第49話 疑惑と不安〜2〜
一日経って少し頭が冷えた。昨日は何かしなきゃいけないのに何をしたらいいのかわからない焦燥感が頭の中を駆け巡っていた。
でも今はどうしたらいいか落ち着いて考えることができる。
手紙の内容にやましいことは一切ない。ほかの人に見られえてもダメージはない。
自分が送ったものも下書きは残っている。
確かに王国には私とカナリアの文通のことを知ってる人はいない。だから、言わなくても今後も何もないかもしれない。
でも、今思い返すとそう楽観的ではいられないかもしれない気になる点もいくつかあった。
私が製鉄事業を始めてすぐにその内容の手紙が送られてきていた。商人経由で伝わった可能性の確かに十分にある。でも、関りがあった商人には全員に事業が完全にスタートするまでは口外しないようにお願いしていた。炉の作り方を帝国が占有していて一切公開していない状態だったからだ。
手紙が運よく最速で送られてきたなら別だが、そうじゃない可能性の方がどう考えても高い。どうしてかはわからないが、正しくない方法で情報を知ったと考えるのが自然だ。
なら誰から、カナリアが帝国の貴族という立場のことを考えると密偵がいても不思議じゃない。他に可能性としてありそうなのは村から追放された元村長たち。それと開発中に話の広まっていた貴族たちの誰かだ。けれども申し訳ない話、彼らが野垂れ死んでいることはすでに確認済みだ。
そう考えるとこの件は私の手には負えない気がしてきた。何かあってからでは遅い。この世界じゃ…極刑も…
私は手紙を書いた。ただ、その手紙は誰にも渡さず、机の引き出しにしまった。
「わざわざお時間を作っていただきありがとうございます。陛下。」
あくる日、私は陛下に個人的に謁見していた。
「うむ。前置きはよいから結論から話せ。」
「陛下に証人になっていただきたく思います。」
「ほう。しかし、余に何の利がある?」
「それは…」
自分の計画性の甘さを痛感した。陛下が悪い人ではないから。ただそれだけの理由で行動していた。こんなの陛下にとって何のメリットもない。
「素直に袋でも置けばいいところを。」
陛下が面白そうに言った。
袋とはつまり賄賂を出せということだ。
清廉潔白で生きていくつもりもない、別にそれくらいなら構わない。
そう思って口を開こうとしたが陛下がの言葉の方が早かった。
「それがよくある話とはいえ、そんなことをしていたなら余はそなたについて認識を改めなければならんかったな。」
陛下は優しく微笑んだ。
「誠実さは足を引っ張ることもあるかもしれんが、変えられん信用が得られる。そのことを覚えておけ。」
その陛下の言葉に自分のしようとしていた行動を恥じた。
敵対的な行動をとるやつらに真摯に向き合う必要はないけれど、私のことを信用してくれてる人間にはその信用を裏切ってはいけない。深くそう思った。
「改めて問おう。余に何の利がある?」
「それは…」
「進言してもよろしいでしょうか。」
私の後ろに控えていたリアナが口を開いた。
「この国に帝国に通じている者がいるという可能性があることを把握するのは十分利益になると思われます。
また、特定の貴族だけに情報を流し、それが帝国側に伝わっているかを調べれば裏切者もあぶりだすことが可能でしょう。
そして、それができるのはエレノア様ではないでしょうか?」
リアナ…
「それはエレノアが帝国に通じていないことを前提としたものであろう?」
「今までの文であれば全て見せることができます。私が送ったものも下書きは残っております。」
「そんなものいくらでも偽造できるのではないか。」
陛下はゆっくりと私の目を覗き込んだ。目を逸らしたくなったが、逸らさずに見返した。
「でしたら、監視もつけてもらって構いません。」
「はははは!!そうだな。そもそも、裏切る気なら余に相談せんじゃろうからな!
ならば協力してもらおうか。なあ、ヴィクトル、エイル。」
陛下の言葉とともに扉が開き二人の人物が入ってきた。
「お父様!? それに宰相閣下まで!!」
エイル様はお父様の上司で宰相閣下だ。そんな人まであらかじめ読んでいたとは…
「エレノア。」
お父様はこっちをじっと見てきた
「はい、お父様。」
「どうして相談しなかった?」
「それは…自分でどうにかしようと思って…」
「手紙のことを知らないと思っていたのか?」
「ご存知だったのですか!?」
「もちろんだ。何もないうちは放置していたがな。
今回はギリギリ及第点に届くかどうかというところだな。」
「それは、どういうことですか?」
それの答えを言ったのはお父様ではなく陛下だった。
「なぜ余がそなたが嘘を言っている可能性について言及しなかったと思う?
国を任されるものが余に相談したという曖昧な理由でそなたを信用すると思うか?」
「もしかして、お父様が?」
「そうだ。手紙の内容もすべて把握している。正式な国交のためのやり取りならまだしも、私的なやり取りなどどれほど信用できないものか。
ついでに、私が人を使って手紙の中身を全て確認しているのに気づくかも試験のうちだったんだがな…全く気付く様子もなかったな。」
お父様は額に手を当てあきれ返っていた…いやいや、私のプライバシーはどこ行った??
ここほ問い詰めてもしょうがないからもういいや。
「それは、リアナを使ったということですか?」
「それは違う。リアナを使えばお前への試験の意味がなくなるだろ。
安心しろ。お前の従者は使っていない。あと、手紙の内容を知っているのもこの3人だけだ。
だが、リアナがお前の行動を伝えてくれていたことには感謝しろよ。
リアナが伝えてくれていなければ私も動いていないまま、今頃お前は牢獄の中だからな。」
お父様の牢獄行きだったという言葉に心臓がギュッとなって体がこわばった。
「……本当ですか?」
陛下と宰相閣下の方を見ると二人ともウンウンと頷いていた。
「リアナ…あの…この前は…」
泣きそうだった…リアナへの申し訳なさとリアナの優しさで
「その話はあとにしましょう。今ここでする話ではありません。」
私はハンカチで軽く目元を抑え陛下に向き直った。
「それで、私は何をすればよろしいのでしょうか。」
「それは、話してはいけない嘘の噂をでっちあげて貴族の社交グループごとそれぞれに流していく。
エレノアは手紙でただそのことを書いてくれればいい。
向こうがそのことを知っていたら黒、知らなければ白だ。ついでに噂がどれくらい拡散されるかも見て信用度も計ることができるしな。」
陛下は少し不敵な笑みを浮かべていった。
「わかりました。エレノア・フォン・ルミナリア、その役目謹んでお受けいたします。」
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