第2話 悪逆皇子、病に倒れる


 どれくらいぶりのまともな食事だったか。

 炊き立てのライスを、粥にしている。これは胃の弱っている俺にとてもありがたい。

 

 それに加えて、焼いた肉に果物という食事がどれほど豪勢なものだったか。

 肉も、薄く切ってあって食べやすい。

 そして驚いたのが……


「使っている、のか」

「……うん」


 俺の取ってきた、草の根っこと、水草と藻だ。

 それを米の粥に入れている。


 どこから用意したのか知らない、この米と肉と果物。

 それに比べると、俺のとってきたそれは――食べ物りと呼ばないのかもしれない。普通ならそう思うだろう。

 食べられると理解しても、飢えに苦しんだ者がようやくとってきたみすぼらしい、食べられるだけのゴミだと。


 そう判断して当然だ。


 だが――その雑草を、この少女はわざわざこの料理に入れた。


 それは、思いやり――だろう。

 料理人が、食べさせる人のために考えた、人を思いやる行為。


 人間らしさ、だ。


「――ああ、美味い」


 俺は心の底から言う。


 二週間ぶりの食料、どれくらいぶりかわからない、まともな料理。

 それだけではない。

 この暖かさが――心に沁みた。


 俺が地面を掘り起こし、川に頭を突っ込んで取ってきた、取るに足らない草は――

 ちゃんとした食材なのだと、決してゴミでもなく、無駄でも無意味でもないのだと。


 言葉ではなく、味が、その意思を――伝えてきた。


「塩味が、効いているな」


 俺は言う。


「……うん」


 少女は、その言葉ほ受け流す。きっと見ているだろうに。

 俺の目から流れ落ちる涙。

 その塩味が、多少きつかった。




***


「礼を言おう。君が見つけてくれた食料がなければ、俺は飢え死にしていたかもしれん。

 ええと、オーグツ・フィーメ……だったか?」


「……違う。けど、それでいいよ。

 私、どうやら異せ……異国から飛ばされたようなので、私の名前、言いにくいよう」

「そうか。にしては、流暢にしゃべれているようだが」

「えーと、それは……神の力?」

「なるほど。君は神官か巫女、ということか」


 色々と怪しいが、探りを入れつつ話を合わせることにした。

 俺は軽々と他人を信用はしない。

 しかし恩もある。話くらいはしっかりと聞いておくべきだろう。


 食料の問題もある。


 偶然、隅っこに隠してあった備蓄? そんなものはないと断言できる。

 なにより、先ほど食べた、焼いた肉。あれは新鮮な肉を焼いたものだ。

 捨てられた山小屋の備蓄であるはずがない。仮に魔法で保存されていたものであるなら話は変わってくるが、今の俺でも魔力の気配ぐらいはわかる。


 つまり、この少女、フィーメは俺の知らない何らかの方法で食料を用意したのだ。

 何者かからの供給を受けている可能性も高い。



「ええと、そんなところ?」

「そうか。どこの神に仕えておられる?」

「え、ええと……」


 しどろもどるになる。


「そうだな。恩人に対して詰問するような態度は無礼だった」

「いえ、そんな。

 ……恩人というなら、私だって、助けてもらった」

「倒れていた君をただ運んだだけだ」

「でも、放置されていたら……獣に食べられていたかも」


 フィーメは言う。

 まあ、ここらに獣はいないわけだが。


「それで」


 俺は皿を片づけながら言う。


「詮索はしないが、君はこれからどうするんだ? 行く宛はないようだが」

「それは……うん、行く宛は、ない」

「そうか。俺もない」

「……ないの?」

「ああ、残念ながらな。

 しかし、行く宛はないが、縛られるものもない。まさに流浪の根無し草というヤツだよ。だから、逆に言うなら――どこにでもいける」


 準備が整えば、だが。


「じゃあ……あの」

「なんだ?」

「私も……一緒に連れて行っほしい」


 ふむ、やはりそうきたか。

 さて、目的は何だろうな。信用していない以上、断るべきだろうが――だが、しかし。


「いいだろう。お互い、身よりも頼れる者もない同士だ」


 俺は笑顔を造り、笑う。

 目的がわからないなら、探ればいいだけだ。

 なにより、あの食料――出所を探る必要があるからな。

 危険か安全か、食料の出所がどうなのか、それが判明してから考えるのでも遅くはない。


