第44話 鳥籠を見る~2~

「隣いいかしら?」


私の視線の先にいた彼は顔を上げ私をチラッと見ると立ち上がった。

「エレノアか。もちろんいいよ。

一人で食べるより誰かと食べた方が楽しいからな。」

彼はそう言いつつ私の椅子を引いて座らせてくれた。

「ありがとう。」


「いつもの三人は?」

「ミナとミリアは武学競技会のために二人で模擬戦してる。リリアは役員の仕事があるから先に昼ご飯食べたって。私はイザベラ先生に捕まって遅くなったから今食べる羽目になってる。この後何もないから別にいいと言えばいいんだけどね。

ルードは何で?」


「訓練場で何人もと模擬戦やってたらこの時間。流石にお腹空いて食べに来た。

エレノア。それってカフェテリアのメニューじゃないよな?」


「そうよ。リアナに持ってきてもらったの。

一時間くらい待たせてたから、『遅いです!』って言われたけど…」


「それはエレノアのせいじゃなくて、イザベラ先生のせいだな…後で文句の一つでも言っておけば?」

「冗談半分で言ってもいいのかもね。」


「盛大に言ってやればいいさ。あの先生普段から滅茶苦茶だからな。

いや、そうじゃなくて、一人で大丈夫なのか?

ずっと誰かと一緒にいただろ?」


「それは大丈夫。訓練も散々したし。でもどうにもこれだけはね。これは関係ないんだけど、もしもって考えるとね…飲んじゃったらどうしようもないし。」

私はリアナが持ってきてくれたお弁当を指さした。


「それは正論だな。

エレノアのレベルならそんじょそこらの暗殺者には殺されないだろうし、そこを警戒するのが妥当だな。」


「ええ。あれ以降学院の警備は大幅に改善されたし、そもそも真っ昼間に襲ってくるような暗殺者なんて騎士団どころか荷馬車の護衛すらまともにできなくて職を失った傭兵崩れだもの。しかも、あの時のはドーランが個人的に雇ったもの。貴族といえど子供の小遣いで雇える暗殺者なんて程度が知れてるわよ。大人ならもっと政治的な回りくどい手を使ってくるわよ。というより実際に使ってきたわよ。心優しい大人を演じて商会乗っ取ろうとするなんてしょっちゅう!」


「言うようになったな。というより、変わったな。」

ルードは少し不敵気味に口角を上げニッと笑った。


「昔は誰にも彼にも共感して。なんというか、弱かった?というか優しすぎたというか…」


「弱かったって言うのはは失礼じゃない?」


変わらざるを得なかったと言うべきだろう。

ここは前世のようなぬるま湯のような世界ではない。表向きには禁止されているとはいえ、一定以上の裕福な家の人間が拐われでもしない限り人身売買も黙認され続けているし、そこらの農村の少女が人攫いにあって娼館に売られることも、少年が労働力として拐われて過労死してそこらの街道脇に捨てられていることも、さほど珍しいことではない。いつでもそのような光景が見れてしまうと言うわけでもないが、あっちでもこっちでもそんな話は聞く。

一人旅をしようものなら山賊にでも会って身ぐるみを剥がされるのがおち。それでも身ぐるみを剥がされるだけですむなら本当にラッキーとすら言える。だから、傭兵を雇って固まって街道を進む。

働く能力がなかったら簡単に切って捨てられる。捨てられた後は誰からも生きていくお金はもらえないし、生きていける保証なんて一切ない。


そんな世界で商会を作った私は端から見れば後ろにお父様が付いているように見えるのに…まぁ嫌な大人に絡まれまくった…だからだと思う。


「弱いっていうのは言葉のあやだ。それでも昔は嫌な人間の気持ちを汲み取ろう汲み取ろうって貴族に向いてない性格だっただろ。」

「それはそうね。

なら、今は貴族に向いてるかしら。」


「貴族の中では優しい方ってくらいじゃないか?」

「それは褒め言葉として受け取っておくわね。

ところでさ……」


私はセレア皇女の教育係の打診をされたことを話した。

「…すごいな!!

でも、まだ正式に決まったわけじゃないのに話してよかったのか?」


「ルードは言いふらしたりしないでしょ?

それとも私だけが声かけられたことがご不満?」

私は首を傾げて少しからかうようにルードを見た。


「…だぁかぁら!初めての役員の役職決めの時は悪かったって!

それに今回は絶対に女性だろ?皇女の教育係なんだから。

そもそも候補にすら入ってないだろうし、そんなあり得ないことすら妬む気はないぞ。」


「あり得ることだったら妬むんだね。」

からかうように言葉の最後を弾ませて言った。


「…もういいだろ。

で、何の話を聞けばいいんだ?」

冗談しかない掛け合いから一転してルードはこっちをじっと見た。


「私が教育係になっていいのかなって。」

「まあ、そういう話だろうな。

本来話すべきでないことを話したわけだから。」


「私ってかなりずれてるじゃない。

常識がないというか。」

「それはそうだな。」

ルードはウンウンと首を大きく縦にふった。


少しは否定してくれてもいいんじゃない?って思ったけど、それはさておき話を続けた。


「そんな私が教育係なんて受けたら…

受けていいレベルに達してないと思うの。」

「受ければいいんじゃないか?」

「……!!」

ルードはさっきと同じく真面目な顔をしていた。


「…ルード、私の話聞いてた?」

「聞いてた聞いてた。」

ルードは驚いた私の顔を見て少し笑いながら言った。


「そもそも昔よりだいぶ改善してるんだから、失敗した話をすればいいだろ。

それに…普通なら皇女と強い繋がりが持てるまたとない機会だから、相当な馬鹿かお人好しじゃない限り教育係になるぞ。

でも、陛下としてはその手の人間と箱入りの皇女様を関わらせるのが嫌だったんじゃないか?

それにエレノアは商会も運営してるし能力的に適任だと判断したんだろ。」

「…なるほど。なら受けようかしら。

でもちゃんと時間が取れるか…ならルード、次の会長はお願いね~。」


「任せろ任せろ。」

軽いノリでルードは言った。


「はっ!ルードもしかして!会長の座を自分の物にするために私に教育係を勧めたんじゃ?」

わざとらしく、冗談混じりに言った。


「バレてしまった……」

ルードもノリノリだった。



「ありがとうね。ご飯中に話聞いてくれて。

会長は冗談じゃなくて本当にお願いね。

まあ、正式に決まったらの話だけど。」



家に帰って改めてお父様と話した。

「…ですので、陛下の提案を受けようと思います。お父様はどう考えていますか?」

「この話を受けないという選択肢は始めからほとんどないようなものだからな。陛下も仰ってたようだが、成人もしていないのだから無理に肩を張る必要もないからな。商会の運営で無理に大人になろうとしてるところがあるからな。大人を相手にするのだから致し方ないが、いつでもどこでもそれが求められている訳じゃないことは覚えておけよ。無意味に疲れるからな。」

「わかりました。お父様。」

真面目な顔をせず、軽くニッコリと笑って見せた

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