第40話 エゴの村

学院が終わり屋敷に帰ると騒がしかった。


「ただいま帰りました。

お祖父様、これは一体?」


「おお!お帰り。エリー。

少しな。昨年行った村とは別の小さな村なんだがな。不作だ。税を考慮せずとも冬を越すのが厳しい状況だ。少しでも冬を越せるようにと、若い男が総出で街に来て荷運び労働に勤しんでいる。今年だけの大不作なら他の村から回収した税の一部を融通すればいんだが、昨年も不作で税を納めきれていない。冬も越せないからと領主家から食糧も渡している。

しかも、ここ数年収穫量も落ち続けてる。」


「毎年違う作物を作るようにすれば、そう簡単に土地は枯れませんよね。収穫量が減ったなら一年ほど肥料やりつつ土地を休ませればいいですし。」


「そうなんだがな。

そう伝えておいても、収穫期に蓋を開けてみるとやっていない。それの繰り返しだ。」

「それって、領主家に逆らったのですから、反逆罪で吊し上げてもいいんじゃないです?」


「これこれ、そんなこと言うんじゃないぞ。

そうは言ってもそろそろ無理じゃな。剥奪措置にでもなるかな。」


剥奪措置とは、村を解体、住民権なども剥奪される。税を納める義務はなくなるが、猛獣が出たとしても領主家の騎士団が動くことはなくなる。盗賊が村を襲ってきて村人を生かしたまま潜伏しても村人ごと村を焼き払ってしまう。そちらの方が騎士団の消耗が少ないから。

他の村や商人との交流も完全になくなる。剥奪措置が行われた村、村人と関わるのは信用の意味でも領主の顔伺いの意味でもデメリットしかないから。


「お祖父様。それは決定なんですか?」


「ほぼ決定事項じゃな。ここまで土地が痩せ細ってしまうと、この先数年はまともに作物が育たんだろうから。

あとは…ヴィクトルが書類を用意して…」


「なら、私にやってみたいことがあるんですけど。」


後に領地に帰ってきたお父様の了承を得て、村へ向かった。

いつもより警備を固めて、交渉という名の脅迫をしに。


「わざわざご足労ありがとうございます……

よくいらっしゃいました!」

私が馬車から降りるときただただ頭を下げていた男は、私がお祖父様でもお父様でもなくただの子供だとわかると少し態度が変わった。


「御機嫌よう。初めまして。ルミナリア家次女エレノアです。今回の話し合いは私が担当します。

村長はあなたですね?」


「村長のレノーです。こちらへどうぞ。」



その場には、村長の息子のカイ、その他村で偉いらしい人が一緒にいた。

この中で、この状況に一番萎縮しているのはカイだった。

「今年は不作で…何も出せなくてすみません。

冬も越せなさそうで、本当にどうしたらいいか。」

レノーはそう言ってチラっとこちらを見た。

全く白々しい…


「それで我々にどうして欲しいと?」


「今年だけでいいですから幾らか食糧を融通していただけませんか?」


「どうしてですか?」

「ですから、冬を越せませんので。」


「それなら言葉は正しく使いましょうね。

『今年だけ』ではなく『今年も』ですよね?

それに私はそんな話をしに来たわけではありませんよ。

あなた方の土地ではもう農業は無理ですよね?

そういう話をしに来たんですよ。」


「チッ!小娘が」

レノーはボソッとぼやいた。

「親父!」

カイが慌てたようにレノーをたしなめた。


「とりあえず、農業やめましょうか。これ以上ここで作物を育てても労働時間の無駄ですから。」

「はあ!?

先祖代々俺らはここで農家やってきたんだよ!

今年の冬の備えさえ出してくれれば来年には。」

「来年は豊作が迎えれると?その根拠は?

そもそも土地を食い潰したのは自分たちですよね?」


「俺らがこれまでどれだけ税を納めたと思ってる。」

「来年には無事に作物が育つか否かの話をしてるのに、話をすり替えないでください。

それに、税を納めていたと言いますが数年前から税が納められていません。

どの顔でそんなことを言われるんですか?

だから、提案をしに来ました。私はこんな年端も行かない娘ですが商会を経営していますのでそれの手伝いをしていただこうと思いまして。衣食住は保証しますよ。」


我ながら、自分が魔王かに思えるセリフだ…


「俺らの土地のなんにも知らないで貴族は高いところから偉そうに!」

「親父!!」

カイが怒鳴った。

「お前は黙ってろ!」

が、ルノーも負けじと怒鳴った。


「そうですね。我々貴族は確かに高いところからかもしれませんね。

ただし、そのセリフは私達の言うことをちゃんと聞いてから言ってくださいね。

同じ作物を育て続ければ土地は枯れる。私達からしたら、そんなことはわかりきっている話です。ですから別の作物の種まで手配してお渡ししたのに。蓋を開けてみれば例年通りの作物を。我々が用意した種などどこへ行ってしまったのか。」


「……」

ルノーは顔を真っ赤にして黙ってしまった。


「そのための提案ですよ。

そもそも、今までの時点で反逆罪になっていてもおかしくないこともお忘れなく。

3日後にまた話を伺いますのでそれまでにどうするか決めておいてください。

では、また後日。

あと、少し村を回らせていただきますね。」


村の会堂を出ると村人たちがいた。お世辞にも肉付きがいいとは言えない村人たちが。彼らは私達が出たのを見送ると会堂に飛び込んでいった。

「カイさん!どうなった?」



村を歩いてみてわかった。かなりひどい有り様だ。昨年行った村は健康的な子供が走り回ったりしていたのにこの村はそんな景色は見られない。大人のエゴに振り回された痩せた子供がいるだけ。

「リース、お菓子持ってきてるわよね。子供たちにだけでいいから分けてあげて。」

「わかりました。」


私たちは子供たちにお菓子を配って歩いた。

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