第25話 本山へ向かいます
「エリー。そろそろ行くわよ。」
「はい、お姉様。
ディアン、キール。商会の方は任せて大丈夫ね?」
「もちろんです。お任せください。」
キールが返事をする。
「今までの製品の改良と納品のための作業だけでいいのですね?」
「ええ、それでお願い、ディアン。
春先までの納品がしんどそうなら、書いてある工房に依頼出してくれて問題ないから。
改良より納品と一定数の在庫の確保優先でお願いね。あと、何かあったら領地の方に連絡して。」
「かしこまりました。」
ディアンが恭しく返事をする。
「では、行って参ります。後日領地で。」
「ええ、行ってらっしゃい。楽しんでくるのよ。」
「ああ、行ってきなさい。」
家族に見送られ、私とお姉様は屋敷を出発した。ついでに、"楽しんでくるのよ"というのは、今回私がエルセス教本山へ向かう理由が、収穫祭の観光とエーリア商会から本山へ直接寄付をするという名目だからだ。我が家の使用人に対してもそういうことになっている。
私が今の私になってから初めての王都の外。記憶自体はあったが、実際に体感するのは初めてだ。
王都を出ると街道がしっかりと整備されていた。王都内部とは違い石畳ではないものの、地面はしっかりと踏み固められていて、馬車も王都で乗るのと変わらず快適だった。
休憩で馬車が止まることはあれど、盗賊に襲われることもなく宿場町にたどり着いた。そもそも、盗賊も貴族の紋章つきの馬車を襲うことは滅多にない。金は持っていても、あとの方が怖すぎるからだ。
宿場町に着くと今日の宿に向かった。お屋敷では意識したことがなかったのだが、風呂が一般的ではない!!個人が持っていることは滅多にないのだ。王都には公衆浴場的なものはあれど、宿場町にいたるとそれすらない!!よくて行水、ひどいと乾いたタオルで汗を拭くだけ……
私たちはお湯で濡らしたタオルで体を拭くだけですませた。毎日お風呂に入れていた身だったので、かなり不満ではあったのだが。
次の日も移動だった。
ただ、この日は野宿となった。
「私たちは馬車の中で寝るんですね。」
「そうね。夜は交代で護衛をしてくれるのだし、私たちは眠りましょうか。」
不意に物音がして目が覚めた。
「何事?」
私は馬車から外を覗く。
「狼かしらね。」
「あ、お姉様。起きてたんですね。」
「ええ、せっかくだから実地訓練してみる?」
はい??このお姉様は何を言っているんだろうか…
「私たちの剣と防具持ってきてくれる?」
お姉様が外に向かって言うと、すぐに鎧と剣を持ってきてくれた。
私たちは着替えて外に出た。
「これならまずは弓かしらね。」
「わかりました…」
弓道のようなとても長い弓ではなく、自分の身長より少し高いくらいの弓だ。アーチェリーのベアボウの弓と言えそうなものだ。
「エリー。当てないようにね、威嚇だから。それで狼が帰ってくれたらそれでいいからね。」
当てちゃ駄目なのか。訓練でやったことはあるとはいえ、あの時は一定の距離から射ってただけだからな。
ゆっくりと弓を引く。あの時とは違い、狙っているのは人間ではない。けれども生きている動物だ。
当てないのように……もし当たってしまったら、血を噴き出して倒れるのだろうか、それとも怒ってすぐに襲ってくるのだろうか。
あの時は人、今回はあくまでも動物なのにその景色を重ねずにはいられなかった。私の命がかかっているのは同じだからか、出来れば思い出したくないのに。
緊張で力んでしまった体の力を抜いて、弓を引き直す。ゆっくり引いて、狼の近くの木を狙って…
パシュン!!と矢が飛んでいき…
見事に木に命中するということはなく、その手前の地面に刺さった。いつもより距離が遠かったので上の方を狙ったつもりだったのだが予想が甘かったらしい。ただ、矢の突き刺さった場所が思いのほか、狼のいる場所に近かったためか狼たちはこっちをじっと見たあと、ゆっくりと戻っていった。
私は当たらなかったことを心から安堵した。この気持ちで血を見なくてすんだことに対してなのか、狼に襲われなくてすんだからなのかは自分でもよくわからなかった。
「上出来よ!!」
お姉様はそんな私を褒めてくれた。
「本当はあそこの木を狙ったんですけど。」
「大丈夫よ。初めての実戦であれだけうまく射られるのなら十分よ。」
「クラリス様の時は威嚇射撃なのに当ててしまって大変でしたからね。」
声のする方を見ると、お姉様の護衛を担当しているフレイだった。
「フレイ!それは黙っといてよ…」
お姉様は膨れっ面でフレイを見る。おそらく姉としての威厳を保ちたかったのだろう。
「旦那様や、バチスト様も総出で撃退する羽目になりましたからね。なにしろ群れのボスに当ててしまって、大慌てですよ。他の騎士たちも急いで矢をつがえて射って、それでも走ってくるのは剣で切って、私たちもそういうのに慣れてますから誰も怪我なんてしませんでしたけど。クラリス様は真っ青な顔で、討伐が終わった頃には大泣きしてしまいましたから。」
「フレイ~!!いいから、警護に戻って~!!」
お姉様はすごく恥ずかしそうな顔でフレイを睨み付けた。
「これ以上は身の危険を感じるので、戻らせていただきますね。」
フレイは冗談交じりにそう言い去っていった。
それにしても、お姉様は完璧超人だと思ってたから、そんな一面があったとは。
「エリー。今のことは忘れること!!いいわね?」
私はお姉様の圧と冗談で気持ちが落ち着いた。もしかしたら、フレイは私を落ち着けるためにそんな話をしてくれたのかもしれない。
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