第18話 事の顛末

典礼の二日前。昨日は欠席していたミリアとリリアだったが、今日は登校していた。

2人は私を見つけ、すぐにこちらにやって来た。


「2人ともおはよう!」


「おはようございます、エレノア様。」

「おはよう、エリー。」

2人とも元気そうだった。


「もう大丈夫そうね。」


「一日休んだからもう大丈夫よ。」

「はい、もう平気です。」


「エレノア様、ミリア様おはようございます。

リリアもおはよう。」

後ろから声がかかった。


「ミナじゃない!おはよう。」


そのままミナも混ざり適当な話をしていると、クラスがざわめいた。

ドーランが教室に入ってきたのだ。

私たちは警戒しつつ護身用の小刀をすぐに取り出せるように手をかける。リアナもすぐに駆け寄ってきた。

が、ドーランは怒っているような泣くのをこらえているような顔でこちらを見るとすぐに目をそらした。

今までなら威嚇くらいしてきたのに何もなかった。

ただ、ドーランの顔は真っ赤だった。けれども、教室に入ったとたんクラス中から謹慎させられた奴だと軽蔑の視線を浴びたことに対する羞恥と怒りだけからには思えなかった。

その証拠にドーランの頬は大きく腫れ上がっていた。部分によっては青くなっていた。

ドーランはそのまま自分の席に向かい、自分の席の近くで話していた生徒たちを涙の浮かんだ目で睨み付けると、その後はずっと自分の席でうつむいていた。


「ねえ、リアナ。何か知ってる?」


「申し訳ありませんが、私は何も…」

私がリアナに訊ねるがリアナも何も知らないらしかった。


「あの自意識過剰だったドーランがどうしたのかしら。」

ミリアが呟く。

「本当にどうしたのでしょうかね。

睨み付けこそはしましたが全くわめき散らかさないですからね。」


「ミリア、ミナ嫌みが過ぎるわよ…

大方、先日のことでワロン子爵にたっぷりお説教されたのよ。きっと。」


「顔も腫れていますし殴られるほど怒られたんですね。」

リリアもそう言う。


だが、あのドーランが父親に怒られたくらいであそこまで態度が変わるだろうか。少なくとも周囲の侮蔑する態度に怒鳴りそうな気もするが。


その日はかなり警戒していたものの、結局何も起こることはなく授業は終了した。ドーランは自分の席でずっとうつむいていた。先生もその態度に何も言わなかった。


さすがに今日は不安だったので役員の仕事が終わると商会へは行かず、お兄様たちと合流して帰った。


ドーランの例の様子の訳がわかったのは夕食のあとだった。


「家督の没収ですか!?」

書斎でお父様から話を聞いた私は驚きのあまり叫んでしまった。


「ワロン子爵ではなく、ドーランがな。

子爵家は次男が家を継ぐことに決まったらしい。」


「それってあの派閥では異例なのでは?」


「コーリアス派の方針からしたらほとんどあり得ない話だ。ワロン子爵は派閥ないでも距離を置かれるだろうな。彼からすればその程度覚悟の上だろうが。」


「ですが、それではドーランが爆発して何かやらかすのではないでしょうか?」


「いや、それはないだろう。次男が継ぐとは言っても学園の成績次第では継げるようにしているらしいからな。それに、次に何か問題を起こしたら廃嫡にすると。廃嫡さえされなければ、家を継げず、貴族に婿入り出来なくとも、第二特権階級にはいられるからな。家を追い出されればそんな考慮のよちもなく平民落ちだ。プライドがそれだけは許さないだろうな。ドーランはそういうやつなんだろ?」


あれだけ散々自分が馬鹿にしていた地位になってしまうのはドーランとしては絶対に避けたいだろうな…


ところで、ここで言う第二特権階級とは。

貴族が第一特権階級とされ、何かの拍子に貴族が不足した際に第二特権階級から連れてくるのだ。それに、別に貴族が不足していないときであっても何かにおいて成果を上げれば爵位を得ることはできる。また平民であっても国に大きく貢献することがあれば第二特権階級になることが可能である。


「そうですね。彼にとって平民になることがどれ程屈辱か…」


「それにだ。ちゃんと監視もつけていると言っていた。」


「それなら安心ですね。ワロン子爵にとっても次に何かやらかされたら本当に自分の地位が危ないですものね。」


「そうだな。それにしては自分の息子に甘いと思うがな。あんなことをしたんだ。普通なら廃嫡にするものだ。」


「廃嫡までしたら自分の息子がやりましたって言ってるようなものだからじゃないですね?」


「それは関係ないな。

そもそも皆わかっているが証拠がないうえ、暗殺者以外の死傷者もなし。けじめもつけたから何も言わないだけだ。」


「けじめですか。ドーランの処遇だけでけじめになるんですね。」

私は少し呆れたように言った。


「いや、違うぞ。その処遇に加えて多額の金を支払ってきたぞ。」


「あ~、示談金ですか…」


「よくそんな言葉知ってるな。そんなことより、その金は渡しておく。お前が巻き込まれた事件だ。受けとる権利はエリーにある。商会の運営にでも使うといい。」


「いえ、お父様が動いてくださったお陰で解決したのですから。受け取れません。」

私は丁重に断る。


「ならば、一部だけ貰ってその分はエーリア商会に投資しておこう。先日の夕食のあれもよかった。期待しているぞ。」


「わかりました。では、ありがたく受け取らせていただきます。」

受けとることになったが、普通に重いので後で誰かに運んでもらおう。


「ところでお父様。」


「どうした?」


「ミリアのところにも示談金出してるのでしょうけど、ワロン子爵もよくこれだけの金額を出しましたよね。ドーランへの処遇だけで終わりだろうと思っていましたし。

そもそも、ワロン子爵本人の口からそれだけのことを聞くなんて。」


「大人の事情というやつだ。」


「大人の事情ですか…」


「知りたいか?」

お父様がニヤリと笑う。


怖っ!!と思いつつ返事をする。

「いえ…やめておきます。」


「そうか。知りたくなったら言えよ。」


「冗談はやめてください…

でも、ありがとうございました。」


私はそのまま部屋を後にした。


こうなってしまえばドーランも手が出せないだろう。あと二日典礼の準備も安心して行えそうだ。

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