第19話 典礼前日のちょっとした話

典礼前日、私たち一年も含め役員は朝から大忙しだった。役員でない生徒は授業もなく本日は休みになっている。先日の私たちのこともあり、典礼当日は軍が追加で派遣されることになった。そのせいで警備科は特に修羅場と化している。見回りのルートの再確認に強化、軍の人とのシフトの組み直しと。


私とクレアさんは典礼に使用するホールの備品の再確認から始めた。他にも明日の食事の確認、パーティー会場の装飾の確認と他にもやることはあった。


結局、作業が終わったのときにはすでに日が暮れようとしていた。警備科はともかく私たちは確認だけだからすぐに終わるかな、なんて思っていたが、色々やっているうちにこんな時間になってしまった。いや、一番の原因は別にあったのだが。



装飾の点検中のこと。

「エリー。」


「バチストお兄様!? どうしてこちらにいらしておられるのですか?」


「あら、私もいるわよ。」

バチストお兄様の後ろからひょっこり出てきた。

「お姉様まで…何をしにいらしたのですか?」


「焼肉のたれが高等部のメニューにないんだがどういうことだ?」


「あれは初等部、中等部のメニューでして…

今あまり在庫もありませんし。」


「それなら俺たちにはあの牛の丸焼きをそのまま食べろと言うのか?」


いや知らないよ!!

私は心のなかで盛大にツッコミをいれた。



「そうよね。あんな味気のないもの食べたくないものね。それにね、エリー。」

お姉様が私をじっと覗きこむ。


「はい、なんでしょう?」


「高等部にだけ焼肉のたれがないとどうなるかわかる?」


「高等部役員は初中等部より劣っている、ですか?」


「違うわよ!!私の妹自慢がしにくいじゃない!!」


本当にどうでもいいよ!!

見栄の問題の方が大事でしょ!!


「作るのにどれくらいかかるんだ?」

お兄様が口を開いた。


「今から作ることは無理ではありませんけど…

それなりに量が要りますよね?」


「そんなもの学院の厨房で総出でやればいいだろ?」


「あの、その…商標登録もまだでして…」


「今すぐしてくるんだ。ついでに材料も買ってこい。クラリスも付いていってやれ。」


「わかりましたわ。」

お姉様は勿論快く了承する。


「あの、クレアさん…」


「こっちはもうほとんど終わりだから大丈夫よ。」

私はクレアさんの苦笑いに見送られつつ、ホールを出た。



私は商標登録をすまし、大量の材料を買って戻ってきた。

「買ってきましたよ。バチストお兄様…

ですが調理はどうするのですか?」


「調理科の生徒たちもいるからどうにかなる。」


高等部は必修の授業とは別に様々な学科が用意されている。生徒たちは自分の将来を考慮して学科を選ぶことができる。最高3つの学科まで同時にとることができる。


ここからは、全員総出で焼肉のたれを作ることになった。私は高等部の会計の人と契約書類を書いていた。


「ところでお姉様。この作業の人件費はどうすれば?」


「私とお兄様のワガママなのだから、私たちが払っておくわ。」


ワガママという自覚はあったのか…

「では、お願いします。」


というわけで、こんな時間になったのだ。


「先輩方、わざわざお手伝いいただき誠にありがとうございました。」

私は焼き肉を配っていた。


私たちが焼肉のたれを作っている間に、ロランお兄様が買ってきてくれたのだ。作業に付き合わせてしまったお礼にと。


「あれがこんなにうまくなるのか。」

「バチスト様が言わなければ、これを食べれなかったのか。」


みんなにかなり好評そうだったのでよかった。


私は焼き肉を食べようとしているモリスお兄様のところへ行った。

「ところでモリスお兄様。」


「なに?」


「モリスお兄様はちゃんと働いておられましたか?」


「働いてたけど…」


「私、モリスお兄様が鍋をかき回している姿を見ていないのですが…そのお肉も働いてくれた方へのお礼なので。」


「エリーさんだっけ。モリスもちゃんと作業してたよ。エリーさんが会計と話しに言ったのと入れ替わりだったからじゃないかな?」


確か…ルーさん。モリスお兄様がそう呼んでいた気がする。その人がフォローを入れてきた。


「そういうことだったんですね。

てっきり逃げ出したのかと思っていました。

疑ってしまって申し訳ありません。」


「いやさ、兄上がエリーに要求してるのを見かけて、はじめはすぐに逃げたんだけど。結局兄上に見つかってさ。」


「…つまり困っている妹を放って一度は逃げたんですね?」

私だけでなくルーさんもモリスお兄様を冷たい目で見る。これはフォロー出来ないとでも言いたそうに。


「これは没収です。」

私はモリスお兄様からお皿を奪い取った。


「エリー…でも、ちゃんと働いたからな。」

モリスお兄様は困った様子で弁解している。


「まぁ、そうですね。働いてくれましたし、いいですかね。」


私はモリスお兄様にお皿を返した。


「よかったー!!いただきますー!!」

モリスお兄様はお肉を頬張った。が、すぐに手足をじたばたさせ始めた。


ふふっ!助けてくれなかったことを後悔するがいい!!私が何をしたのかというと、辛いソースをたっぷりとのせてから、モリスお兄様にお皿を返したのだ。少量だけのせて少し味にアクセントをつけるものを大量にかけたのだ。さぞ辛いだろう。


「あ、別に毒とかではないのでご心配なさらないでくださいね。ただ、少し辛かったようですね。皆さんのには入っていないので大丈夫です。」

私がそう言うと、モリスお兄様の悶絶する様子を見て一瞬警戒した生徒たちも再び食べ始めた。


「ゴホッゴホッ、エリー…」


「あらあら、大丈夫ですか?モリスお兄様。」

私はとぼけた顔をして見せる。


「これはひどくないか?」


「私を見捨てたお返しですよ。

まあ、少しやり過ぎたかもしれません。飲み物をどうぞ。」


こんな感じで典礼前日は慌ただしく過ぎていった。

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