第32話 領地の話~1~
「おはようございます。」
私はルイーシャに起こされて、着替えさせられた。
「おはよう、ルイーシャ。
ありがと。もう皆集まってる?」
「もう少しかかるでしょうから、ゆっくり仕度なさって大丈夫です。」
着替え終わって、部屋を出るとお祖父様ルイス・フォン・ルミナリア、とお祖母様アーリア・フォン・ルミナリアとバッタリ出会った。
「おはよう、エリー。」
「起きたのか。おはよう。」
「おはようございます。お祖父様、お祖母様。」
「それにしても熱を出して倒れたと聞いたときは本当に心配したぞ。領地の管理があるせいで王都へ駆け付けようにも駆け付けられず。」
「でも、駆け付けようとしたんですよね。」
お祖母様が茶々をいれる。
「まあな。そしたら、ちょうど熱が下がったという手紙が届いてな。
とりあえず、一安心と思って、会える日を楽しみに待っていたわけだ。」
「今更ながら、ご心配をおかけしました。」
「そしたら、エルセース教の本山の収穫祭へ観光に行くとか言うだろ。」
「ルイス。別にいいじゃないですか。
で、エリー。収穫祭は楽しかったの?」
「はい。とても!」
私は話した。収穫祭でお姉様と観光したことは。
お祖父様たちにはグレースであることを話していない。もし受け入れられなかったらと考えると、本当に怖くて言い出せなかった。私が"私"になってから出会った人ならともかく、生まれた時から私を知っている人は特に。お父様たちにグレースであることを話せたのも、今思えば何で話せたのだろうかと思う。確証がなかったからだろうか。それとも、一人で抱え込むことの方が不安だったからだろうか。
確かに、今はグレースであることを知ってくれている人がいる。一人で抱え込む不安はない。そしたら、言い出せなかった。お父様たちも黙っててくれると言っていた。もし、バレたとき、知らせなければいけないときは、自分たちが言わせないようにした、と頭を下げてくれると言ってくれた。
「ずいぶん楽しかったようね。
武学競技会でも優勝したって聞いたわよ。」
お祖母様が話を変えた。
「ギリギリでしたけど。ただ運がよかったと言うか。」
「それでも十分だ。よくやったな。」
「はい!!」
「クラリスが悔しさ半分、妹自慢半分みたいな報告の手紙を送ってきてたのよね。」
「そうだな。長かったな…」
「お祖父様、お祖母様いらないことを思い出さないでくださいな。」
「あ、お姉様。おはようございます。」
「おはよう、エリー。
お祖父様、お祖母様もおはようございます。」
「おはよう、クラリス。」
「おはよう。
手紙はそんなに内緒にしたいものだったのか?」
「そういうわけではありませんけど。私だって悔しい反面、エリーが勝って嬉しい。自分の気持ちがわからないんですよ。」
「とりあえず、エリーが大好きってことね。」
「それはそうですね。」
お姉様はお祖母様の言葉に納得したらしい。
ていうか、それで話がまとまるんだ…
まとまっていいんだ…
「そろそろお食事の準備ができあがると思うのですが…」
ふと、ルイーシャが恐る恐る口を開いた。
…話に夢中で忘れてた!
「私、時間ギリギリで慌てて飛び出したのに!」
お姉様がさっき来たのは遅れてただけらしい。
「さあ、急ぎましょうか。」
お祖母様の一声で4人とも慌てて食堂へ向かった。
どうにか、食事が並ぶ前に席に着けたのでセーフ!
「エリー。今日はどうするの?」
お母様が言った。
「特に考えてないですね。
こっちでは商会の業務もほとんど出来ませんし。訓練と勉学でもしようかと、あとは、少し町をみたいですかね。」
「それなら、儂と見て回らんか?」
「いいですね、お祖父様。そうします。」
町というよりは街と言った方が適切だった。
下町の地域、商業的な地域、小さな屋敷の並ぶ地域。
「昨日も思いましたけど、この街、人が多いんですね。」
「そりゃな、王都と港を結ぶ街道上にある町だからな。運河を使った水運は別にルートがあるんだが、陸路だと主要なルートの一つ。物流も結構なものだ。」
「運送を行う商会や、街道を使う貴族がそこら辺の屋敷を借りるというわけですね。」
「ほとんどそういうことだ。少し違うのは、あの屋敷のほとんどは誰かが買っているものだ。ここに来る度に借りるのでは手間な上、既に屋敷が埋まっていて借りれんかもしれんからな。
基本は管理費をもらってルミナリア家を通して管理しているわけだが。まあ、よく揉める。管理費で揉めることはないんだが、どの貴族の家に売るかは結構大事だから、相手と揉める。派閥も絡んでくるわけだしな。
エリーも他の貴族との関係には気を付けんと。」
確かに、貴族のドロドロだ …
信用できない相手に特に貴族に、自分の領地内に持ち家を持たれるのは結構怖いと思う。
お祖父様の最後の言葉も私がドーランと揉めた話を全部聞いているからだろう。
「はい、気を付けます。」
街を歩いていて思った。
「…スラムもあるんですね。」
街外れには小規模なスラムもあった。
「親をなくした子供や捨てられた子供、何かの拍子に全てを失った人もいる。」
「……」
「エリーが気に病むことはない。目の前に現れる他人の不幸全てを自分がどうにか出来ると思わない方がいい。自分の目の前、近しい人をまずは助ければいい。その助けた人がまた別に人を助ける。そんなものだ。
少なくとも、これをどうにかするのはエリーの義務ではない。その義務があるのは旧領主の儂と現領主のヴィクトルだ。
とはいえ、ここは物流の中間点。日雇いの肉体労働なら山ほどある。猫の手も借りたい忙しさだからな。だから、この街のスラムでは、皆十分に食っていけている。
ほら、子供たちも笑っていられる余裕があるほどにな。」
「でも、働けないほど幼い子供は…」
「そのために配給はしておるよ。ここで大きくなった子供は、自分がかつて年上の子供からやってもらったようにちゃんとそのような子供を配給に連れてきたり、食べ物を分けてやったりしている。何だかんだ上手くいっているが、だから問題はない、これで人々を救えているなんて綺麗事を抜かすつもりはない。根本から変えていかなければ…このような子供たちを……」
「…養護施設。
養護施設を作るのはどうでしょうか。」
「それも考えてはいるんだかな、何歳で外に出すかというところで、悩んでいてな。
永遠にそこに置いとくわけにはいかんから。全員に職を斡旋できるわけでもないしな。
しかも、下手に手を出すと、養護施設の援助を受けられた子供と受けられなかった子供に軋轢が生じるからな。後々、ややこしいことになるかもしれん。一度で、この街すべてのスラムの子供たちに対して対策を打てたらと思うのだがな。」
新しいことを始めるのは、同時に問題を生み出すことになる。他人の人生に干渉することは特に。
たとえそれが人を思いやる気持ちからであっても、考えなしにむやみやたらに手を差し出すのは悪い結果になることもあるということだ。このスラムでは、子供にも十分に仕事もあり食事にありつける。そこから溢れた子供には配給を行っている。これでいいという気持ちは毛頭ないが、ここに下手に手を加えたときの不安定さも垣間見えた。
私ももっと起こりうる事態を考えて、行動しなくてはならないだろう。スラムのことに限らず貴族関係のことだって、以前みたいなことも起こさないために。
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