「すぐに出発、するの?」

「いや。準備を整える必要がある」

「準備……?」

「ああ。体力の回復と、周囲の散策。特に薬草だな」


 まあ、嘘だが。


 重ねるが、俺はこの女を信用していない。

 早く人里に連れだそうとするならば、どこかで誰かと示し合わせている可能性がある。

 俺を生かして捕らえるために、食料を渡し、信用させようとしている――という可能性だってあるわけだ。

 いくらあの料理が美味かったからといって、それだけで絆されるわけにはいかないのだ。


 しばしの間、様子を見て見極めないといけないな――



***


 結論を言おう。


 怪しさは全開だった。

 怪しい以外の何者でもなかった。

 全裸の怪しさが服を着てあるいているようなものだった。


 朝昼夕と三食が毎日出る。


 いやいやいやいやいやいやいやいやかしいだろうさすがにどう考えても!

 どこからともかく、食料を出してくるのだ。

 米、麦、肉、卵、野菜、果物。

 しかもどれも取れたて新鮮としか言いようがない。

 何者かがこっそりと持ってきているのかと思ったが気配はない。

 いつのまにか、あるのだ。

 魔法の気配もない。


 なのに、奇跡のように食べ物が出てくるのだ。


 ――なんだか、考えるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。



 そんな日だった。

 もういいか、出発するか……と考えていたとき。


 朝、目を覚ますと、違和感があった。

 体が熱い。

 この病状は。


「これは……ツゥドゥ病か」


 帝国でかつて流行した事があるという、感染症の一種だ。

 足をみる。

 膿んだ傷口がある。ここから感染したのだろう。


 持っていた荷物に、確か薬が――


 だが、足がふらつき、俺はその場に倒れる。

 やばいな、これは。

 思っているよりも……重症だ。



「……どうすれば、いいの」


 俺の声を聞きつけ、やってきたフィーメが聞いてくる。


「……治すには、フグィーネンと呼ばれる薬草が必要だ。

 それを丸薬にしたものが特効薬となるが……

 しかし、この森には自生していない……

 手持ちの丸薬では、とても足りない」


 薬というものは、一粒飲んだらはい全開♪ というものではない、

 魔法薬なら別かもしれないが、普通に薬草から作られた薬は、とにかく量が必要だ。

 薬で病原体への抵抗力をつけ、栄養を取っていかねばならない。

 だが……足りない。


 どうする。考えろ。

 打ち捨てられれているとしても、山小屋がある以上、近くに村がある可能性は高い。

 だが、今の俺でたどり着くのは無理だ。

 たどり着けたとしてどうする。

 食料と薬を交換するか。だが薬があるとは限らない。

 町に行くか?

 駄目だ、どこにあるかわからない上に、村よりも遠いだろう。

 それに薬は高価だ。手持ちの食料などで交換できると思えない。隠していた金目の物は、帝国脱出の時に使い果たした。


 ……駄目だ、いや考えろ。考えろ……!



「その薬、あるの?」


 フィーメが言ってくる。


「ああ。だが、量が足りないんだ。これっぽっちでは、症状を多少やわらげる程度しか」


「……カイル」


 フィーメが、静かに言った。決意を感じさせる声で。


「私を、信じて……くれる?」


「なに、を――」


 信じるわけがないだろう。怪しすぎる女だ。


 だが。


 ――だけど。



 ――あの味を、覚えている。


 あの時の粥。

 俺のとってきた雑草を無駄にせずに、見事に生かしたあの料理。


 ……認めるしかない。


 存在そのものが信用出来ない。


 だが、だが、悪意や敵意がないこと。

 このまっすぐな瞳――


「わかった」


 俺は、そう言った。

 その直後、


「おい!」


 フィーメは、俺の手にあった薬を――食べた。


「なにを!」


 だが、次の瞬間。


 ぷくぅ、とフィーメの頬がリスのように膨らみ、そして――


 ぽぽん、と。


 大量の、フグィーネン丸薬が彼女の口から飛び出した。



「なっ――!?」


 見間違いではない。

 この手触り、匂い、これは――間違いない。

 フグィーネン丸薬だ。


 なんだ、これは?

 何が起きた?


