第30話 シェルリオールという女

 世継ぎは、さめた目でシェルリオールを見下ろした。

 自由と復讐、それから理解者を手に入れること。簡潔にいえば、彼女の行動理由はそれらに集約される。

(私情だな)

 やはり女だ、と思う。情で考え、情で動き、理屈よりも義務よりも感情を優先させる。それこそ、王の妃でありながらステラリオン人の護衛ふぜいと密通した、自分の母のように。

(でも、情で動くからこそ、彼女は厄介だ)

 親兄弟の仇を討つ、奪われた祖国を取り戻す――そのような大義名分ならば、理解はできる。

 だがシェルリオールは、何の役にも立たないヴェレトカレンを欲しがり、そのためならば利も誇りも捨てた。見るからに気位の高いこの女が、ヴェレトカレンの助命と引き換えに、諾々と世継ぎに従い、子を孕んでみせることまでして。


 意味がわからない。そこまでして手に入れる価値など、ヴェレトカレンにはないはずなのに。だがシェルリオールは、腐った果実を贖うために金剛石を差し出すような真似を平然としてのけた。

 尋常ではないし、理屈が合わない。狂っているのだ、とさえ思う。でなければ、そこまでしてでも手に入れたいものが、あのヴェレトカレンただひとりだけだなんて、ありえない。

「理解できない、という顔ね」

「よくもそこまでカレンに肩入れできるものだと感心しているよ。身内の贔屓目を抜きにしても、あの娘は凡庸で何の取り柄もない。賢くもなければうつくしくもない、そんな娘にどうしてきみがこだわるのか」

 カレンだけがシェルリオールの味方であり続けたから。本当にそれだけなのだろうか。少なくとも世継ぎの知るシェルリオールという女は、警戒心と猜疑心の塊で、みずからの手を汚すことも厭わなければ、手段さえ選ばない女だ。必要とあれば割り切って、どこまでも冷淡になれる女が、ただ優しくしてくれたからという理由でこれほどカレンにこだわることが理解できない。


「シェルリオール。どうしてきみは、そこまでしてカレンを生かそうとする?」

 本心から、世継ぎはたずねた。対し、呆れたような表情で、シェルリオールは答える。

「わざわざ訊くほどのことかしら。わたくしはカレンに生きてほしい、それだけのことよ」

「では、何もかも奪われて絶望したカレンが、生かされることを望まないと言ったら?」

 世継ぎの意地の悪い質問は、シェルリオールに一蹴された。

「それでわたくしを動じさせたつもりかしら。――わたくしはただ、カレンを生かすことしかできないわ。カレンがわたくしにそうしてくれたように。生きたいか、死にたいかを決めるのはカレンだけだもの。わたくしやあなたが押し付けることではなくて」

「死にたくてもおのれの手では死ねない者もいる。あの臆病なカレンは、死にたくても自死など到底選べないだろうね。その時、きみは乞われたら、カレンを殺してあげられるのかな?」

「愚問ね」


 そうつぶやいてシェルリオールは、指先をそろえてカレンの両眼の上に置いた。慈しんで愛撫するようでもあり、目隠しをするようでもあった。

「それがカレンの本心からの望みならば、わたくしは全力でもってこたえるだけ。それだけの覚悟は、あなたと手を組んででもカレンを生かすと決めた時に、とうに決まっているわ」

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