第28話 ヴェレトカレンとシェルリオール
「ルゥ…………お父さま、が」
「ええ。鐘の音が、ここまで聞こえたわ」
カレンはルゥの肩口に額を押しつけ、体を震わせた。ルゥがそっと背を撫でてくれて、その奥ゆかしくやさしい手つきにぐっと目が熱くなる。
「もう、嫌。こんなの嫌。お父さまが亡くなって――誰も彼もが、もう次の玉座のことしか考えていないの」
「カレン…………」
「聞いて、ルゥ。お父さまがまだ息をしていらっしゃる頃から、何人も貴族がやってくるの。でも、皆言うことはおんなじ。
お兄さまは本当はお父さまの血を引いていない、だからわたしに、お兄さまを倒してロッドラント王になれというのよ、くだらない。わたしを利用したいだけのくせに――莫迦みたい――――莫迦みたい! わたしもう、何も聞きたくない!」
ルゥの腕がそっとカレンの背に回される。かつて、いつも眠りにつく時、そうしてくれていたように。ああそうだ、とカレンは思う。ルゥとはいつも一緒にいた。あの頃は偽りなく幸せだった。ルゥと離れて行動するようになってからだ、歯車が狂い始めたのは――そして完全に引き離されてから、決定的に、何もかもがおかしくなった。
「ルゥ……そばにいて、今度こそずっと、一緒にいて。わたしを守って」
ルゥが息をのんだのがわかった。当たり前だ、カレンがルゥにすがることなど、何かを懇願することなど、一度もなかった。カレンはいつも、ルゥに与えるだけだった、それも一方的に。何かを望むことはあっても、それは命令と同義だった。
でも、今は違う。一拍後、カレンを抱きしめる腕にぎゅっと力が込められる。もっと、強く、もっと、離したくないというかのように。
「ええ、カレン、もちろんです――あなたのためならば命すら惜しまないと、ラヴィニアの花に誓ったのですもの」
「あの、花……贈ったのに、わたし、ルゥを守れなかった……」
「いいえ、カレン。あなたはずっとわたくしを――なによりもわたくしの魂を守ってくれた。あなたがいたからわたくしは生きてこられた。だから、カレン、あなたのことを、今度はわたくしが守ります」
「ルゥ……」
気づけば、肩のあたりがじんわり熱く濡れていた。その理由に気付いた時、カレンは動揺し、言葉をなくした――ルゥが、泣いているのだ。
「カレン、ねえ、カレン――いつかあなたに、本物のラヴィニアの花を見せて差し上げるわ。わたくしの故郷にしか咲かないうつくしい花を。そして――ねえ、カレン、あなたに――ラヴィニアの花を、贈らせてほしいの――」
カレンははっと顔を上げた。すぐには焦点が合わないほどの近距離で、ふたりの王女は互いの涙に濡れた目を見つめ合う。
「ルゥ、それって」
半ば呆然と、カレンはつぶやいた。場違いなほどにうつくしい、涙に潤んで輝くルゥの両目を見つめながら。
「それって、すごく――ああ――――、」
カレンはのど奥でうめくと、手の甲でぐいと目許をぬぐった。それから片手でドレスをつまみ、もう片方の手でルゥの手のおしいただくようにそっと持ち上げ、腰を落として一礼してみせる。
「では、約束しましょう、ルゥ――シェルリオール・ステラリオン。いつか必ず、わたしにラヴィニアの花を贈って」
その言葉にルゥは破顔する。カレンは、二度と忘れないと思った――その時のルゥのあまりに幸せそうな表情を、うつくしい涙をいっぱいにたたえた青い目を。
「ええ、カレン。わたくしのヴェレトカレン王女、必ず。あなたに――わたくしの真心の証として」
ほとんどため息のような儚い声でルゥはこたえた。そして、ふたりは誰にも邪魔をされることなく、その身が溶け合ってしまいそうなほど長い時間、互いを抱きしめ続けていた。
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