第27話 ヴェレトカレンとシェルリオール

 鐘が鳴っている。国王の崩御を国中に知らせる鐘だ。

 本当に、父は死んでしまったのだ。ぼんやりとカレンは思う。死んでしまえば、もう終わりなのだ。

 カレンはのろのろと立ち上がると、無言で扉を目指して歩き始めた。殿下どちらへ、と投げかけられた問いを無視して、部屋を出る。ふらふらと雲を踏むような足取りで歩いているカレンとすれ違う者は、皆一瞬ぎょっとしてみせてから、慌てて頭を垂れた。そんな彼らには一瞥すらくれず、カレンは王宮の奥を目指した。その場所の位置はとうに把握していた。なのに今までは赴くこともできなかった。

 でも、それも、もう終わり。

 カレンが近づくことを禁じていた父は死んでしまった。同様にカレンをここから遠ざけていた兄は、きっと今頃あちこち走り回って、難しいことを画策して、根回しするのに手一杯。妹のことなど気にかける余裕もないはずだ。好きにすればいい、と思う。カレンももう、誰をはばかることもない。

 カレンが扉の前に立つと、衛兵が最上級の礼をする。微笑みかけて、カレンはやわらかく、しかし有無を言わせぬ声で告げた。

「開けなさい」

 そして、その通りになった。なぜなら、この奥にいる人物を閉じ込めていた父王は、つい今しがた崩御したからだ。もう誰も、カレンを阻める者はいない。

 カレンはためらうことなく室内へ足を踏み入れ、いくつも続く部屋を通り過ぎ、最奥の寝室をまっすぐ目指す。

「ルゥ」

 ノックもなしに寝室の扉を開け放ち入ってきたカレンを、窓辺に立っていた人影が弾かれたように振り返る。結われず背に流したままの銀の髪がまばゆいほどに輝いた。昔みたいに。それだけのことなのに、一瞬カレンは泣きたいような気持ちになる。

「う、そ――――カレン、」

「ルゥ! ルゥ!!」

 カレンはほとんど飛びつく勢いで走り寄り、ルゥに力いっぱい抱きついた。だがすぐに、彼女が身重であることを思い出し体を離す。けれどそうして生み出された距離を、ルゥが自ら、またなきものにする。

「大丈夫よ、カレン、これくらい」

 その細い腕でぎゅうっとカレンを抱きしめながら、囁くようなかけそい声で、ルゥは言った。カレンは素早く彼女の腹に視線を走らせた。服の上からでは体型の変化は認められなくて、すこしだけ、安心した。 

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