第24話 ヴェレトカレン

 国王危篤の知らせを受けてから、もう何度、太陽が昇り、沈んでいっただろう。


 父の意識は二日も戻らない。国王の寝室には連日大勢の貴族たちがやってきては、眠ったまま一言も発しない父の、蝋のようにのっぺりした顔を眺めては帰ってゆく。まるで見世物だ。それがいつまでも続くことに我慢ならなくて、カレンは人払いをさせた。わたしとお父様を二人きりにさせて、と。

 だが、意識のない父と二人きりになったところで、何かをするわけでもない。カレンは巨大な寝台のそばに立ち、湿した海綿で父のくちびるを濡らしてやるくらいのことしかできない。

 開けっ放しになった父の口は乾いて、ねばねばした液体が絡んで、いやな匂いがする。肉親のこんな姿など見たくない、と思いながら、怖いもの見たさで、カレンは目を向けてしまう。

 これが父の迎える最期なのだ。偉大な父――何代にも渡ってロッドラントが抱き続けてきた野望、隣国ステラリオンを滅ぼし、領地を広げ、ロッドラントをさらに富ませるという偉業を成した父の。醜く惨めな姿を見世物のように晒して死んでゆくのだ。

「お父様。陛下――――ロッドラント、国王陛下」

 話しかけたところで、返事があるわけではない。そんなことはカレンもわかっている。

 わかっていてもなお、話しかけずにはいられなかった。

「わたし、ルゥを、返してもらいます。わたしのルゥを、お父様はわたしから取り上げてしまったけれど。ようやく、取り戻せる」

 死にゆく父を、カレンはもう恐れることはない。死者は無力だ。そんなものを、どうして恐れる必要がある?

「わたしのルゥは、もう誰にも渡さない。お父様にも、お兄様にも、他の誰にも。男にも女にも、大人にも子供にも、ルゥを愛する者にも、憎む者にも。――たとえ、ルゥがそれを望まなくても」

 その決意を口にした途端、すっと頭が澄み渡った気がした。そう、カレンは、ルゥを誰にも渡したくないと思っている。ずっと昔からそう思っていた。ただ、その決意を貫き通すだけの力がなくて、おのれの無力さに悔しがることしかできなかったけれど。

 今は、違う。今のカレンは、愚かではあっても無知ではない。自分にそれなりの使い道があることも、それが力になることも知っている。貴族たちの動かし方、情への訴え方、未婚の王女という立場の有効的な利用方法――すべて、ルゥがいなくなってから学んだのだ。

 すべてはこの時のために。今度こそ、ルゥを取り戻すために。

「わたしもお父様と同じ。ルゥの気持ちなんて全部無視して、取り上げて、ルゥをわたしだけのものにするの。お父様がそうしたみたいに。ずっと、そうしたいと思っていたから」

 カレンは、もはや呼吸をしているのかもわからない国王の耳元に体をかがめ、囁いた。

「さようなら、お父様。わたしにルゥを与えてくれたお父様。わたしからルゥを奪ったお父様。――お父様が亡くなれば、もう一度、わたしはルゥを手に入れることになるわ」

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