第42話 カイの判断と私の判断
学院の初等部三年が終わった。
私は領地に向かう馬車の中にいた。
馬車の中で届いた手紙を読み返していた。
手紙の内容はルノーがストライキを起こしていて、工事の進みが遅れているというものだった。
読み終えた手紙を閉じ、私は思わずため息をついてしまった。
また面倒事を…としか言いようがない。
ルノーは自身のつまらないプライドのためにどれだけ他者に迷惑をかけているのか理解していないのだろう。というか、一生理解できないタイプだろう。昨年訪ねた時には、あまりルノーを痛めつけすぎないようにと言ったものの、今では恐怖を植え付けておいた方がよかったのではないかと思う。
向かいに座っているお姉様は私の渋い顔を見て『大変そうね。』とでも言うかのように苦い笑みを浮かべていた。
今回ばかりはルノーを中心とした迷惑な集団の処遇をしっかり決めなくてはならない。少なくともわたしにとっては、これ以上彼らがあの村にいることは全く価値がない。
「ねえ、この辺りで止めてくれる?」
「ここでですか?お屋敷まではまだまだですし。村までもそこそこありますよ。」
「ええ。ここでいいわ。一度屋敷に行ってから、その後迎えに来て。
そういうことで、お姉様は先に帰っていてください。」
「わかったわ。頑張ってね、エリー。」
「はい。」
歩いて村に入ると報告の通り揉めていた。どういうことが起こっているのか現状を知りたかったため、こっそりと村に入ったのだがその必要はなかった。
製鉄所の基礎工事の行われている場所で揉めていた。
「ここは俺の村だ!勝手に建物を建てんじゃねえ!」
叫んでいるのはやはりルノーだった。基本的に皆無視を決め込んでいるが、彼の立っている場所が荷物を運びこみたい場所だったりするので作業がなかなか進まない。見かねたカイがルノーをその場から引きずり出すも、かつてのルノーの取り巻きが先程までルノーが立っていた場所に立って演説を始める始末。
「我々の村をこのように変えてしまってもいいのか!!お前たちの親さらにその親が守ってきたこの村を!!
貴族どもは何もしてくれなかった。だから私たちは村を守ることを第一に動いた。
それなのに何だ!!貴族たちは村を潰すと脅してきた!!
今こそ我々が代々守ってきたこの村を再び守ろうではないか!!」
なんとまあ言いたい放題。
守りたかったのは"村"じゃなくて無意味でちっぽけな自分たちの権威のくせに…
「今度は反逆罪で死刑がお望みかしら?
本来なら以前の時点であなたたちの首は飛んでいるのだけど。それも物理的にね。
それを見逃されていることもわかっていないのかしら?」
「うるさい!!」
ルノーが怒鳴った。
「うるさいのはそっちよ。」
私はそう言いつつカイのもとへ足を進めた。
カイは膝を地面につけて頭を垂れていた。
「カイ。あなたにこの村の村長は荷が重かったかしら?」
「……」
カイは黙ったまま頭を垂れ続けた。
次に私が口を開くまでその場の沈黙は続いた。
わずか数分あるかないかほどの時間だったのに、その時間がずっと続いているかのように感じた。
「あなたはこの状況をどうするつもり?
もしかして、直接的な責任はないと思っているのかしら?」
「いえ、決してそのようなことは!」
ルノーはガバッと顔を上げて、再び頭を下げた。
この世界での一般的な解決方法となると責任を取らせて、ルノーたちを全員処刑するのだろうが…
カイにそこまでのことを望んでいないし、私自身も寝覚めが悪いのでその方法は出来れば避けたい。
「なら、どのように責任を取るのかしら?」
「親父、いやルノーたちを村のどこかに閉じ込めて…」
「それで二度とこのようなことが起こらないとでも?」
「……ルノーたちを処刑……」
カイは絞り出すようにそう言った。
驚いた。カイの口からその答えが出てくるとは思わなかった。ただ、今私が望んでいる答えからすると不正解。
「出来るの?」
「それはエレノア様が…」
「私にやれと?
どうしてあなたたちの尻拭いを私がしないといけないのかしら?
あなたが自分で手を下したくないだけよね?」
この言葉は思いっきり私に刺さるブーメランだね。
実際私も手を下したくないからこういう言い方をしているわけだし。
「……わかりました。」
カイは唇を噛み締めながらそうポツリと言った。
そこで自分の義務を果たそうとするんだ。正直言ってカイは優しすぎるかなと思っていたけれど見直した方がいいらしい。
私の方が弱い人間だな。ルノーを死刑にする命令を下したくない。しょうがない。
「カイ。あなたが何に責任を持てばいいか分かってる?」
「村の人間の行動ですよね。」
「その通りよ。なら、あなたが行動について責任を取る必要のない人は?
わかるわよね?」
カイは少し考えた。私が何を言いたいのか必死に考えたようだ。
しばらくして彼はハッと顔をあげた。
私の言いたいことが伝わったらしい。
カイはスッと立ち上がり高らかに言った。
「元村長ルノー、並びにその当時の村長補佐たちはこの村からの追放、そして今後一切この村への立ち入りを禁止する。」
カイもわかっていると思う。この追放ではルノーたちはルミナリア領民としての権利を失うことになる。仕事にも就きにくくなることも考えると、ある種の死刑宣告になり得る。
私においてはルノーたちが目の前で死ぬのを見たくない。ただ罪悪感を精神的苦痛を軽減したかっただけだ。
一方でカイは何を思ってルノーたちを追放すると言ったのだろうか。私と同じく最期を見届けたくないだけか、村の外で生き続けられる可能性に賭けたのか。
私が知るよしもないことではあるけれども……
私の後ろに控えていたリアナの方を見ると満足そうな顔をしていた。
「甘過ぎるとも言えなくないですが、これでいいのですね?」
「もちろん、人の命を自分が直接的に握りつぶしてしまうのはちょっと…」
「でしょうね。ルノーはここから追い出してしまえばただの有象無象ですから問題ありませんが、貴族や影響力のある商人等を相手にする場合はこうも行きませんのでそこのところは心に留めておいてくださいね。」
この世界で貴族として生きていく以上他人の死を私が決定することも避けられないだろう。その時私は正しい判断を下せるかどうか…
「…わかってる。」
少なくともカイは正しい判断を下した。これで少しは事業が進んで村が潤ってくれることを願おうと思う。
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