第43話 鳥籠を見る~1~
「陛下からの手紙!?」
「はい。エレノア様が学院におられる間に屋敷に届いたようです。」
学園中等部一年の中頃、リアナが手紙を持ってきた。
「私、国から怒られるようなことした?」
「それはないと思いますよ。エレノア様がそんなことをされたら、まずヴィクトル様がお話されることになりますから。」
「そうよね。読んでいいのよね?」
「はい。エレノア様宛に届いたものですから。」
手紙を読んだ二日後私は王宮に来ていた。
「すぐに陛下がいらっしゃいますので、ここでお待ちください。」
そう言って私は客室に通された。
「ここに陛下がいらっしゃるのですか?」
「はい。先程も申し上げた通りここでお待ちください。」
私をここに連れてきた人はそう言い残して部屋から出ていった。
「ねえリアナ。」
首だけをグイッと真後ろに傾けてリアナの方を見た。
「はい。なんでしょう。」
リアナはそう言いつつ、私の顔を両手で持ち上げて前に向かせた。
「ここで陛下に面会するのよね。
てっきり、玉座のあるところでするのかと思ったのだけど。」
「私も王宮の中のことには接点がありませんでしたので何とも言えませんが、謁見の間は何人もの貴族の方がいらっしゃるときにしか使わないのではないですか。エレノア様も成人なされていませんし。」
リアナは言葉を濁しているが、要はパフォーマンスか。大人数の貴族相手なら玉座に座って話した方が画になるし、そうじゃなくて形式張ったことも必要ないときは今みたいな風になるってことだいいのかな。
「待たせてしまったようだな。」
声がした。
私はすぐさま椅子から立ち上がり床に膝をつけた。
「お初目にかかります。ルミナリア家エレノア・フォン・ルミナリアと申します。命により参上いたしました。」
「なるほどな。やはりあれの娘と言ったところか。
話をしに来たのだからそこまでかしこまらんでよい。」
「ですが…まだ成人もしておりません。いつ陛下のお気に触るようなことをしてしまうかわかりません…」
「それほど畏まるな。
成人すらしてない者を呼び出して完璧な所作が出来ていないから処罰するなどすれば、後の世まで余が暴君であったと語り継がれるだろうな。
幸いこの場にはお主の失敗で揚げ足を取ろうとする者もおらん。
そうよな?」
陛下の後ろにいた二人の近衛兵も大きく頷いた。
「それにその姿勢では顔を見て話も出来ん。
座ってくれ。エレノアの後ろにいる者も。」
私は立ち上がった。
「エレノア様!」
立ち上がったはずの私は前のめりの状態でリアナに支えられていた。緊張のせいでうまく立ち上がれなかった。
「ありがとうリアナ。
お見苦しいところをお見せしました。」
私の後ろでリアナは眉をひそめて呆れていた。
陛下は微笑ましげに見ていた。そしてその陛下の横にいる少女は口をぽっかり開けて驚いた後、口元を押さえてクスクスッと笑っていた。
「さて、今日呼んだわけだが。この娘の教育係についてだ。」
そうだ。手紙には私をセレア第一皇女の教育係にという話が書いてあった。ただ…どういうことかよくわからなかった。なぜ中等部の私が教育係なのか…
「初めまして。エレノア…様?」
「エレノアとお呼びください。セレア皇女。」
「わかりました!!エレノア。」
セレア皇女はそう言って純真無垢にニコッと笑った。私もニッコリと笑い返した。
「陛下、一つよろしいでしょうか?」
「もちろん構わん。どうした?」
「セレア皇女の教育係ということですが、セレア皇女であれば私よりかはるかに優れた教育係がおられると思うのですが。」
先程からどうもよくわからなかったことをオズオズと聞いた。
「なるほどな。それで先程から不可思議そうな顔をしておったのか。
教育係と言っても勉学を教えるためのではない。セレアも来年には学院に入学するのでな、学院での貴族社会がどうなっているか、学院での生活はどうしたらよいか。そのようなことを教えればいいのだ。
要はセレアの話し相手になってほしいわけなのだが……その様子だとどうするかまだ決めかねているようだな。
説明不足でうまく伝わっていなかったのはこちらの落ち度だな。今日のところは話を持ち帰ってくれ。また後日改めて話そう。
余はこれで席を外すが、セレアは残していく。少し話し相手になってあげてくれんか。」
「はい。かしこまりました。」
この陛下…私に断らせる気がないな……話を持ち帰らせておきながら、セレア皇女とお話しさせるなんて……商会の利権が欲しいとか?……
それは考えすぎか…
陛下が席を立ち部屋を出ていくのを膝をついて見送った後、セレア皇女の方に向き直った。
「先程も名乗らせていただきましたが、改めましてルミナリア家次女エレノア・フォン・ルミナリアです。以後お見知りおきを。
でして、え~っと私はどんなお話をすればよいのでしょう…」
「はい。よろしくお願いします。
でしたら学院のお話をお願いしてもいいですか。
学院はどのような所なのですか?
