第53話 婚約者〜2〜

「初めまして。マートル・フォン・アルジエルです。本日はわざわざご足労いただきありがとうございます。」

玄関口で感じのよさそうな青年はそう言ってニコッと笑った。


「マートル様自らのお出迎えとは恐れ入ります。

こちらこそ本日はよろしくお願いします。」


「ではご案内しますね。こちらへどうぞ。」


マートルは玄関前の少しの階段でさりげなく手を貸してくれ、屋敷に入るときは私を先に入らせた。

私はマートルに案内されるがままついて行った。


先日お父様から言われたお見合い相手はアルジエル家長男マートル・フォン・アルジエルだった。そして私はアルジエル家で面談をする運びとなった。


私はマートルが引いてくれた椅子に座り、マートルも向かいに座った。

「改めまして、マートル・フォン・アルジエルです。以前に一度お会いしたことがあるのですが覚えておいでですか?」


たしか、クレアさんがホームパーティーに誘ってくれた時にだったか。


「まだ私が初等部の頃ですよね、覚えております。」


「そうですか。覚えていただいておりましたか!」

マートルは文字通りの笑顔でそう言った。


そこから大したことは話していなかったが、マートルが急に切り込んできた。

「そういえば、学院で仲の良い方がいらっしゃるようで。」


「先ほども話したミリアたちですね。」


「そうではなく男性で。」


「ルードのことですか?」

少しマートルを睨みながら言った


「そうです。その方です。」

マートルは私の視線も意に介す様子もなかった。


「ルードかどうかしましたか?」


「エレノア様は彼に好意を抱いておられますか?」


彼の表情ははじめ会ったときから何も変わっていない。その表情で今の言葉を言われるのはすごく腹が立った。その変わらない笑顔がずっとヘラヘラ笑っているように見えてきた。

腹立たしい感情を隠すことなく口を開いた。

「たとえそうだとして…だから何なのでしょう。

貴族の間では個人の感情を無視した婚約も珍しくないですよね?」


「ええ、確かに。全く珍しくないですよ。

好意を持たれているのなら婚約発表を遅らせましょう。」


本当に腹が立った。お父様の顔に泥を塗ることがないのであれば、今すぐ席を立って帰りたかった。


「それはどういう?」


「もし婚約することになった場合はということですよ。

婚約発表するまでは、その男と今と変わらず会えるでしょう?」


「どうしてそんなことを言うのですか?」

私の口調は相変わらず強かった。


「私も好きな人と一緒になれないことの辛さはわかっているつもりですから…」


初めてマートルの表情が変わった。何かを思い出している、懐かしんでいるような優しい顔でこっちを見ていた。しかしそれと同時に、唇を嚙みしめ何かを後悔している様子もあった。


「結構です。初めからいつか必ずこうなることはわかっていましたから。」

私の言葉は強かったがさっきまでの感情的なものとは違い、自身の信念からくるものだった。


「そうですか。すごいですね。」

マートルは張り付いたような笑顔とはまた違った笑顔で言った。「すごいですね。」という言葉は彼が独り言で言ったのかほとんど聞き取れなかった。


「本当に申し訳ない!!」

マートルが突然頭をがばっと下げた。

「先ほど何か気に障るようなことを言ってしまったようで。

私自身何も気づかず、話していくうちにますます怒らせてしまったようで。」


「顔を上げてください、マートル様。

ルードのことを少し整理しきれていない私の未熟さゆえですから気になさらないでください。」


「いえ、エレノア様は十分大人ですよ。

さて、今日はこのくらいにしておきましょうか。

そろそろ日も暮れているでしょうし。

本日はありがとうございました。」

そう言ってマートルは立ち上がった。


マートルが好きな人と一緒になれない辛さをわかるといったわけを聞くことができないまま、アルジエル家の屋敷を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る