第33話 領地の話~2~

「一度屋敷に戻って着替えるか。」

お祖父様がそう言った。


「着替える…

訓練か何かですか?」


「別にそういうわけではなくてな、今から行く場所は街じゃないからな。」


「そうですか。」


私は比較的質素な汚れても構わない服に着替え再び馬車に乗り込んた。


連れられてきたのは領地内の農村だった。

適当な場所に馬車を停めて見て回る。

収穫祭も終わっているが、秋の終わりに最後の収穫、そして来年のための準備をしていた。


「ルイス様、こんにちは。」

「先代様、こんにちは。」

見て回っているとこんな感じで村の人たちが感じよく挨拶をしてくる。

これはお祖父様がこうやって領地をまわることを普段からしている証だろう。


「お祖父様はいつもこんなことを。」


「毎日ではないがな。週に何度かはこうやってどこかに足を運んでおるよ。

領民との信頼関係がしっかりあると、何かあったときや新しい政策を打ち出すときに了承も得やすくなるのでな。エリーもしっかり関係を築いていくんだよ。」

「はい。」


「ルイス様~!!」

子供たちが何人か収穫したばかりのサツマイモを持って走ってきた。

「うわぁ!!」

そのうちの一人の足がもつれて転びかけた。

子供はお祖父様が手を差し出して転ぶ前に支えたが、収穫で泥だらけの子供を支えたお祖父様の服は泥がついてしまった。


畑にいた子供の母親と思われる人が、それに気付いて大慌てで駆け寄ってきた。


「ルイス様、本当にすみません。すみません」


「いつも言うておるだろうに。こっちに来るときは土がついても構わんよ。そういう格好で来ておるからな。」


「ありがとうございます。

ところで、そちらの方は。ルイス様の…」


「一番下の孫、エレノアだよ。」


「初めましてエレノア様…」

「こんにちは、エレノア。これあげる!」

女の子が私に大きなサツマイモを手渡してきた。もちろん、私は喜んでその収穫物を受け取ったのだが、母親はもう真っ青だった。

「エレノア様。誠に申し訳ございません!!

あんたは何て呼び方をするの!?

それに、泥だらけのものをエレノア様にお渡しするなんて。」

「なんで?私と同じくらいの年だよ。

お芋は、大きなお芋だったからあげたら喜んでくれるかなって…ウゥ」

女の子はそのまま泣き出してしまった。


「フフッ」

泣いているのに対して不謹慎なのだが私は思わず笑ってしまった。

「どうされました、エレノア様。」


「決して皮肉とかではなくて、素直な気持ちなのですけど、いつも他人から敬われてばかりなのでこういうのは新鮮でいいなと思いましてね。素直な厚意は嬉しいものですね。

その子も悪意があったわけではないでしょうから。お芋をくれようとしただけですもんね。

呼び方に関しても別に気分の悪いものではありませんけど、一応貴族としての体裁もありますので、今後気をつけていただければ、全くもってかまいませんよ。」


「ありがとうございます。本当に申し訳ありませんでした。

ほら、あんたも。」

「ごめんなさい。エレノア様…でいいの?」

「ええ、敬称をつけてくれるだけでいいですよ。」

「エレノア様。一緒に焼き芋食べない?」

「いいですね。いただきます。」

「レナ!!言葉遣いは?」

母親が女の子に声をあげた。

「食べませんか?」

レナはすぐに言葉遣いを直して、言い直した。

「もちろん、いただきますよ。」

「あっちで焼いてくる、きます。」

「お願いしますね。楽しみにしています。」

レナはそのまま走っていってしまった。


「エレノア様。家の子が本当にご迷惑をおかけしました。男勝りに育ってしまって。もう少しおしとやかにしてくれてもいいんですけどね…

少しはエレノア様の落ち着きと賢さを見習ってほしいですよ。」

走っていくレナを見送った母親は少し悩ましげに頭を下げて言った。

「でも、素直ないい子じゃないですか。」

「そうですか?

いつもより、いい子にしてるだけですよ。」

「ちゃんと猫を被れるなら、それはそれで十分だと思いまけどね。」


とまあ、話し込んでいると、次第にいい匂いがしてきた。あの皮の焦げた独特の香ばしいかおりと、ほのかに甘い匂いだ。

「エレノア様ー!!

そろそろ焼けたー!!ました!!」

レナがそう叫びながら走って呼びにきた。


出来た焼き芋を私の代わりにリアナが受け取った。リアナはそれを受け取るとそれを真っ二つに割って、半分を私に手渡した。その時に一欠片を口に入れるのを忘れずに。

別にこんなところでまで気にする必要はないと思うのだが、リアナ曰く、念のため、あと、傷んでいたときのためらしい。


割ったところから染み出てくるたっぷりの黄金の蜜と、その蜜の甘ったるい匂いが期待を膨らませる。

一口!

「美味しいー!!

ホクホクねっとりしている上、本当に甘いですね。」

「でしょ!」

レナは私の美味しいという言葉を聞いて、ニコニコ笑っていた。


これでなにか作れそうな…

せっかくここまで美味しいサツマイモを料理に使うのはもったいない気もするけど。

「芋をいくらか貰えませんか?

冬を越すのに必要であるのなら無理してもらわなくていいのですけど。」


「そんな、おそれ多い!!

いくらでも差し上げます。」


「冬を越すのに十分な量は手元に残しておいてくださいね…」


私はリアナに目配せして、リアナはそれに気付くと数枚のの青銅貨幣を渡す。

「受け取れません!!

娘のお詫びもありますから。」

「…私たちも傲慢な貴族として見られるわけにはいかないのですけど……」


とまあ、母親と私の受け取る受け取らないの押し問答は続いた。

「わかりました。これだけは受け取ってください。」

私は市場価格よりは少なからず安い金額を押し付けた。

少し悩んだあと、母親は素直に受け取ってくれた。


やっぱり、この手の押し問答はなんとなく気を遣う…


「エレノア様、また来ますか?」

そろそろ帰ろうとしていると、レナに尋ねられた。

「そうね…学院もあるから、次は来年かしらね。お芋も美味しかったわ。ありがとう。来年も、楽しみにしてるわ。」

「もちろんです。

えっと、じゃあね!」

「ええ、さようなら。」

私はこうして農村をあとにした。

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