悪逆皇子と追放女神の異世界建国神話――その女神は口やお尻から食べ物を出す――

十凪高志

第一章 悪逆皇子と女神 編

第1話 悪逆皇子、餓える


「腹減ったぁ……」




 こういう台詞から始まる物語では、大抵の場合、村や町にたどり着いたところで倒れ、そして現れた少女あたりに一宿一飯の世話になるところから始まる。




 だが、現実は違う。




 これは、子供たちが寝るときに聞かされる御伽噺でも、劇場で上演される英雄譚でもない。




 現実だ。




 まごうことなき単なる現実として、この俺、カイル・アル・アシュバーンは飢え死にしかけていた。 




 人里などどこにもない、深い森だ。


 森であるなら食べ物もある、と普通は思うだろうがそうではない。




 まず、時期が悪いのか、木々に果実はなっていない。


 そして、食用に適した草も無い。


 そもそも土地そのものが枯れているのだ。


 かつては肥沃な土地だっただろうこの森も、土地は枯れてしまい小さな草木が壊滅している。


 そしてそういう森だ、獣もいない。


 生態系が完全に壊れている。にも関わらず、木々だけは青々と茂っている。いや、黒々と言った方が正しいか。




 不気味な森だ。




 かつての魔道災害の傷跡だろうか。それともも最近の帝国と王国の戦争か。


 ともあれ、そんな森だ。食べるものが無い。


 そしてもう二週間だ。俺はもう二週間ほど、なにも食べていない。


 幸いにも、水はなんとか確保出来た。


 川もあったし、時折雨も降る。


 それがなけければとうに死んでいただろう。




 だが――そろそろ限界だ。


 かつて帝国で学んだが、人間は食べなくても三週間は持つという。


 だが、それはあくまでも「持つ」というだけだ。


 行動に必要なエネルギーをすべて生命維持に回し、なんとか生きていける、死なないというだけだ。


 遭難して救助を待つ、という状況ならばよい、まだ希望はある。


 だが、違う。俺の場合は、違うのだ。






 なにしろ、この俺は――




 生まれ育ったアシュバーン帝国から、悪逆皇子の汚名を着せられ、もはや死んだ事になっているのだから。






「アシュバーン帝国第十二皇子、カイル・アル・アシュバーン!! 魔族と通じ国家転覆を企んだ罪で逮捕する!!」




 帝国に忠実な騎士、兵士たちが一斉に俺に向かって刃を突きつけたのは、もはやどれだけ昔だったかわからない。




 ほんの数日前だったようなも、何年も昔だったようにも思える。




「私という者がありながら、魔族の女と通じるとは――なんと穢らわしい!!」




 婚約者である、ドゥミアーデが吐き捨てる。


 この女が、俺をはめた一人だ。


 俺に裏切られた絶望と悲痛と怒りに満ちた表情の裏に見て取れるのは、嘲りと愉悦。


 ――なるほど、俺の敗北ということか。




 もちろん俺は、魔族と通じてなどいないし、国家転覆を企んでもいない。




 魔族の奴隷を一人手に入れただけだ。




 ただ、やはり貴族の一人から奪ったのが問題だったかもしれない。


 そいつは人間以外の種族……亜人を集めては拷問凌辱して殺すのが趣味という、典型的な貴族様だった。


 断っておくが、その所業に義憤を抱き正義の裁きを下してやった――わけではない。


 貴族間の派閥争いを静観し、計算した判断の結果だ。そいつと敵対している貴族についた方が、利があった。それだけだ。


 ――まあ、結果としてミスだったわけだが。




「ああ、ルーファス様。私はとても悲しゅうございます」


「そなたの罪ではない、ドゥミアーデ嬢」




 俺の兄と、なにやら三文芝居を始めた。そういうことか。


 ルーファスゲイル・フォン・アシュバーン。第三皇子。


 貴方が黒幕だったか。


 ――この女程度が俺を出し抜けるとは思っていなかったが――これなら納得がいくというものだ。




「貴方との婚約は破棄させていただきますわ、カイル様」




 好きにすればいい。最初から打算の上でしかなりたっていなかった婚約だ。




 騎士たちの槍が俺を囲み、動きを奪う。




「全く、これが皇子とは」




 貴族のデュラル子爵が笑う。


 俺から言わせれば、こんな男が貴族とは……と思うのだがな。奴隷マニアの下衆。


 まあ、ある意味では貴族らしいが。




「このような者、帝国の恥曝しです」




 不快感を露わにするのは、ツィーゲイル子爵だ。


 貴様に恥を感じる矜持があるとはとても思えんがな、売国奴め。


 その情報を握りつぶせてさぞほっとしていることだろう。




「なんとも悲しいことです」




 騎士団長のリィンロッドが言う。よく言う。


 顔が笑っているぞ。




 ああ、だがしかしこの場で殺す気はない、か。なるほど、敗北感と屈辱を存分に与える気か、兄上よ。


 ――なら、それでいいさ。