「私の力は――権能は、これ」


「あ、ああ」


「飲んで」

「う、うむ……」


 俺は拾い集めた薬を三錠、飲んだ。

 必要量は、一日九錠。毎食後に三錠ずつだ。


「――――」


 すっ、と疼いていた熱がひいていくのがわかる。

 そして俺は、意識を失った。




***


 次に目が覚めた時、体の熱も引いていた。

 といっても、魔法のようにすぐに完全回復するしろものではないが、それでも利きめはとても強い。この効果も確かなものだ。

 もはや疑う余地もない。この娘は、薬を複製した!


 それが力――権能だと?


「フィーメ」


 俺は、ベッドの横に座っているフィーメに聞く。


「……」

「あの食料も、そうやって出したのか」

「……!」


 それが答えだ。

 なるほど、俺の目を盗み、何者かから食料調達を受けていた――という線は消えた。

 まさか、作り出していたとは。そういう魔法など聞いた事が無い。

 いや、魔力は感じられなかったということだから、魔法ではないのだろう。神官の使う奇跡は、魔力に依らないというが――


「……フィーメ」


 俺はフィーメに向き合う。


「……!」


 フィーメは、俺の言葉に体をこわばらせた。

 だが俺は構わず続ける。


 深く、頭を下げて。


「――重ねて、感謝する。お前が薬を作ってくれねば、俺は……死んでいただろう。


 ありがとう」


「――」


 返答は、なかった。


「……?」


 頭をあげ、フィーメを見る。

 すると……


「!?」


 想像を超えた光景がそこにあった。


 ぽろぽろと。


 大粒の涙を、流していた。


「……え? え?」


 いや、わけがわからない。俺はお礼を言ったんだぞ。助けてもらったのだ、だから感謝の言葉を告げた。決して責めてはいない。

 それとも、どこかの内通者かもと疑っていたことを謝罪するべきだったか!?

 しかし次のフィーメの言葉は、俺の予想外のものだった。


「……気持ち悪く、ない、の……?」


 フィーメは言う。


「だって、わたし、く、口から……口から……っ!」


 ……。

 ああ、なるほど。そういうことか。


 彼女は、口から薬を吐き出した。

 そして、今まで俺たちに振舞った食材も――口から出したのだろう。


 信じられないが、目の当たりにてしまった以上は認めるしかない。


 そう、口から吐き出した。


 言い方を変えたなら、それは吐瀉物だ。反吐だ。下呂だ。

 嘔吐したのだ。


 そしてそれを――食べさせた。


 なるほど、怒って当然、不潔だおぞましいと嫌悪して当然なのだろう。


 ――ばかばかしい。


「だから何だ。

 フィーメ、お前が出してくれた食べ物で、薬で俺は救われた。感謝こそすれ、嫌悪などするものか」


「でも……私、汚いって……おぞましいって……」


 誰かに、そう言われたのか。


 ――くだらん。


「知っているか?」


 俺は帝国で学んだ知識を総動員して、言う。


「はるか南の王国ではな、ジャック・オー・猫という動物の糞から珈琲豆を取り出し、焙煎して飲む。俺も飲んだことがあるが、中々に美味だった。

 像の糞から取る紅茶もある。

 ヴという鳥が一度飲み込んだ魚を吐き出させる漁もあるし、鳥の胃袋で発酵させた魚を食べる話もある。

 キビヤックという、アー・ラザッシという獣の体内に鳥を詰めて発酵させた後、その鳥の肛門かに内臓を啜って食らうという食品すらあるんだ。

 あと、牛や豚の舌そのものを焼いて喰う料理もあるな。

 さて、そういうのに比べたら……


 口から出した食べ物など、どこが汚い、どこがおぞましい?

 無知なものが狭い了見で吐き捨てた侮蔑の言葉など、笑い飛ばして捨ておけばいい」


 かつて師である賢者から教わったことがある。

 古今東西に様々な食文化があるということを。

 それらに比べれば、口から食べ物を出すくらい、問題ではない。


 そう俺は言った。伝えた、感謝と共に。


「……っ、うぇ」


 より大粒の涙を、フィーメはぽろぽろとこぼし、


「うわぁああああああああああああああああああん!!!!!!」


 子供のように泣きじゃくりながら、俺に飛びついてきた。


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