第55話 婚約者〜4〜
「エリー、少しいいか?」
お父様だった。
「今は一人にしてください…」
私は夜遅くまで一人で商会の仕事をやり、疲れ切ってから寝るという生活を繰り返していた。そっちの方が嫌なことを考えなくていい、考える時間がなくなるから。
食事もルイーシャが部屋に運んできてくれるのを食べていた。お父様たちと顔を合わせて食べると触れられたくない話を聞いてくる気がしていた。
「エリーが知っておくべきことだ。」
「わかりました。」
「エリーはマートルに元婚約者がいた話は覚えているか?」
「はい。」
「マートルと元婚約者は非常に仲が良くてな。元婚約者がアルジエルの屋敷に泊まることもあった。
そのせいでな、コーリアス派では今エリーとマートルの婚約に反対する動きが強くなっている。」
「私だって好き好んでの婚約じゃないんですよ!!」
ずっとため込んできた気持ちが堰を切ったようにあふれ出してくる。
「…わかっている」
お父様は私の肩に手を置いて言った。
「私だって…もっと自由に…」
私が落ち着いてからお父様は口を開いた。
「コーリアス派の言い分はこうだ。
マートルは元婚約者を傷物にしているのだからマートルは元婚約者と結婚するべき。そして、エリーは学園でライバルだったドーランと婚約するべきだ。」
気持ち悪い!! 何をどうしたらドーランとライバルになるの!?
本当に頭がお花畑としか思えない。
「訳が分からないのですが。無茶苦茶じゃないですか。
もしかしてドーランとお見合いしたら、毒盛ってよかったりしますか?」
うまく動かせない口角を上げてニヤッと笑って見せた。
ただの強がりだ。私の声は言葉とは裏腹に震えていた。
「ドーランとの婚約はさせない。安心しろ。私がどうにでもする。」
「…はい…ありがとうございます。」
「それにしてもどうして私まで?」
「それはエリーの商会のせいだろうな。エリーが嫁入りするという形式上、エリーの立場はどうしても弱くなる。そうすれば、手に入れたも同然だからな。」
「そういうことですか。そんなことになるくらいならバチストお兄様にでも商会の権利を譲りますよ。」
「さっきも言ったが、そんなことにはならないようにするから安心しなさい。
ただ、マートルの方はそうもいかないだろうな。
とにかくこの婚約がどうなるかわからない。それだけは伝えておこうと思ってな。」
「わかりました。」
お父様が出て行った部屋で私はどうしていいかわからなくなった。
私だって好きでマートルと婚約するわけじゃないのに、この言われようは何?
コーリアス派閥に飼い殺しにされるのもなんて絶対嫌!!
なんでそんな自分たちの目先のメリットばかりを見て動くの?成功する保証も薄いのに、将来的に見たらあんまり価値のある方法とは言えない…
価値のない…そういう…
「…エリー、大丈夫? お父様から色々聞いたのだけど。」
次の日学院でミリアがおずおずと口を開いた。歩きながらの耳打ちだった。
「何が? もちろん大丈夫よ。コーリアス派との婚約はアルジエル派の貴族が許すことはないわよ。
その可能性さえなければ本当にどうだっていいわよ。何を言われようがね。単に自分たちに実力がないことをわかったうえで、他人に依存しようとしてるだけだもの。あんなの自分は何も取り柄のない人間ですって言ってるようなものよ。あんな奴らからしたら、相手が落ちぶれてくれても、寄生主になってくれてもどっちでもいいのだから。
今は、リリアとミナの安全を最優先で考えるべきよ。マートル様の元婚約者に使ったのと同じ手を使う可能性もあるのよ。」
「…エリーは本当に大丈夫なの?」
ミリアは心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫よ。悩まされるだけ時間の無駄だもの。そう、私たちの時間をいちいち割く価値もないのよ。」
私はミリアの目を見てにっこりと笑った。
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