 生きてさえいれば、なんとでもなる。






 結局、俺は処刑された。




 ――と言っても、実際には逃走したわけだが。表向きには処刑は成功したことになっている。




 俺だけの力で逃亡する事は不可能だった。


 故に、打てる範囲で様々な手段を講じ、犠牲も払った。


 そうしてなんとか帝国を脱し、隣国の王国までやってきたわけだが……


 路銀も食料もとうに底をつき、人里もない。


 全く、辺境というものがここまで過酷なものとは、勉強になった。




 さて、このままでは座して死ぬのを待つだけだ。


 だがしかし、本当に困ったことに、何か行動を起こすとしても、ただ歩く以外の事しかする事がない。


 そして、そろそろ歩くことすら出来なくなってくる頃合いだろう。




「ああ……腹が減った」




 この台詞をどれだけ口にしたことだろうか。 




「……む?」




 ふと、視線の先に何かが見えた。


 あれは……




「山小屋、か……?」




 ということは、人がいるのか?


 俺はなんとか、体に力を入れ、そこまで歩いた。






 結論から言うと、はずれだった。


 どれだけの間打ち捨てられていたのか、山小屋といえば聞こえのいい、廃屋だった。




「まあ、雨風をしのげるのはよいか」




 魔物どころか獣すらいないこの森でも、野宿はやはり体に応える。


 屋根かあるというだけどどれほど救われることか。


 これが贅沢である。


 これが文化というものだ。


 俺は今、ハラガヘッタと鳴き声をあげるだけの動物から、人間へと進化を果たしたと言っても過言ではないのだ!




「見ろ」




 俺は言う。


 ここには、かつて誰かが使っていたのだろう。


 板の上に藁を敷き詰めたベッドがあるのだ!


 土の上に申し訳程度にマントを敷いて寝るようなものじゃない。ベッドだ。ベッドだ!!




「くく、く……」




 少し湿った藁の感触。そして、なんという幸運だろうか、カビ臭さも無い。つまり清潔ということだ。


 ここにマントを敷くと、寝心地は格段によくなる。


 帝国でもここまでの寝心地の良さはなかったぞ。




「ここが俺の――帝国だ」




 ああ――




 何を言っているんだ俺は。


 ちょっと礼冷静にならなければいけない。せめて城だろう。いやそうではない。


 ちょっとテンションがあがりすぎてしまった。


 事態そのものは好転していない。


 だが、朽ちかけた廃屋とはいえ、山小屋があるということは、移動できる範囲に人の住む村か何かがあると思っていいだろう。


 身体を休めて、ここを拠点にとにかく食べ物を探さないといけない。水ももう尽きかけてきているし、水源の確保も急務だ。


 とにかく、生きなければ。




 ああ――




「腹が、減ったなあ……」








 寝覚めは最高だった。


 日も落ちないうちからベッドで意識が落ち、そして昼近くになってようやく目を覚ます。


 どれだけ疲れていたのか。どれだけ普段の野宿が、区が休まらなかったか。


 どれだけ――このベッドが最高だったか。


 空腹は変わらずつらいが、しかしよく寝ただけでこれほどまでに気力体力が充実するとは思わなかった。




「さて……周囲に食べられるものがあればいいのだが」




 俺はふらつきながらも周囲を散策した。


 やはり、鳥も虫も獣もいない。


 だが――




「これは……食えるな」




 草が、生えていたのだ。


 俺は引き抜いて観察する。野草には毒がある物も多い。


 生憎と、葉は食べられるものではない草だったが……根ならいける。


 帝国流植物学が役に立った。全く、師匠には頭があがらんな。




「さて……」




 土を払い、根をかじる。




「――――――――ああ、美味い」




 単純な味でいうならば、お世辞にも美味ではない。


 だが、二週間ぶりの食料だ。


 空腹は最大の調味料なのだ。まずいわけがない。




「だが注意しないとな……」




 何日も食べていないときに急に食べれば、胃が食物を受け付けない。


 帝国流我慢術を思い出せ。


 今はただ、かじるだけだ。


 これは後で柔らかく煮て、時間をかけて食べるのだ。


 水も探さねばならない。




「――あった」




 俺は自分の幸運に感謝する。


 川だ。




 魚は……いる様子はない。


 だが。




「藻だ……!」




 これは食える。


 笑いが口から漏れる。


 これで虫でもいれば最高なのだが、そこまで贅沢は言っていられないだろう。




「ははは、水草まである」




 ここは桃源郷か何かか。


 俺は皮袋に水を汲み、藻と水草を取り、意気揚々と帰路についた。




「ん?」 




 ふと空を見ると、何かが見えた。


 あれは――


 落ちてくる光。あれは星ではない。だが――なんだ?


