」


 そこでルゥムはふと気づいたようだ。


「魚……ぜんぶ」

「ああ、食い尽くしたな」

「どうしよう……」


 彼女は、村にも食料を持って帰りたかったらしい。

 まあそうだろうな。

 この森は明らかに死にかけている。

 やっと見つけた魚も――自分たちで食い尽くしてしまった。


 だが。


 これは――好機だ。

 俺は最高の笑顔で笑った。

 にやり、もとい、にっこりと。


「安心しろ」

「え?」

「先ほど気づかなかったか?鍋の中身に魚以外の食べ物があったことを」

「あ」


 夢中できづいていなかったか。


「俺たちは、食べ物を持っている。

 村まで案内してくれたら、その食べ物を提供しよう」

「……っ」


 歓喜と不安が混ざり合った顔をルゥムは浮かべる。

 それもそうだろう。

 何せ、話が美味すぎるのだ。

 もし俺がルゥムの立場でも疑う。


「ところでルゥム、神様を信じているか?」

「え――?」

「神様を、信じているか。あるいは、知っているか。そういう文化が、お前たちにはあるか?」


「――――ある」


 俺の言葉に、少しのためらいを持って、ルゥムは答えた。


「森の神、カリス。山の神。私たちは、それに仕えています。狩りの安全と成功を、自然の生死を司る……神です」


 なんだろう、あまりそこに崇敬の念を感じない言い方だったが。

 だがまあそれはいい。俺は続ける。


「俺も、神を知っている」


 信じている、とは言わないが。


「それは素晴らしい女神様で、俺の命を助けてくれた。いや、お前の命も助けたといってもいいな」

「? それは――どういうことです?」

「こういうことだ」


 俺の言葉に、フィーメは膝を付き、両手を顔の前に組みあわせ、祈りの体勢をとる。


 そして――


「!?」


 ルゥムが驚きに目を見張る。


 フィーメの組み合わせた手から、肉が出てきた事に。


 新鮮な肉だ。

 骨のついた、猪の腿肉あたりだろう。


 どう見ても、少女の手のひらに隠せるものではない。

 それに、ルゥムならわかるだろう。


「匂いも……いきなり、現れました」


 そう。

 狼の獣人の嗅覚が証明したはずだ。、

 今までなかった肉の臭いが、現れたことに。


「カイルさん、これはいったい!?」

「神の力だよ」


 俺は言う。

 そう、これは失われし神の力だ。


「食料を出す、神の力だ。

 俺はこの力によって命を救われた。

 そして、さっきの鍋にも、彼女が神の力によって出した乳や野菜や麦があったんだ」

「そんな……す、すごい……です」


 ルゥムは実に素直だ。見事にこの奇跡を信じてしまった。

 まあ実際に、紛れもなく神の奇跡なんだが。


「オーグツ神という失われた神は、この飢えた時代に恵みと救いをもたらすために、巫女であるフィーメを使わした。

 そして俺は、その威光を広め、人々を飢えから救う旅をしているんだ」

「そんな……ことが」

「ああ。

 飢えているんだろう、君の村は。

 だったら力になれるかもしれない。いや……確実に力になれる。俺とフィーメなら」


「…………」


 その俺の言葉に、ルゥムはしばし悩んだ後、


「……はい」


 俺に村の場所を売り渡し……もとい、案内すると答えた。




「力が回復している?」

「うん」


 道中、フィーメが言った。


「あの少女は別に、お前の信者になったわけでは、あるまい」

「うん。だけど……感謝は、捧げられた」

「ふむ」


 明確な改宗、入信でなくとも、神への感謝であれば、フィーメの力は少しは回復するということか。

 これは使えるな。


「カイルの感謝も、ちょっと力になった」

「……」


 うわあ。

 俺には信仰心がない――だから信者を増やしてお前の力にしてやる。

 なんて言った傍からこれか。


「気のせいだ」


 断言しておいた。


「どうかしたんですか?」


 ルゥムが聞いてくる。なんでもないと答えておいた。


「もうすぐつきますよ」

「そうか。

 ……で、さっきから俺たちを凝視している者たちが居るのは、獣人流の歓迎か?」


 その俺の言葉に、木々の上から飛び出してくる人影がふたつ。

 精悍な男性の獣人二人だった。どちらもルゥムち同じ、狼の獣人のようだ。


「ゴゥルさん、ラゥジさん!」


 ルゥムが彼らの名前を呼ぶ。

