第3話 悪逆皇子、女神に誓う
彼女は、どうやら神様らしい。
最初に神の力ですと言ったのは、神官たちが使う魔法の奇跡の事ではなく、本当の意味での神の力だったということか。
彼女は――オオゲツヒメは、こことは違う世界の出身だという。タカマガハラ、と言っていた。
そこで彼女は、豊穣の女神として、食材を出していた。
口や、尻や、股間から。
そしてそれを知られ、汚い、おぞましいと罵られ、そして――斬り殺された。
だが、彼女は神だ。
神は死んだ程度では滅びない。信仰があればいずれまた復活する。
彼女をおぞましい、穢らわしい、醜い、うとましいと思った一部の神たちは――彼女の魂を、追放したのだ。
自分たちのいる世界とは別の世界へ。
それが、俺たちのいる世界、ということだ。
「――気が付いたら、あなたがいた。
私は現状をなんとなく理解した。
この世界の知識はあまりないけど……言葉とかはなんとか。
そして、もう繰り返さないと思った。
だけど、私に出来ることは――食べ物出すことぐらいで」
「なるほど。異世界の女神ならば、食べ物が偏っていることも納得できた」
帝国では何度か出たことがあったが、あまり一般的ではない、ライス。
麦は出たものの、パンは一度も出なかった。
タカマガハラという世界の食文化によるものか。
「……私は、私が食べたものしか、出せないから」
「なるほど。だから、薬を食べたのか。複製し、増やすために」
「……そう」
食べ物を出すための条件ということか。
ということは、より多くの種類の食べ物を食べさせれば、出せるものも増える……ということなのだろう。
しかし。
「神とは、いたとしても天上に在るものだと思っていたが……まさか、肉体を持って目の前に現れるとはな。聞いた事が無い」
「あ、その……ごめんなさい」
「謝る必要はどこにもないさ。何度も言うが、感謝しているし、もう疑わない。
俺は現実主義者でね。
目の前にいて、奇跡を起こした女神を、否定などしないさ。
信仰は、しないがね」
「……しないの?」
「ああ、俺は神を信仰などしない。否定するわけではないし、お前と出会う前から、神という存在が人に奇跡という魔法を行使させることも知っている。だから、認めているが……
信仰はしない。そう教育を受けてきたし、それが正しいと思っている」
「……教育?」
「ああ。フィーメが話してくれたから俺も話すが、こことは離れた別の国……帝国の皇子だ。
元、とつくけどな。
失敗をして、殺されかけ、なんとか逃げ出した。よくある話だ。
帝国では、神や教会は利用するものだと教わってきた。人心をまとめるためにな。
だから否定はしないし認めもするし、場合によっては敬いもする。
だが、信仰はしない。
……もっとも、さすがに女神様本人に、こう何度も救われたら、その信念もゆらぎかけるが」
俺は肩をすくめる。
「俺はお前に感謝するし、信頼もするし、尊敬もする。これは俺の偽らざる本心だ。
だから……」
そこまで言った時、フィーメがふらり、と倒れかける。
俺は受け止め、それを支える。
「……あ、ごめん。
ちょっと力を……使いすぎたみたいで」
「使いすぎた、か。
女神の力も万能で無尽蔵ではないということか?」
「……うん。
神の力は、人々の信仰」
なるほど。そういう話は聞いた事がある。
だから神殿は布教し、人心を集めようとするのだと。
もし、信仰を失えば……神は魔物と成り果てるという話もあるらしい。
最悪、消滅してしまうとか。
「……それは、困ったな。俺は神を信仰するものではないという信念でいままで生きてきた。
こう、一瞬で鞍替えして信仰できるほど、器用じゃ……」
「……かまわない」
フィーメは気丈に言う。
「信仰が欲しくて、やってわけじゃない。
カイルは、倒れている見知らぬ私を助けて、寝床で休ませてくれた。
私に話しかけてくれた。
殺され、追放され、どれだけ時間がたったのか私にもわからない。
一瞬だったようにも、永遠だったようにも思える時を経て――
出会って、やさしくしてくれた人に、何かしてあげたかった、から……」
「……」
俺が、神を信仰できる信仰心を持っていたら……
だが、教育というのは洗脳と同義だ。そう簡単に人は変わらないし、変われない。
だから――
「もう、食べ物は出すな」
俺は言った。
「か、勘違いするな、汚いから食べたくないというわけでは……いや違うな、汚い。人ならともかく、神の口から出たものなど、誰が食べるものか。俺に信仰心は無いのだからな。
だから……」
「……カイル。嘘、へたくそ」
フィーメは笑う。
むう。
「馬鹿を言うな。帝国では兄たちや使用人たちから嘘つき皇子と言われ続けたこの俺だ。嘘をつかせて右に出るものなど」
「それ、ウソがばれてるから嘘つきって呼ばれるんじゃあ……」
「……む」
そういうものなのか。いや、あくまで幼少時の頃の話だ。大きくなってからの俺の嘘は天下一品だったぞ。
「でも人は、食べなくては死ぬ」
「神は信仰心がなくては死ぬのではないか?」
「……それ、は」
……やはりそうなのか。
よし、決めた。
当面の目的も無かったしな、丁度いい。
帝国への復讐は遠大すぎる。いや、そもそも俺は復讐など……
とにかく、人間には、生きるための当面のわかりやすい目的が必要なのだから。
「増やしてやる」
「?」
俺は、彼女に向かい、膝をつき、頭を下げる。
「フィーメ・オーグツ神。
俺はお前の信者を増やし、この世界に根付かせてやる。
異世界よりの追放神などではなく、正しくこの世界の、新しき豊穣の女神として。
それがこの俺、カイル・アル・アシュバーンの誓いだ。
信仰を捧げる事は出来ない。それが俺と言う人間だからだ。
だが、恩義と尊敬と信頼を捧げ、ここに誓おう。
――我が女神よ。
俺は、かならずお前を――この世界の、神とする」
その宣誓に。
異世界よりの女神は、目に涙を浮かべながら、答えた。
「――うん。
我が信徒ではなく、私の友として。
あなたの誓いを、ここに受け取る」
そう、女神は微笑んだ。
これは、子供たちが寝るときに聞かされる御伽噺でも、劇場で上演される英雄譚でもない。
この俺、悪逆皇子カイルと、追放女神フィーメの……
ただの、建国神話だ。
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