 魔物だろうか。


 もしそうなら――今はまずいな。


 今の俺は疲労と空腹で、特に空腹でんなり弱っている上に、魔力も使えない状況だ。


 だが――




 だからこそ、確かめねばならないだろう。


 相手を確認し、対処法を想定する。


 食えるなら喰う。


 今の俺は、それだけでいい。




 そうこうしているうちに、光が地面に落ちた。




 光のある方向へ森をかき分けて進むと、それはみすぼらしい祠だった。


 その祠が光っている。






 危険なもの、邪悪なものは感じない。


 俺は注意深く近づいてみる。


 石造りの祠だ。扉などはない。


 その内部が光っている。




「――?」




 不意に、光が強くなった。




 これは……




 そして。




 光の中から、何かが飛び出てきた。




 いや。




 転げ落ちた。




「きゅう」




 そんな声を出して地面に落ちたそれは、




「女の子……?」




 見慣れない服を着た、黒髪の少女だった。


 貫頭衣という奴だ。


 奴隷服のようにも見えるが、作りは上質のものだった。


 翡翠や瑪瑙を繋げた首飾りやブレスレットを身に着けている。




「さて、状況を整理しよう」




 俺は空を見上げて言う。




 俺、濡れ衣を着せられ殺されかけたので逃げてきた帝国の元・皇子。


 帝国を抜けだし、なんとか隣国の森に逃げ延びたところ、飢えに苦しみ死にかけた。


 そしてなんとか山小屋を見つけたら、祠から女の子が転がり落ちてきた。




 ――さあて。


 問題しかないな。これは。


 とりあえず……




「このまま放置は――さすがに寝覚めが悪いか」




 俺は、この少女を山小屋まで連れて行くことにした。


 決して、誘拐などではない。ただの保護だ。








「さて、どうするか」




 山小屋で俺は考える。


 荷物が増えた。


 状況はなにも好転していない。


 食料はなんとか確保できたが、一人分も無い微々たるものだ。




「……明日か」




 ここで先に食ってしまうという選択肢など、最初から無い。


 それは匹夫の考える事だ。あるいは、俺を貶めた貴族たちのような。




 ひとまず寝よう。


 この少女は藁のベッドに寝かせておく。


 尾根があり雨風がしのげる以上、ベッドがなくても俺はまあ問題ない。




 俺は目を閉じた。


 疲労がたまっている。空腹もだ。それらがあわさり、泥のように俺の意識を沈ませていった。








「ぐっ、があっ、があああああああああああああああああああああああ!!!!!!」




 激痛が俺を苛む。




 帝国最先端の麻酔薬も、神官の施す鎮痛の奇跡も効きはしない。


 否、効いているのだ、これ以上も無いほど。


 そうでなければ確実に、この激痛に魂を焼かれ、死んでいるだろう。




 この処置はそれほどに、痛みをもたらす。


 殺せ、と叫ぶ患者、被験者も多い。


 拷問の一種として用いられる事もあるほどだ。




「ぐあっ、ぎっ、ごああああああ!!!!!」




 だがその激痛など、生きるための対価と思えば安いものだ。


 これは、この俺自らが望んだことだ。




 生きるために。


 生き残り、生きのび、そして――復讐するために。




 ぐああああ、があああああああああああ。


 あああああああああああああああああああ。




 自分の喉から、血と共にこぼれる声が遠い。




 もはや俺が痛みを感じているのか、それとも痛みが俺を感じているのか、どちらかわからなくなってきいてる。


 男たちの手が、俺の内部に入り、引きずり、むしっていく。




 いつまで続く。


 いつまで続くのだ――この痛みが。




 ああ――――




 いたい。




 誰か、誰でもいい――――俺を――――










「ん……」




 ふわりとした感触が頬に触れ、俺は目を開けた。


 目の前には、俺の顔を覗き込む少女の顔があった。




「……おはよう」


「……ああ」




 誰だこいつ。


 見慣れない異国の服を着ている。


 ――あ、そうか、昨日の。






「ごはん、できてる」




 少女はそう言った。


 ……ごはん?




「ここは森の中だ」


「……うん」


「この小屋も打ち捨てられた山小屋で、備蓄はなかったはずだが」


「そうだね」


「俺の持っていた食料もほとんどないぞ」


「はい」


「……それで、朝ご飯か。なるほど、笑える冗談だ」




 そう笑い飛ばそうとして。


 ……?


 この匂いは。




「……ライス、だと……?」




 それも炊き立てのライスの香ばしい匂いだ。


 それだけではない。


 肉を焼いた匂いもある。


 なにがどうなっている。これは夢か?




「えっと、あなたが寝ているときに、一足先に目を覚ました。そしたら偶然、隅っこにまだ残っているお米とかあった、ので、だから……作った」




 ……怪しい。


 俺の帝国流観察術が、この少女は嘘を言っていると告げていた。


 だが。


 同時に、悪意のある嘘ではないとも告げていた。


 ……まあいい。毒を食らわばなんとやら、だ。




「そうか。案内してくれ。


 ああ、俺は……カイルだ。お前は?」




 俺が名乗ると、聞き慣れない言葉、確実に帝国やこの王国の言葉ではない名前を、少女は名乗った。






「私は……オオゲツヒメ」






 それが、俺と彼女の、出会いだった。

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