 二人は俺をじっと見ている。明らかに警戒している。


「……ルゥム。この人間はなんだ」

「えっと、私を助けてくれた人です」

「助けた……?」

「はい。川で溺れた私を助けてくれて、食べ物もわけてくれて」

「食べ物だと……!?」

「わけ、て……!?」


 その単語に強く反応した。


 ああ、やはり彼らも空腹ということか。

 しかし、なら交渉はスムーズに行くかもしれない。

 俺は樹上の獣人に向かい、両手を広げて話しかける。


「ええと、初めまして。私はカイル・アルアーシュと申します。

 こちらの少女は、巫女のフィーメ。

 故あって、古き神、オーグツ神の信仰を広める旅をしているものです」

「オーグツ……? 聞いたこと無いな」

「ええ、なにしろ私もつい先日その名を知ったほどの、知られざる神様ですので。

 ですが、そのお力は本物です。

 二週間も何も食べずに飢えていた私を、彼女は救ってくださったし、そしてルゥムさんも救ってくださったのです。

 食料をもたらすという、神の力で」


 次の瞬間、


「何ぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!!?」


 獣人たちが、吠えた。

 あと、茂みからも何人か生えた。


「食べ物だしただと!!」

「本当なのルゥムちゃん!?」

「えっ、はい……お肉を」

「肉ぅううううう!!?」

「確かにこの臭い……新鮮な肉だ!!」

「猪じゃねぇか!?」

「バカなありえん!!」

「何かの魔法か!!」

「しかしルゥムもこの人間も、嘘を言っている臭いではない!!」

「魚や野菜の臭いもするんだが!?」

「本当に神の力なのか!?」


 ああもううるさい。

 だがしかし、ここは黙っておいた方がいいだろう。

 彼らの間で話がまとまるのょ待つことにした。


 数分後、ようやく獣人たちは落ち着いた。


「見苦しいところを見せてすまなかった、客人よ」


 いつのまにか客人に勝手にランクアップされていた俺たちだった。

 そんなに欲しいか、食べ物が。

 欲しいだろうな。

 この欲しがりさんどもめ。


「いえ、気持ちは分かりますよ。私だってそうでしたからね。

 戦争による甚大な被害、飢饉。

 そしてこの森の、獣たちの消失。

 本当に――食べ物がないというのはつらい。

 なので、私たちにとって、決して人事ではありませんから」

「それで……カイル、殿と言ったか。

 信仰を広めようとしているという話だったが……」


 直接言うのはプライドが許さないのか、必死に遠回しに会話をしてくる。

 だが、その尻尾を見ればわかるぞ。

 うずうずしているな。欲しいのだろう、肉が。

 このいやしんぼさんめ。


「といっても、複雑な教義があるわけでもありませんし。

 ただ――」


 そして俺は、背負っていた袋を広げる。フィーメも同じくそうする。

 村に行くことになったので、ひとまず追加で出しておいたものだ。


「皆で美味しく食べよう――それだけです」


 肉、魚、卵、野菜、果物。

 重量にして十五キロほど、ここにいる獣人たちが八人、村にはもっといる事を考えると、とても足りないだろうが――


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 彼らの歓喜に、森が震えた。

 

 ――――ちょろすぎないか、こいつら。




***


 俺たちは無事、村に案内された。


 いや、案内というか……

 連れ込まれた、拉致された、かつぎ込まれた、そんな表現こそがふさわしい感じだった。


「感謝が、すごく流れ込んできた」


 フィーメが言う。

 感謝ポイントが贈呈されました、とかそういうかんじか。


「しかし本当に……」

「うん、飢えてる」


 ざっとみた所、なんとか動き回れる程度には食えているものの、やはり皆痩せている。

 彼らを、食わせて満たさねばならないのか。

 そう思案していると、ルゥムが呼びにきた。


「カイル様、フィーメ様、歓迎の宴の準備ができてます」  


 食料を持ってきていなかったら、宴のメインディッシュは俺たちだったのだろうか。

 ふと、そんなことを思ってしまった。

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