3. 雨

ずっと雨が降っていましたね

午前中ずっと 午後まで 夜中いっぱい あけがたまで

ずっと雨が降っていたようですから

雨の詩を書こうという人も多いに違いない

私もひとつ「雨」という題で

ありったけの語彙を駆使して

一篇ものにしてみたいと思う


一日中ずっと 朝も昼も夜も その谷間一帯には

灰色の雲がかかり すこし青みがかった霧もかかっていた

気を抜いたらすぐに気が遠くなって くらくらしてしまうような風景だった

この世に自分ひとりしか もしかしたらいないんじゃないだろうかという

突発的だが 断続的 しかしながら私の神経には致命的な悪運が

目の前をさらにもやで曇らせるようだった

私はその谷間を見やり、凝視し、握りしめ、心の内で秘かに抱きしめるようにして

空を見上げた 天を仰いだ 首を傾け、暗い雲がささやく声に

耳を傾けようとした

私は何かを感じ取ろうとした 何か啓示のようなもの

何か直感的なことづけ、何か美しい付託のようなものを

感じ取ろうとした

意識が消えていった 少なくとも言葉でたどることのできるような意識の流れだけが

どこかへ消えていくようで 消していくようだった


いや、すべてが嘘だ

部屋の中で詩を書いている私の前に谷間など広がってはいないし

私の記憶の中にある雨の風景は、うつむいた視線の先に広がる

路傍の泥、泥、泥、人々の靴でもみくちゃにされた、

   なまずのてかてかした肌のような、

視界の端から端まで何かの嫌がらせのように敷きつめられた

冷たい、ところどころに(どういうわけか)血の混じった泥だけだ

そこにあるのはイメージだけだ、私に用意された語彙など何もありはしない


私は心にも思っていないことをぶつぶつとつぶやくという悪癖がある

身近なもので美しい詩がひとつでもふたつでも 書ければいいと思ったのに

頭を巡らせれば巡らせるほど 嫌なことばかり

意味のわからないことばかり浮かんできて

雨でも何でも 詩の中で取り上げようとすることはすべて

途端にすっからかんの空洞になってしまって

   (このすっからかんだなんて安っぽい修辞も本来の私にはふさわしい!)

何の感情も感性も そこにはなくなってしまって 詩なんか書けなくなってしまって

小さな雨粒だけ そこにただ確かに存在するのは雨粒 雨粒

ただの雨粒だけだ


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