私、ほとんど王宮から出たことはありませんから外のことを知らなくて。」
目をキラキラさせてセレア皇女は言った。
「では、希望に溢れた学園の話と、大人の見栄争いに巻き込まれた承認欲求たっぷりの子供のお話どちらがいいです…
イデッッ!」
"いいですか"の"か"を言わないうちにリアナに頭を叩かれた。
「いったいどんな話をセレア皇女に申し上げられるつもりですか!」
「私が経験した逆恨みの話…」
「もう少し夢のある話をですね…」
「陛下のおっしゃった学園の貴族社会の話とはこういうことじゃないの?」
「それはそうですけど…その悪意のある言葉選びは…」
私とリアナのやり取りをクスクスと笑いながら聞いていたセレア皇女が少し真面目な表情になった。
「私、その話聞いてみたいです。私自身の立場を考えても私にも起こりうる話なのでしょう?」
「その可能性は大いに。少し無礼を申しますが、Aクラスに入らなければ皇女は落ちこぼれと陰口を叩かれる。あるいは見切りをつけられるでしょう。しかし、Aクラスの中で圧倒的に高い成績を見せれば、王族の試験結果は見栄のために改竄されていると言って火のない所に煙を立てようとする者も多いですからね。特に貴族なんて甘やかされて黒いものを白く、白いものを黒くしてもらうようなのもいますし。全ての生徒がそうであるとは言いませんが、無意味に頭の悪いことをする輩がいることも私自身学院に通って身をもって学んでおります。」
「人と比べたこともありませんから自分の成績がどれくらいのものかわかりませんね。城の者たちも、やれ優秀です、やれ素晴らしいですとしか言いませんからね。
エレノア、私の成績を見てくれませんか?」
セレア皇女は素直な笑顔でこちらを見ていた。
あらら…果たしてこれは天然なのか、それとも計算なのか…
「それは私に教育係になって…ということですよね?」
「もちろんです!
大人は汚いところは隠し、お世辞ばっかり。それに比べてエレノアは色々教えてくれますから。
私…今まで怒られたことがないんです……
心にもない中身のない褒め言葉ばっかり…私のことを一人の子供としてこのように接してくれたのはエレノアが初めてなんです。
……不満を言ってくれれば直しますし、忙しいのであれ教育係は時間があるときだけでもいいですから……
私寂しかったんです…誰も私を見てくれないような気がして……お願いします……」
その言葉の最後の方は涙声だった。
セレア皇女の素直な笑顔は、せめて他人から嫌われないようにしようとする処世術でありつつも、また自身のただ構ってほしい、自分に気づいてほしいという素直な優しい性質でもあるんだ…
まるで鳥籠の中で忘れられた小鳥のように、飼い主が望んだ時に綺麗な声で鳴いて……ただ愛でられるだけ……
ただの観賞用の生き物だ。
「わかりました。前向きに検討します。」
「教育係にならなくてもいいですから遊びにだけでも来てくださいね。」
セレア皇女は表情をスッと切り替えて、ニコッと笑って言った。
私は涙に絆されやすいのかもしれない。そう思った。
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