第26話 シェルリオール

 死んだ、死んだ――ロッドラント王が、死んだ!



 その弔鐘の音を、ルゥは自室の中で聞いた。

 嬉しくて、気が狂うかと思うくらいに喜びが溢れてきて、ルゥは寝台の中でシーツを頭からかぶり、かろうじて声を殺した。

 この喜びを露骨に表すことはできない。ルゥがステラリオンの王族であることは誰もが知っている。今このタイミングで王の死に喜ぶ姿など見せたら、よもやお前が毒でも盛ったのかと、要らぬ疑いをかけられかねない。

 この日のために、何年も耐えてきた。些細なことですべてを台無しにするわけにはいかない。だから、嬉しさのあまりじわじわと滲んでくる涙をシーツに押し付けて吸わせることしかできなかった。


(ああ、嬉しくて、どうにかなってしまいそう)


 王は死んだ。その跡は世継ぎの王子が継承し、新たな王として即位する。

 新王はその実、ロッドラント王家の血を引いていない。

 つまり、人知れずして、ロッドラント王家は断絶するのだ。


(これがわたくしの、復讐)


 あの男はルゥの祖国を滅ぼした。だから、ルゥはあの男の血統を滅ぼすのだ。

 ロッドラント王の血を分けた子はただ一人、王女ヴェレトカレンのみ。彼女が誰とも結婚せず、子をのこさなければ、あの男の血統は永劫に消滅することになる。

 そしてルゥは、いかなる相手との結婚も、カレンに許すつもりはない。


(これがわたくしの望み。これがわたくしの欲するもの)


 なんて幸福なのだろう、とルゥは思う。復讐は成り、そしてこれから、ルゥはカレンを手に入れる。

 これほど甘美な復讐が存在して良いのだろうか。ルゥは込み上げる喜びをこらえることができなくて、何度もため息をついた。


 だが、歓喜の嵐が落ち着くと、ふいにルゥの胸に不安がわき起こり始めた。

 果たして、カレンはルゥを受け入れてくれるのだろうか。もう長らく、ルゥはカレンと会っていない。言葉どころか、文さえ交わしていない。今の彼女がどんな様子で過ごしているかは定期的に報告を受けているから知っている。でも、それはあくまで他人からの又聞きの伝聞でしかない。

 ルゥは、自分がどこまでも汚れた存在であることを自覚している。復讐のためとはいえ、ロッドラント王の妾となり、今は世継ぎの王子の子を密かに孕んでいる。

 こんな自分を、カレンはどう思うだろう。こんな女を一時でもそばに置き、ラヴィニアの花を手渡したことを後悔しているだろうか。

 油断をすると、不安な気持ちがまたむくむくと頭をもたげてくる。カレンに、拒絶されたらどうしよう。嫌われたら、無視されたら、裏切り者と罵られたら――この数日、何度も夢に見た内容だった。とうに覚悟は決めたと思っていたのに、この恐怖から、いつまで経ってもルゥは逃れられずにいる。


(わかっている。わたくしが何もしなければ、世継ぎの王子はカレンを殺すでしょう。

 だから、わたくしは、カレンを救うために――彼女をわたくしの所有物にして、庇護下に置く。たとえ、カレンがわたくしのことを憎んだとしても)


 カレンを死なせないためには、ルゥは何だってすると決めたのだ。だから躊躇いも、後悔も、すべて過去へ置いてゆく。

 ここまで来れば、もう走り続けるしかない。一瞬でも歩みを止めれば、隙を見せれば、油断ならない世継ぎは約束など忘れたふりをして、カレンを殺すだろう。

「――――そんなことは、させない」

 ルゥはつぶやき、そしてゆっくり上体を起こした。

 頭からかぶっていたシーツを払い落とした時、その表情は冷たく揺るぎない決意に満ち、青い瞳は力強く輝いている。

 奪われるまま、何もできない無力なルゥは、もういない。ここにいるのは、望むものも、未来も、諦めることなく自分の力で手に入れようとするルゥ――シェルリオール・エル・ステラリオンだ。

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