第54話 婚約者〜3〜
「…ルード。」
ルードは私の言葉に「わかっている。」とでも言うように頷いた。
「私婚約者が決まったの。アルジエル家長男のマートル様。」
「そうか。」
ルードはただそう言った。
少しして口を開いた。
「でも、よかったじゃないか。
本人の性格に関しては一切悪い噂がない人だろ。」
「よかった」というルードの言葉は私の婚約を心から思っての言葉だったが、それと同時に無理をしている感じが伝わってきた。自分から話を切り出しておきながら、私が泣きそうになっていた。
何度自分の中で気持ちを切り替えたつもりでも…心の中がぐっちゃぐちゃ…どうしたらいい?
そんな感傷に浸っていた時にふと気が付いた。本人の性格に関しては?
「何か含みのある言い方よね。何かあるの?」
「待て、エリーは知らないのか!?」
ルードは少し考えた後口を開いた。
「確かにタブーになってる様子はあるけど、」
ルードは小さな声で話し始めた。
マートルには元々婚約者がいた。相手は第二特権階級の娘で、頭がよく、剣技などもよくできた。一部からはそんなに好いているのであれば側室にでもすればよいという意見も出ていたが、どこかの貴族の養子にねじ込んで婚約させる方針で話が進んでいた。しかしそんな時、コーリアス派の貴族がその女性を無理やり養子に抱え込んだ。目的はアルジエル公爵家にちょっかいをかけたいがため。婚約による家同士の関係は否が応でも影響が大きくなる。
とはいえ、マートルもコーリアス派に属する人間と婚約することの意味は分かっている。結局マートルは婚約を破棄することにした。かなり揉めたらしいがどうにか婚約は破談となった。
「そんなことがあったのね。」
「本当に知らなかったのか?」
ルードは驚いたように身を乗り出した後、あり得ないとでも言うように首を振った。
どうなんだろう?もしかしたら聞いたことがあるかもしれないけど…お父様が知らないなんてことはまずないだろうし。
「おそらく初耳だと思う。」
「本当か~?」
ルードは面白そうに笑っていた。不意に私をからかうそのルードの顔がぼやけた。
これ以上一緒にいると耐えられない、そんな気がして私は席を立った。
「ありがと。じゃあ。」
私はそれだけ言った。
「ああ。じゃあな。」
ルードもそう言っただけだった。
一人で歩きながら涙があふれそうだった。もう一度顔を合わせてしまえば決心が揺らいでしまう。でも、ルードに追いかけてきてほしい。もう一度私を見てほしい。そんな気持ちが湧き上がってきた。けれどルードが私を追いかけてくることはなかった。私もルードの方を振り返ることなく歩き続けた。
「エレノア様。夕食のお時間ですよ。」
ルイーシャが呼びに来た。
「要らない。」
「そうですか…」
扉のパタンと閉まる音が聞こえた。私の部屋には私が書類をめくる音だけが響いていた。
少しして外でガタガタッという物音がして、扉がノックされた。
「エレノア様。ルイーシャです。入ります。」
ルイーシャは私の返事を待たずして部屋に入ってきた。
「食事はこちらに置かせていただきます。部屋の前で待機していますので御用があればお呼びください。」
「ルイーシャは?」
「私だどうかしましたか?」
「…だから私が食べ終わるまでずっと待ってる気なの?食べるかもわからないのに。」
「私は本日毒見でしたので既に。
ゆっくりで構いませんからね。
冷めてしまいましたら新しいものをお持ちしますのでおっしゃってくださいね。」
ルイーシャは再び扉を閉めた
「ありがと。」
私しかいない部屋で一人ぽつりとつぶやいた。
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