第38話 契り

「え?それは本当なの?」

商会で事務作業をこなしていたところ、リリアの言葉に驚きを隠せなかった。


「本当です。クレア様から従者になることを勧められました。」

「それは"クレアさんの"ということよね?」


「はい。公爵家の方が子爵家や伯爵家より強力な後ろ楯になるからと。」


「なるほどね。そして返答は保留というところが現状かしら?」


「その通りです。」

リリアは萎縮した様子だ。


「リリアとしてはどうしたいの?

あなたのこの先全てが変わる質問よ。

もちろん、私やミリアが貴族だからというのは抜きにしていいわ。」

ミリアも私の言葉に頷いた。

「でも、友達というところは考えて欲しいかしらね。」


「その言葉はズルくないですか?」

「あら、そうかしら?」


「まあ、ズルいわね。

でも、その話を結論から始めずに私たちに話すということはクレアさんの提案を断りたいということなのよね?」

ミリアがスッと真剣な表情になってリリアに尋ねた。


「はい。例え貴族の中の地位があったとしても、これまでのことを考えてもエレノア様についておく方が絶対にいいですし…

それにドーラン様に絡まれていた私を庇ってくれたのも、エレノア様とミリア様ですから。」


「前半はありがと。私を評価してくれてるのね。

でも、後半は納得いかないわよ。そういうのは"友達だから"でいいのよ。そんな恩があるからみたいに言わなくても。」


「それはそうね。リリア言い直しよ。」

ミリアはこの会話を面白がっているようだ。


「恐れ多いですが…」

「貴族としての命令よ。」

笑みをこぼしながらミリアが言った。

「少し意地悪じゃないですか?

友達だからです…」

そう言うリリア横でミナは苦笑していた。


「とまあ、冗談はさておき。

どうするかよね…

まず、ミナも遠からず似たようなこと言われるかもしれないけどどうする?」


「もちろん答えは決まっていますよ。

何か言われてもこっちに残りますよ。」

ミナは力強く答えた。

なんとも頼もしい。


「そこまではいいとして、二人が貴族に逆らわずに断る方法よね。

私が矢面に立つのは構わないんだけど…」


本当に構わないと思っている。すでにクレアさんとは正常な仲とは言えない。先輩と後輩の仲とも違う。私を推薦したのがクレアさんである以上、今の役員の立場から私を追い出せば、クレアさんは人を見る目がない、先が見通せないと自分で自分の面子を潰すことになる。それならば、私がクレアさん以上に目立ったとしても、見る目がある

さてさて、何のために声をかけたか。

私が学院で持っている影響力を小さくするため?

それとも、ミリアを引き抜いて商売か何かを始めようとしているのか。ついでにエーリア商会の情報も手に入れば万々歳とでも考えているのか……


悩んでいてもしょうがない!!二人ともこっちに残ってくれると意思表明してくれている以上、何を言われても二人を譲る気は毛頭ない。


「ねえ、リアナ。やっぱり書面でキッチリ契約し直すのがいいわよね?」


商会の従業員としてではない。貴族に仕えることを証明できる契約だ。


「そうですね。私も従者としての契約をしていますしね。ただ、完全な契約にしてしまうと…」


何かあった時に契約解除がしにくい。基本的に従者の契約解除は怪我や病気、年齢で引退するのでなければ、問題を起こしたためにクビにされて辞めるのが一般的であるからだ。


「やっぱりそこまでの契約は…

二人が成人してる(16歳)ならいいんだけど…してないから二人のご両親の許可はどうにか欲しいのよね…成人してなくともせめて高等部なら良かったんだけど……

ねえ、リアナ。見習いという形で契約するのはどう?」


「見習いとしてなら…問題はないかと思われます。」


見習い期間中は見習いの人間の身辺の洗いだし、そして本人が本当にその仕事で食べていくのかを考えながら、仕事を覚えていく期間である。実際、見習い期間中に別のやりたいことを見つけたり、地元に帰ることを決める人間も少なくない。


「二人とも見習いとして契約するのでいいわね?」


「はい。それで大丈夫です。」

「もちろんです。よろしくお願いします。」


「成人するまでにはご両親と話してどうするのか決めておくのよ。

紙を取ってくれる?

さて…何をどう書くのが正解なのかしら……」


「私が書きます。エレノア様は見て覚えてくださいね。」

「ありがとう。」


「ところでエレノア様。」

「ん?なに?」

「私の契約もそろそろ結び直してくださいませんか?」


「更新必要だっけ?」

「そうではなくてですね。私の主が未だに旦那様のままなんですよね。」


「あれ?リアナが辞める辞めないのときにしなかったっけ?」

「してませんね。」


…そういえば、リアナとの契約の書類を書いた記憶は…ない!

本山に行く前でドタバタしてて……後回しにしたままだ!!


「ごめんリアナ。忘れてた…」

「エレノア様にとって私はその程度なのですね……あ~!そんなことが…私は悲しいですよ……」


ヨヨと目頭を抑えてリアナが泣くフリをした。


「だから悪かったって…

嘘泣きはやめて…」

「わかりました。

ですが、近日中にちゃんとしてくださいね。私だけでなくリースたちとも。」

そう言いつつリースは契約書を書き続けた。


それは……首輪くらいつけて持ち手は自分で握っておきなさい。私も含めて。グレースを隠して今の生活を望むのなら。

そう聞こえた。


「二人ともちゃんと見直してからサインするのよ。不備だけじゃなくて、納得いかないことがあったら言ってちょうだいね。」


とは言っても、情報の漏洩について、契約期間が切れるまでは他の主に仕えるのを禁止するということくらいしか書いていないので、二人は目を通した後にサインを書いた。

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