第37話 誤解の解消
学院二年の中頃、ちょっとした筆記の小テストが行われた。点数があまり良くなかったら、学年末までにもう少し勉強すること。と釘を刺すための試験だ。
「今回の試験のトップは…ルード・フォン・エルンスト。良く頑張りましたね。」
イザベラ先生がそう言った瞬間、バンッ!!と机を叩いて椅子を後ろに倒しながらルードが立ち上がった。
「エレノア・フォン・ルミナリア!!」
泣きそうな怒っていそうな顔で下唇をグッと噛んで私を睨んでいた。
「ルード様。大丈夫ですか?」
イザベラ先生が慌てた様子でルードを諫めようとした。
「取り乱しました。申し訳ありません。授業を続けてください。」
ルードは自分が騒いだことを自覚してすぐに謝罪し、何事もなかったかのように着席した。それでも表情に表れるほどには感情を抑えられずにいた。
「で、本当のところはどうなの?
この前の試験で手を抜いたの?
エリーの点数見たけどミスを連発した誤差の範囲内とも言えなくもないのよね。実際ルード様に次いで二位だったし。」
私は昼食を取りながらミリアたちに詰め寄られていた。
「少しだけよ。手を抜いたのは。
そんなに難しくなかったし、ルード様も高得点取れると思ったから。ほんの少しだけ」
この三人に嘘をついても意味がないので正直に話した。
「『難しくなかった』ね。無性に殴り飛ばしたくなってきたわ…」
「ミリア。そんな言葉遣いするものじゃないわよ。」
「誰の発言のせいかしらね?」
ミリアがニッコリと笑った。
アハハ……
その圧に私は苦笑いした。
ふと見るとリリアたちも苦笑いを浮かべていた。
「それはそうと、ミリアから見ても誤差の範囲内だったのよね!」
「まあ…そうね。
その様子だとシラを切るつもり?」
「そうなるかしらね…
それにしても、あんなに怒るとは思ってなかったわよ…」
「あれはあなたが悪いわよ、と言いたいところだけど……
訓練場でルード様があれだけ悔しがってるのを見たら、そうとも言いきれないわね…」
少し悩んだ様子でミリアが言った。
「え!?私も悪いの?」
思わず本音が出た。
「いくらかはね。
一方的とは言え、ルード様もあなたにライバル意識持っていたようだし。だからこそ、どれだけ成績が負け続けても文句を言って来たりしなかったでしょ?
あなたはそんなルード様の誇りを無視したのよ。過去にドーランのこともあった状況で、訓練場で八つ当たりしているルード様を見たからしょうがない気もするけど…」
私はそこまで考えることが出来ていなかった。ただ前のようなことが起こらないように保身に走り、ルード様の気持ちを考えていなかった……でも、無理!あんなに当たり散らかしてるのを見たら、前の二の舞にならないことを最優先で動くでしょ!!
頭を抱えずにはいられなかった。
カフェテリアから出るとばったり出会った。
ルード・フォン・エルンスト……
思わず顔が強ばった。
「……エレノア様。」
何か起こるかもという恐怖感から身構えた。
「少し話をさせてくれないか?
以前噂になったことも知ってるから、場所は落ち着いて話せる場所ならどこでもいい。近衛を同行させてくれてかまわない。後ろの三人ならその場で来てくれてもいいし、それでも不安ならイザベラ先生を呼んでくれてもいい。」
律儀だ…彼の真面目さがよくわかる。
あれ以降学院内の警備が大幅に強化されたこともあり、今はリアナもリースも側にいない。二人が来るのは学院の迎えの時だから、そこまで待つのもややこしい。
「なら、三人に一緒に来てもらう形でいいかしら?それとも、近衛が来るのを待って三人がいない状態で話すこともできるけど。」
「三人も来てくれた方がありがたい。」
「…わかった。」
私たちは今出てきたばかりのカフェテリアに再び入り、隅の方の席に座った。
ルードがゆっくり口を開いて、そのまま頭を下げた。
「授業の時は急に怒鳴って本当に申し訳なかった。」
「…そうですか。
あなたの謝罪を受け入れます。」
「感謝する。ありがとう。
一つ聞きたいことがあるんだが、この前の試験、手を抜いたのか?」
予想していた質問がきた。
「えっと、それは…」
"いいえ"と答えようと思ったのに、口ごもってしまった。
助けを求めてミリアを見たら首を横にふっていた。目が『もう無理よ。諦めて正直に言いなさい。』と言っている。
私は手を抜いたこと、そしてその理由つまり訓練場でのことを話した。
「…やっぱりか。
それにしても恥ずかしいな。八つ当たりしてるところを見られてたのは…
それなら手を抜かせてしまったのもこっちの落ち度だな。改めて申し訳なかった。
こんな状況で言うのも烏滸がましいんだが、今後は手を抜かないで欲しい。絶対に逆恨みはしないと誓う。」
これは私だけに向けられた言葉じゃないと思う。ミリアとリリアはもちろん、特にミナに向けた言葉。貴族を差し置いてトップをとってしまった日には少なくともいくらかは柵が発生することは目に見える。しかし、ミリアは以前からそうだがルードまでもがミナをライバル認定してしまえば、ミナは手を抜くことの方が貴族の顔に泥を塗ることになる。必然的に、手を抜かずに勝ってしまっても全く問題がなくなる。
「わかりました。
私も先日の試験での貴方の顔に泥を塗るような行為をここに謝罪します。」
「もちろん謝罪を受け入れる。
この前の試験では科目になかったが筆記だけでなく、実技でも学年末の試験では本気を出してくれよ。」
「そうですね。もう侮りませんよ。」
あ、いい感じ。凄くいい感じに話がまとまった。
「あら、エリー。嘘はいけないわよね?」
ミリア?いったい何を言ってくれてるのかしら?
「実技も?
年初めの試験の実技は違うわよね?」
「はい。わかりましたー!!
実技は気が散って落馬しそうになったからです!
…見栄を張りました。」
ルードが驚いて目をパチパチさせた。
「ハハハハハハハハハ!!」
「びっくりしたー!!
どうかなさいましたか?ルード様。」
ルードはひとしきり笑った後に口を開いた。
「エレノア様もちゃんと人だったんだな!」
「な!?酷くないですか?
私だって普通の貴族令嬢ですよ。」
少し驚いた素振りをする。
「いや、気を害したのなら申し訳ない。
筆記も実技もいつもトップクラス。筆記にいたっては一年にも関わらず武学競技会で一位を取った天才。しかも学友と商会まで運営している。そうだからつい…」
「商会については私のちょっとした思い付きを商品にしてくれる工房や商会の皆のおかげ。運営に関しても大手商会の後押しがあったからですよ。貴族令嬢という地位により与えられていたものを使っただけですから、大して称えられることではありませんよ。」
「いや。俺は貴族嫡男という地位を持っていながらなにも出来ていない。エレノア様はもっと誇っていいと思う。というよりエレノア様が謙遜すると…自分がもっと惨めになるというか……」
「そうですか。ありがとうございます。
勉学に関しても…やはり一緒に遊んだりするとなるとお姉さまとということがほとんどでしたから。そしたら自然と…」
「それはいいな。でも確かに俺も兄上とばかり遊んでいたな。
それはそうと、エレノア様たちと出会ったのが今でよかった。まだ初等部だから…この先追い付ける可能性がある。もしこれが高等部の終わりとかなら自暴自棄になって八つ当たりしてそうだ。絶対に勝てないって思って。何となく予想はつくと思うが。」
ルードはそう言って含みのある笑みを浮かべた。
あー……どんな感じに自暴自棄になるのか予想がついてしまう。ルードが考えてるのも同じだろうな……
「そうですねー。予想はつきますけど言えませんね。」
「ああ。言えないな。
せっかくの食事の後に時間をとらせて悪かった。俺はそろそろ…」
そうしてルードは席を立った。
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